第十章
「見つかったか、柊」
手ぶらで戻ってきた柊を見て、わかってはいたが、一応そう聞いてみた。が、返ってきた返事はもちろん、いなかった、だ。
あいつ、いったいどこ行ったんだよ……!人がこんなに心配しているというのに連絡の一つもない……って、連絡できないのか。
「ああ、もう!こうなるんだったら転送札をクロのところに置いたほうがよかった……」
俺が頭を抱えて小声でそう叫んでるのを見ながら柊は笑っていた。
「…………」
俺は笑っている柊をにらむと、わざとらしく咳払いをしてまるで何ともなかったかのようにこう言った。
「俺は何も言ってないぞ」
「笑ってんじゃねえか」
「ゴホン。誰のことだ」
俺が指摘すると、瞬時に無表情になった。
が、すぐに再び吹き出した。
なんで鬼切安綱の付喪神がこいつみたいなやつなんだよ……
「で、どうするんだ。あの天狗をこんな広い森で探しても見つかるとは思わんぞ」
「そんなことくらいわかってるよ……」
しかし、柊の言うことは正しい。
夕日の森の広さと言ったらあり得ないくらい広いし、このまま探してもなぁ。
……いや、でも。時間切れになったら自然と学園に戻されるし、やっぱりちゃんと探したほうがいい気がする。
探さなかったら後で何で探さなかったんだって言われそうだ、クロに。
「どうする」
「時間切れまで探すしかないだろう、もう」
「手分けして探すか?」
「いや、一緒に探そう」
俺が迷わずに手分けしないと答えると、柊が怪訝そうな顔をした。
手分けして探すと、時間切れになったときに色々面倒だからな。
探した式神と一緒にいないと、霊力を消費して自分のそばまで呼び寄せなきゃいけない。
めんどくさっ。しかも結構離れてるから霊力もけっこう消費するだろうし。
「……」
しばらく俺の顔を見ると、柊は一つため息をついてなぜか姿をひゅっと消した。
……ん、なんだ?
《隠形したまま探す》
「……えっと、何のために?」
《色々面倒な生き物に遭遇しないために》
面倒な生き物?
……そういえば、確かに鬼切以外にもいくつかとびぬけて強い気配は起きた時からしてたな。
そいつらと衝突しないように、隠形するっていうわけか。
ん?じゃあ、さっきのはなんだったんだ?普通に顕現しながら探してなかった?いや、それとも俺の視線外で隠形したのか?
……さてはこいつ、ちゃんと探してないな、こいつ。
《おい、なんだその目は。俺はちゃんと探したぞ》
「……どうだか」
俺が疑いの目を隠形したままの柊に向けると、柊がバサッと羽織を俺に投げてきた。
「はおり?」
《これがあればただの妖が寄ってくることもないだろう》
なるほど、魔よけみたいなものか。
術をかければ同じような効果はできるが、それでも寄ってくる妖怪はいるだろうな。なんせ、俺はそんなに霊力は強くない。
それに、なぜか昔から俺のそばにはよく妖が群れてくるのだ。
親父からもあんまり霊力で結界を自分の周りに張って魔よけにするなと言われてるし……
「ありがとな」
《これくらい、なんともない》
まあ、確かに何ともないんだろうな。
羽織を俺に貸してくれるだけだし。
……しっかし、なんで俺の霊力は攻撃性を持たない時は妖をひきつけやすいんだろうなぁ。
ま、あとで文月さんに聞いてみればいいかな。
「まずは南のほうに行ってみるか」
《お前が決めればいい。俺はついていくだけだからな》
自分の考え持たないなぁ、柊って。
まあ、気が遠くなるほどの間ずっと源氏の命令だけに従ってきていたから仕方のないことかもしれないが…………
もう少し自分の意見も言えるようになってもらわないと俺が困る。
ま、気長にやっていくしかないか。
そしてあれから三時間が経った。クロはどこにもいなかった。
「…………」
《もうほかの奴らに連れて帰ったんじゃないのか》
と、柊はいうが、あいつは赤の他人と話したりするの嫌がってたからな。
その可能性はなくはないけど、小さいね。うん。
…………
いや、まあ、ほかの奴が連れて帰ってやったんだったらそれはそれでもいいけどさ。
こっちもこっちで楽だし?
「そろそろ時間かな……」
試験の時間は十二時間。そして俺がこの森に入ってから結構時間は経ったと思う。
ああもう。こういうことになるんだったら時計とかいろいろ持ってきてたらよかったのに……!
「もうそろそろ帰ってもいいんじゃないか」
クロは顕現すると、俺に向かってそういった。
気のせいか、こいつのほうが俺よりも学園に行きたがっている気がする……
「……なんでお前のほうが俺よりも学園に戻りたがってるんだ?」
「……っ!いや、べつに……」
これは……絶対に何かあるな……!
「言え!いわなかったら時間切れまで戻らんぞ!」
「そ、それは……」
「いやだろ。いやならさっさと吐きやがれ」
「……わ、分かったよ」
と、髪をわしゃわしゃしながら何やら落ち着きのない感じで俺にすべてを話した。
なんでも、柊の昔の知り合いの子が俺の学園にいるのかもしれない……らしい。
柊の知り合いってことは妖怪か付喪神かの類だろう。この学園は妖怪などは式神のみで入りオッケーになっているはずだから……人間と結ばれた妖か付喪神、という具合か。
しっかしなぁ、クロにすら通用しない手が、まさか柊のところで通用するとは思わなかった。
「で、そいつの名前は知ってるのか?」
「……ああ、苗字は知らんが、名は知っている。和颯、という名らしい。和に楓と書き、かずさと読む」
和颯……か。
「…………心当たりはある。と、言うかほぼ確定してるけど。あいつだったら少し厄介かもなぁ」
柊が言っている友人の子供というのは綴の奴で間違いないだろうな。妖の血が混ざっている人はあまりいないし、この高等部の中では少なくとも綴以外で妖の血を引き継いでいる奴は聞いたことがない。
「厄介?」
「……風の噂かもしれないが、あいつはかなり自分が妖の血を引き継いでいることを毛嫌いしているらしいんだ」
俺がそのことを伝えると、柊は考え込むようにうつむいた。
ん?なんだ?
「話がしたい、とかではなくてだな。この勾玉を渡したいんだ。彼の、形見のようなものだと思う」
そういって柊は、自分の懐から緑色の勾玉を取り出した。それはよくよく見ると、朱色も混ざっていて、あまり一緒に並ばない色のはずなのに、なぜだか違和感はなかった。
しかし……母親じゃなくて父親が妖なのは珍しいな。
「あいつは母のようなものだぞ?」
「……は?」
「いや、少し言葉が違うな。なんて言えばいいのか……」
と、柊は眉間にしわを寄せて言うと、こう続けた。
母であり、父でもある。
「…………人魚?」
「ああ、そうだ」
「……なるほどなぁ。で、人間のほうのお相手は女性だったのか?」
「いや、男性だ」
「…………俺の理解が間違っていなければの話だが」
一拍おいて、俺は自分でも信じられないような答えを出した。
「お前が彼と呼んでいる人魚は人間と付き合っていた時は女性に化けていた、のか?」
「その通りだ」
…………稀少類の人魚は、友人の前では男の姿をし、恋人の前でだけ女の姿をしていた。
そんなにあの人間の男はいい奴だったのか?人魚が性別を変えるには、俺たちでは想像のつかないような苦しみを味わうと聞いたことがある。
その苦しみを、何回も痛感してもなお、その人間の男と恋人になりたかったのか。
……俺には、よくわからないな。
少し、うらやましい気がする。
「そうか。わかった、戻ろうか」
俺はそういうと、柊の怪訝そうな顔を片目で見ながら、ジャケットの中に入れた転送札を取り出し、それを俺は迷わず破った。
付け加えました




