書籍化発表記念番外編.レシピ違いポーション
錬金スローライフの発売日ですので記念に書いてみました。
書籍版は設定が色々変わってますが、これはWEB版準拠のSSとなっています。
それは、オラクルの村が街に昇格した少し後のこと。
「お師匠様、ポーションのレシピについて質問があります」
オラクルの街にレンを訪ねてきたシルヴィは、真剣な表情でそう切り出した。
「何だろ? もう教えられることは少ないと思うけど」
「レシピ違いの中級体力回復ポーションについてお聞きしたいんです」
「あー……レシピ違いか、あれは英雄達が試行錯誤した結果だから、なぜそういうレシピなのか、とかは俺にも分からないのがあるけど」
背景となる理屈を知らずとも、十分な技能がある者がレシピ通りに作れば効果のあるポーションは作れる。
それは、タンパク質の熱変性を理解していなくてもレシピ通りに作ればゆで卵を作れるのと大差ない話で、背景知識の有無だけで因果は揺らがない。
レンが知る限り、唯一の例外が、神々の許可がないと作れない黒金の仙薬だ。
「これまでに教えて頂いたのは、効果はほぼ横並びでクールタイムが重ならないようなものばかりです」
「まあそうだね。風味の変え方とかもあるけど知りたい?」
「それはちょっと興味がありますが……今回は違うことを質問しに来ました。効果が異なるポーションはないのでしょうか?」
「効果? ごめん、よく分からない。どの辺について言ってる? 目的があるなら、そっちを教えて貰えると答えやすいかも?」
レンに問われ、シルヴィは少し考えてから聞き直した。
「中級体力回復ポーションは、四肢の欠損を修復できますが、その際に、痒み、くすぐったさを感じますよね? その痒みが軽くなるレシピがないかと思いまして」
「あー……」
ゲーム内では触覚の刺激は一定までに制限されていたため、プレイヤーが使う場合は耐えられないほどの刺激ではなかった。
故に。
「そういうレシピは需要がなかったからなぁ」
とレンは返す。
それを聞いたシルヴィは、英雄というのは、痒みやくすぐったさに強いのかと妙な方向で納得する。
そして
「お師匠様。レシピ違いポーションの開発の仕方を教えてください」
とレンに頼むのだった。
◆◇◆◇◆
「レシピ違いポーションの開発方法は、直感と総当たりだね」
「直感? 総当たりは何となく分かりますけど、直感?」
不思議そうな表情のシルヴィにレンはそうなるよね、と溜息をつく。
「これかな、と直感で見定めた素材」
「素材を直感で決めちゃうんですか?」
「そう。熟練した錬金術師は、それまでの経験の蓄積から、これが使えそうな気がするっていうのを、何となく閃いたりするんだ」
「へぇ…………あ、でも、お料理なんかではたまにありますね」
なるほどあれか、とシルヴィは頷く。
「そうだね。料理でレシピ通りの材料が足りない時に代用品を使う感覚が近いかもね」
「そうやって見付けた素材を総当たりで試すんですね?」
「そうだけど、総当たりってのは素材の加工方法までを含めたものになるんだよ」
「加工方法……洗浄だけして生のまま漬け込むとか、乾燥させて粉に挽いてとか、絞った汁を加えるとか、そういった?」
「そうそう。そっちでも、直感が仕事をしてくれる事があるけど、試してみないと分からない部分も多いから、レシピ違いポーションの開発はかなり時間が掛かるんだ」
加工方法は種類だけではない。
反応させる順序もそうだし、煮込む、漬け込む、焼くならどの程度の時間か、なども考えて組み合わせなければならない。
「レシピ違いポーションをあれだけ作った人達って、控え目に言って頭おかしいと思います」
「まあそうだね。それで? 頑張ってみる?」
「普通、無理ですよね? 仕事もありますし、それだけの素材を集めて失敗し続けるには幾ら掛かるか」
プレイヤーにとって『碧の迷宮』はゲームでしかなかった。
だからこそ、採取した全素材を使ってみたり、無数の試行錯誤に挑戦するという無理も無茶も出来た。
が、NPC達にとって、ここは生活がかかった現実である。
そうした事情を鑑みて、レンは
「それが良いと思う。そうした開発はよっぽどの資産がないと厳しいと思うから」
と答えるのだった。
◆◇◆◇◆
そして数年後。
暁商会が画期的な中級体力回復ポーションを発売するのだが、それはまた別のお話である。
書籍版。
おむかえして頂ければ幸いです。
こういうのを書くと嫌がる人もいるかもですが。
売れないと続けられない(ご存知のように作品は完結させてます)のは純然たる事実なので、是非ともよろしくお願いいたします。




