200.海への道のり――駆除対策と連絡
「俺やライカはそれなりに戦い慣れてますけど、あなた方は、どの程度戦えるんですか?」
中途半端な腕前なら、むしろ足手まといになりかねない。
そうなった場合、お互いが不幸になる。
だからレンは、少しきつめの口調で続けた。
「普通の魔法に精霊魔法程度では使えませんよ? 最低でも精霊闘術で広範囲への干渉程度は必要です」
「この村の大半の者が精霊闘術を使えますわよ? ライカ、伝えてないの?」
「村の者に戦いに参加してもらうことはないと思っていましたので……レン様、大叔母の言うことは事実ですわ」
「いや、俺も先に聞いておくべきだった。どうせ戦力にならないだろうと勝手に決めつけていた」
レンがそう判断したのも無理はない。
アウローラの述べたことが事実とすれば、この村のエルフたちは少々強すぎる。
「精霊魔法だけならともかく、闘術まで使いこなしているとは思いませんでした」
精霊魔法は、エルフ独自の血を媒介とする魔法である。
触媒として血が必要であることに加え、魔力だけではなくスタミナも消費するということと、短縮詠唱ができないということもあり、あまり使い勝手はよくない。
初歩の精霊魔法なら、普通の魔法で簡単に代替できる。
ライカのように普通の魔法が苦手であるとか、レンのように、育てるのはゲーム内だったので大した苦労はなかった、ということがあれば別だが、普通のエルフなら、一々精霊魔法を使う必要がないのだ。
だからレンは、この村にいるのは魔術師だけだろう。いても精霊魔法をほんの少し使える程度だろうと予想していたのだ。
「弓使いは不要ですが、精霊闘術が使えるなら、是非お願いしたいです。必要なのは火と風と水、後、いるなら土です」
「精霊闘術で黒蝶と戦えるのですか?」
「戦えると思いますよ。数は多いですけど、相手は虫です。一匹だけなら素手でも倒せます」
焼き払うことで、大きく数を減じられると思います。とレンは説明をした。
風魔法と火魔法を組み合わせて、火災旋風――周辺からの酸素供給と高熱により局所的な上昇気流が発生し、火炎がつむじ風状になったもの――らしいものを作り、それをまず、黒蝶の進路の両側に置く。
うまく火災旋風ができれば、それは地面に生えた木々をも燃料として勝手に成長するし、周囲の空気と共に蝶をも吸い込む。
そして、これは普通に同規模の火を魔法で作るのと比べると、極めて低コストで済む。
この旅の最中、黒蝶は危険があってもまっすぐに進む。
前方に火が見えたとして、「だから近付くのは止めよう」と判断したりしない。
目の前の炎はさすがに避けるかもしれないが、周囲の風がそこに吸い込まれる状況なら、ひらひらと舞い飛ぶ蝶は逃れられない。
黒蝶は単なる昆虫に過ぎない。
だから、火に巻かれれば熱で焼ける。
黒蝶の進路の両脇に順次、「V」字になるようにそれを作ってやれば、通れる道は狭められ、黒蝶はどんどん減っていく。
普通の火魔法では、一度に落とせるのは多くて数百。
しかし、この方法であれば火災旋風ひとつで1桁は増やせる。
熱を嫌って迂回する可能性もあるが、それも火災旋風を順次配置すれば、逃げ場のない陣に入り込むことになる。
うまく檻を構成すれば、黒蝶の大半は炎に巻かれて死ぬ。
ただし、成功した場合であっても、森は大変な被害を受ける。
消し止められなければ大災害である。
だから土と水の精霊闘術の使い手も要求したのだ。
レンの考えを聞き、ライカも目を丸くする。
「レン様、それではラピス氏族の森の半分ほどが焼失しませんか?」
「最初の火は、街道の向こう側と思ってるけど?」
氏族の森は、街道から見てかなり南になる。
街道の北を燃やす分には影響はないだろうと言うレンに、
「それなら氏族の森は影響を受けませんが……それで黒蝶が進路を大きく変えたりしたら、影響がないと思っていた村や街に影響が出るかも知れませんわ」
と、ライカが懸念を口にする。
「あー、それは考えてなかった……なら街道のこっち側で火を熾すか。こっち側でも、街道沿いは氏族の森じゃないんだろ?」
「ええ、それはそうですが……」
逆に氏族の森でもない領域を勝手に燃やしてしまってもよいのだろうか、とライカは不安そうな表情を見せる。
「森で火災を起すとなれば、周囲の街や村に通達が必要ね……そうね……黒蝶退治に成功した暁には、森の回復のためにエルフが力を尽くすと約束することとし、それを対価としましょうか」
アウローラの目配せで再び数人のエルフが動く。
「ここは出来れば燃やさないで欲しいという場所はありますか?」
レンの問いにアウローラは苦笑した。
「特定の恵みがある場所、という意味で言っているならありませんよ。本音を言えば、森のどの場所であっても燃やさないで欲しいですけれど」
「レン様、その火災旋風というのを使った場合の直接的な影響は火を消すことで広がるのを止められますが、間接的な影響はどうなるのでしょうか?」
「間接的? ああ、火事で逃げ出した獣なんかの暴走かな?」
レンの質問にライカはその通りだと答える。
黒蝶から逃げない個体は死に、逃げた個体は子孫を残せるという淘汰を繰り返してきた獣たちは、遺伝子レベルで黒蝶への恐怖を刻み込まれている。
火に巻かれた場合も同様である。
獣たちはそこから逃げようとする筈である。
その結果、森は目茶苦茶に荒らされるだろう。
それでは黒蝶通過時の被害と変わらない。
何か対策するのかと問われてレンは簡単なものだけど、と答えた。
「土魔法で幅だけはそれなりの空堀を掘って、堀のこっち寄りで火を焚くんだ。火から逃げるのに、わざわざ火が見えてる方には行かないだろ?」
対象は獣や魔物である。
虫よりも賢いのだから、その程度の知恵はある筈だとレンは言う。
空堀を作るのは、堀の奥の火を見通せるようにする目的と、火がある上り坂なんて危険なものは避けるだろうという読みからである。
ついでに言えば、延焼阻止線としても機能する。
ただし。
「まあ、本当に危険な状態になったら、そんなの気にせずまっすぐ突き進もうとするだろうけどね。でもそれは危機的状況に陥った獣に限定されるだろうから、何もしなかった時よりも森の被害は抑えられると思うんだ」
と、レンはその効果の程は限定的だとも見ていることも口にした。
そして、ちらりとアウローラの方を見て、ライカに指示を出した。
「……さて、ここでライカに大切な任務だ」
「はい、何なりと」
「ラピス氏族のみんなに火災旋風を実際に見てもらいたいから、野焼きしちゃって構わないような場所の候補を出してほしい。出来れば村の住民の協力を得た上で。で、それを見た上で、黒蝶を迎え撃つために燃やす場所も提示してほしい」
「ひとつ目は川原になると思いますわ……二つ目に必要な条件は、黒蝶が進む先の森に黒蝶の群れと同じ程度の幅、ということで宜しいですね? あ、空堀も必要でしたわね」
「そうだね。黒蝶が、これなら多少群れが減っても通れそうだなって感じる程度……まあ虫にそこまでの知恵はないだろうけど、真ん前にあったらさすがに迂回するかもしれないからね」
こう、先細りになるように火を焚くことになる。と、レンは「V」字というよりもひっくり帰った「へ」の字のような図を描いてみせる。
順次点火をしていくのなら、そこまで奥行きはなくても問題はない。
万が一、黒蝶が大きく方向転換をするなら、そちらにも火災旋風を作って、村に影響が少ないように誘導すれば良い。
「目的は殲滅じゃないからね」
という説明を聞き、ライカは、火を熾す時間的間隔、距離的間隔を確認し、皆と相談してくると言ってラピスの木の方に向うのだった。
「さて。聞きたいことがおありなのですよね?」
レンがそういうと、アウローラは楽しそうに笑った。
「よくお分かりですね」
「まあ何となく? それで?」
「レン殿は、なぜそこまでラピス氏族を助けてくださるのですか? ライカの嫁ぎ先とは言え、もう夫は亡く子のレイラも外に出ています。避難勧告だけでも十分だと思いますが?」
そう尋ねられ、レンは、ああ、と頷いた。
「まず、ライカを受入れてくれた事への恩返しです」
「それは不要でしょう。ライカを受入れたのは、元々あなたへの恩返しでしたわ」
「その恩が適正であるかを判断するのは俺で、俺は過分だと思ったんです。それに、この村はレイラにとっては故郷です。なら、まあ義理の孫の故郷とは言え、守ってやりたいと思うのは不自然ですか?」
「……いいえ。そういう事なら、今回も甘えさせて貰いますね」
◆◇◆◇◆
レンは、イレーネに心話で状況を伝え、王宮、神殿に状況の連絡を依頼した。
レンからの連絡の内容を聞いた結果、黒蝶が来るという連絡は早馬よりもずっと先に王宮に届くこととなり、滅多にない、事前に分かっている黒蝶対策に王宮は色めき立ったが、現実には距離という壁が立ちはだかっており、王宮が手出しをすることは不可能である。
そして、レンの提案――火を使って黒蝶被害を低減させたい。についてはすぐに許可が下りた。
ダメで元々。
上手く行けば儲けもの。
そして何より。レンを知る者からすれば、神が使わしたエルフが、黒蝶を何とかすると言っている訳なので、断る理由があまりなかったのだ。
王宮からはイレーネ経由で、実施許可と、それを認めた実施命令書――レンの好きに燃やして構わないので黒蝶駆除に力を尽くせ――を近隣の街や村、ラピス氏族の村に送る――届くのは事後となるが――とあったことで、本件は国が責任を取るという言質も与えられることとなった。
そして、翌日、村から指定のあった川原には、たくさんのエルフが集まっていた。
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