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198.海への道のり――毒と対策

 北西方向の森の上空が黒く染まる。

 この島に住む人間の多くがその恐ろしさを知っている。


 その黒い雲の正体は、魔物ではなく、単なる昆虫――蝶の大群だった。

 蝶が人や家畜を襲うわけではない。食べるのは主に花の蜜や樹液で普通の蝶と同じ。

 ただ単に、交尾のために長い旅をするだけである。

 普通は昼行性の蝶が、このときばかりは昼夜を問わずに飛び続ける。


 そしてその途中、体力が尽きたものから落ちていく。

 単なる淘汰の仕組みだが、その際に落ちる死骸こそが、人々がこの蝶を恐怖する理由となる。


 この時期、この蝶には毒があるのだ。

 地に落ちた蝶から蒸散するガスは、一定量を超えると動物には毒として作用する。


 ほんの僅かなら問題はないが、大量のガスに巻かれた場合、呼吸できなくなって、絶命する。

 この蝶の脅威のひとつ目がそれである。

 

 ふたつ目の脅威は、蝶の恐ろしさを知る多くの動物が逃げ惑うことで発生する森の大混乱である。

 魔物も獣も、多くが蝶が脅威であると本能で知っている。

 逃げない獣は速やかに淘汰される。


 知られている蝶の大群への対処方法は、ただひとつ。

 彼らの進行方向を避け、ガスの影響を受けない場所まで離れること。

 ガスの発生は一時的なもので、半日もすれば拡散する。

 半日程度、蝶の大群のルートから逃げ出せば、それで助かる。


 だが、それは人間にとってはあまり簡単な話ではない。

 半日逃げ出すと言っても、それは例えば近隣の街や村への避難となる。

 そのためには結界の外を移動しなければならないし、獣や魔物が逃げ惑っている中の避難となれば、そうした脅威との遭遇確率も上昇する。


 だから、この世界の人間にとって、黒い蝶は死を運ぶ蝶だと恐れられている。


 だが、幸いレベッカが見付けた蝶の群れ――北西にいる群れの進行方向は西南西で、街に近付くルートではない。

 こちらに来ないなら、黒蝶は直接の脅威とはならない。

 森から溢れ出した魔物は結界を超えられないし、獣なら冒険者でもそれなりに戦える。


ターラントの街(ここ)には来ないみたいっすけど、これは報告案件っすね」


 レベッカはニンファに黒蝶の事をギルドに伝えるように言い置くと、急ぎラウロの元に走るのだった。


  ◆◇◆◇◆


「黒蝶だと? 進路はダルアの街方面か……ファビオ、早馬の手配を。俺は領主のところに行く。レベッカも同行せよ。俺たちが戻るまで、ジェラルディーナが護衛の任を果たせ」


 街に来ないのは不幸中の幸いだったとラウロは胸をなで下ろしながらも、護衛各員にそう命じる。

 実際の所、レン達がいればそうそう滅多なことにはならないだろう、という信頼の表れでもあるが一時的に護衛対象(クロエ)を下に置くほどの事態だと考えている、ということでもある。


 その話を聞いていた、レンは、ならばと、リオにも護衛の協力を明確に求める。


 そんな中、ラウロが広げていた地図を見たライカの顔色が悪いと気付いたのはクロエだった。


「お腹いたい?」

「……いえ、違いますわ」


 そう答えてから、ライカはしまった、という表情をする。

 腹痛と認めておけばそこで顔色が悪い話は終わりだったのだが、ライカは正直に否定してしまった。

 そうなればこう続くしかない。


「顔色悪い。ポーション飲む? 心配事?」

「ライカ?」


 とレンに問われたライカは大きな溜息をついた。


「その。まったく根拠のない心配ごとですから」

「なら説明しても問題ないよな?」

「……蝶の進路は、西南西ですわ。街や村にぶつからなければ、街道を通りすぎるだけですが。方角的にはダルアの街があります」


 黄昏商会の支店がある街の名前を出すライカに、気がかりはそれかとレンは頷いて見せる。

 その上で、地図に視線を走らせて、なるほど、と納得し、


「でもそれだけじゃないんだろ?」


 と続ける。


「支店の関係者だけを逃がすなら、ライカがダルアの街まで飛んで行って伝えれば、黒蝶の進路から逃げる時間は十分にある。そして、クロエさんの護衛があるとは言っても、そういう事態で俺がライカを止めないだろうことはライカなら分かるだろ?」

「……そう……ですわね」

「そうすると、もうひとつ何かあるよな?」

レン(ご主人)様、分かった上で聞くのはズルいですわ」


 そう言って膨れるライカに、レンは、何が必要なのかと尋ねる。

 ライカは記憶を辿りながらその問いに答えた。


「火と風……あとは……水、ですわ。黒蝶は熱に弱いと聞いた覚えがありますの」

「ライカには言うまでもないだろうけど、火なら、まあそこそこ得意だよ」


 レンが得意とするのは魔術師系統の魔法の中では火魔法と土魔法である。

 その腕前は、序盤のレイド戦であれば前線に立つこともできたほどである。

 最強クラスの英雄と比較しなければそれなりに強いと言える。


 そしてレンの水魔法と風魔法の習熟度は並。

 ただし、火と風は精霊魔法と精霊闘術により効果が強化されるため、習熟度から算出される威力を上回る。


「水も人並み程度には使えるけど……蝶に水? 雨でも降らせるのか?」

「それも効果ありそうですわね。水に浸かった死骸は毒を出さないという話がありますの」

「その水が毒に汚染されたりは?」

「蝶が落ちた井戸や泉が使えなくなったという話は聞きませんので、恐らく問題ないかと」

「ちゃんと確認が必要だけど、まあ、大丈夫っぽいか……それで、ライカはラピス氏族の森を守りたくて、俺の協力を得たい、という事であってるか?」


 地図上で、ダルアの街の南西に位置する森の中。

 川からほど近い位置に、ラピス氏族の森と村があった。


「そうですわ……現時点ではダルアの街にも、氏族の森にも影響があるとは言えませんが」

「森は街よりも広いからなぁ」


 街は結界杭に囲まれた領域である。

 エルフの場合、それに相当するのは村となる。

 しかし、エルフの村は、その周囲の森があって成立する環境である。


 エルフにとって森は、牧場であり、畑である。

 良質なタンパク質を含む何かにビタミン豊富な何かが豊富に存在し、家と服の素材も手に入る。

 何なら、森から出なくてもそれなりに生活ができるのがエルフだ。

 そのため、エルフは森に手を入れ、しっかりと管理しているのだ。

 害虫が増えれば駆除するし、害獣も同様。

 エルフの弓はそういう目的で使われる。


 そんな森の近くに黒蝶がくれば、大量の獣や魔物が逃げ込んでくる可能性が高く、その際に木々にどのような被害が出るか分からない。

 森が荒れれば、すぐにも食料の調達に苦労するし、場合によっては森の放棄という可能性すらある。


「もしそうなればレイラも悲しみます……ですが、クロエ様の護衛を考えると……」

「そっちの対策ならあるよ」

「どうなさるのですか?」

「ちょっと早いけど、クロエさん達はサンテールの街に転移の巻物を使って送る。エドさんたちに頼んで、学園の生徒や教師を呼び寄せて貰えば、まあ護衛戦力としては過剰なくらいだろ?」

「……サンテールの街に転移して、クロエ様を任せた上でダルアの街に転移で戻ってくる、と?」


 ライカの問いにレンは首肯する。

 護衛が難しいなら、護衛が不要な状態にしてやれば良い。

 そう言って笑うレンに、クロエは端的に


「まだサンテールには行きたくない」


 と告げるのだった。

 そして、


「エミリアもフランチェスカもいるし、リオもいる。護衛は十分」


 と続ける。

 クロエのその言葉に、実際、そうだよな、とレンは苦笑する。


 普段はクロエの世話役として活躍しがちなエミリアとフランチェスカだが、護衛の任に於いても十分な力を発揮できる。

 当然である。彼女たちは、そのためにこそ、クロエにつけられたのだから。

 加えて人類最強の一角である竜人の中でも、長い経験を積んだエーレンとソウルリンクしたリオの強さはある意味でラスボス級である。


 だから、


「じゃ、クロエさん、エミリアさんたちが頷いたら、この街待機ってことで」


 と言えてしまう。

 だが、


「今回の戦いは、最前線で見る価値がある。レンから貰った状態異常耐性のペンダントもある」

「前線の危険は毒だけじゃないからね?」


 というレンの言葉にもっともだと頷くエミリア。

 だが、クロエは、


「黒蝶は長らく人類の脅威。これへの対処方法が生まれるなら、それはソレイル様も見たがる筈」


 とゆずらない。

 そして、神の名を出されるとあまり強く出る事ができないエミリア達は、レンに何か対処方法はないのか? と尋ねる。


「600年前だと、毒持ちの魔物と戦う際は、毒耐性防具とポーションでの対策だったかな」


 それに、相手の風上、上方に陣取り、毒を浴びないという立ち回りも大事だね。とレンは付け加える。


「ポーション……毒消しのポーションですか?」

「いや、体力回復ポーション。あれって元々、飲むと暫く効果が継続するんだけど、その効果時間延長に特化した派生ポーションがあってね。効果は弱いけど、ジワジワ体力が削られる系の毒ならこれで相殺できる」

「……蝶の毒は神経を麻痺させる毒なんですけど」

「そういうのだと、効果は微妙かな……麻痺は状態異常に分類されるから……あー、生命力の護符があるけど」


 レンは盾を模したキーホルダーのようなものを取り出してエミリアに渡す。


「これは生命力強化の魔法が付与されてて、大抵の状態異常の悪影響を無視できるけど、その効果と持続時間は本人の魔力操作の能力に依存するんだ。魔術師が使うと、短時間なら無敵だね」

「クロエ様は錬金術を学ぶ過程で、魔力操作も身に着けてらっしゃいますけれど」


 どの程度のものなのか、とエミリアが目で尋ねる。


「正直、分からないかな。クロエさんの魔力操作からすると、これ着けてればコカトリスの猛毒にも耐えられるけど、蝶の毒がどの程度の物なのか……」

「単体での毒はそんなに強くなく、吸っても影響はないと聞きますけど」

「致死量の問題かな? ……それならこれといつものペンダントをセットで使えば対策出来るには出来る。けど、正直、連れて行くのはお薦めしないよ。こう言っちゃなんだけど、エルフの村は大騒ぎになるだろうから、邪魔になるよ」


 レンの言葉に、クロエは目を伏せた。

 そして


「レンがそうしろと言うならそうする。でも後でちゃんとどうなったのか教えて」

「ん。それは約束する。それじゃ留守番よろしく。リオもよろしくな」

「分かったから、早く準備して行きなよ」


 それでは、と、ライカの魔法でふたりは飛び立つのだった。

読んで頂きありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。

感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


前にちらりと書いた裁判沙汰ですが、勝訴で決着がつきました。

この顛末を個人情報を伏せた上で小説風にまとめて、とか思ってたのですが、

「原告があり得ないほど愚かな悪役ムーブしてて、とても信じて貰えそうにありません」

という状況に頭を抱えておりますw

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