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197.海への道のり――カラス駆除と黒い空

 カラスの駆除の依頼を受けたレベッカは、一時的に護衛の任を解かれ、訓練としてそれを行なうようにと命令を受けた。


 命令となれば逆らうことはできないし、依頼内容もある意味真っ当な狩人の仕事である。


「……この街に狩人が少ないのはまあ仕方ないっす」


 冒険者にも弓使いは大勢いる。

 だから、専業の狩人がいなくても街としては即座に大きな問題はない。


 狩人がいなくなったのは、それが理由だと冒険者ギルドで教えて貰ったレベッカは、


「そんなら、冒険者にはもっと頑張って貰わないとならないっすね。戻ったらファビオ様に報告っす」


 土地勘のないレベッカに付けられた冒険者――ニンファという名の20代ほどの女性の弓使いは、何か言いましたか? と振り向く。


「いーえ、結構街外れで安心したっす、って言ったんすよ」

「最初は街外れから案内するように言われてますので」

「あー、腕前を見てから街の中に入ってく感じっすね。その方がお互い、安心っすからね……あ、そろそろっすね」

「そうですけど?」


 なぜ分かったのか、とニンファが首を傾げると、レベッカは苦笑した。


「弓使いだけだと必要のない技能っすけど、あーしら狩人は、動物の痕跡を見付けたり追い掛けたりする技能があるっす……ほらそこ」


 とレベッカが壁際に置かれた樽の上についた鳥の糞を指差す。


「カラスのっすね。盗んできた干物の残骸も残ってるっすよ。カラスの縄張りは割と狭いっすから、この近くだろうな、って思ったんす」

「なるほど……ちなみにカラス避けになるものとかあるんですか?」

「あー……なくはないっすけど、あんまりお薦めできないっす。そのちょっと見た目がアレなんで」

「と言いますと?」

「カラスの死体をぶら下げとくと、近付かない、なんて言われてるっすね……あと、たぶんっすけど、今街にいるエルフの錬金術師に相談すると、そういうポーションを売ってくれるかも知れないっす」

「死体……街の中だとちょっとアレですけど、ポーションよりは良さそうですね。ポーションは使い続けないとなりませんから、費用的にちょっと厳しいですし」


 その言葉に、レベッカは、おや? と右の眉を上げた。


「ニンファさん、実家が干物作ってたりするっすか?」

「ええ、なんで分かったんですか?」

「費用的に厳しいって言葉がやけに切実だったっす……あ、干物が並んでるっすね。取りあえず、周囲を一回りしてみるっすよ」

「身を隠せる場所と、後ろに壁がある場所でいいですか?」

「んー、まずは後ろに矢が逸れても壁が止めてくれる場所。あと、干物を干してる場所を見下ろせる場所っすね」

「……でしたらこちらです」


 ニンファはレベッカの要望に応えて、何カ所かの候補に案内した。

 干物はこれから干すそうで、まだ台には何も乗っていないが、どこに何を乗せるのか、人が出入りするのはどこか、いつ頃干し終わるのか、などを聞きながらレベッカはそれら候補を見て回った。

 そして内2箇所、台を見下ろす位置と台の向こう側に壁がある場所を選び、どちらかに隠れるので、離れて人が近づかないようにして欲しいとニンファに頼む。


「構いませんけど、身を隠す場所はあまりありませんよ?」

「なければ作るっす」


 レベッカはまず、奥側に壁がある場所に移動し、あたりを見回した。

 そこはガラクタ置き場らしく、様々な大きさの箱や木材などが置かれていた。


「ここでいいっす、ニンファは屋内で、ここに人が近付かないように見張ってくださいっす」

「分かりましたけど、どれくらいここにいますか?」

「魚を干し終わるくらいまでか、ここでカラスを3羽落すまでっすね」


 レベッカはそう言ってがらくたの間にしゃがみ込み、薄汚れたボロボロのシーツを取り出し、頭から被った。


 中に人が入っていると分かりくくするため、持参した棒を紐で三脚状に固定し、中に人がいるようには見えない形にし、30センチ四方ほどの隙間から台を射る用意をする。


 ちなみに台の上には、申し訳程度に粗い網が蚊帳のように掛かっているがカラスは自分で隙間を作って入り込むし、ちょっとした隙を狙ってやってくるのだ。


 やがて、下処理を終えた本日分の魚が台に並ぶ。

 並べ終わった後は横にも網を下げているが、カラスはこれを突破する方法を学習しており、効果は薄いそうだ。


 作業員が全員下がって15分ほど。

 おそらく遠くからこの場所を伺っていたのだろうカラスが3羽やってきた。


(あー、やっぱりそうっすか)


 カラスは地面に下りると、網の目の間を歩いて通過した。


 羽を広げたままでは通り抜けられないが、羽を閉じれば網の目の大きさは、中サイズのカラスにとっては抜けられるサイズなのだ。


(おや? そういうのもアリっすか。ここまで賢いのは滅多に見ないっすけど、仕方ないっすね)


 一羽が網を持ち上げ、もう一羽ができた隙間を通過して中に入るのを見て、レベッカは仕事に入った。


 網の中に入ったカラスを立て続けに射り、外の地面で羽を休めていたカラスも地面に縫い止めるように射る。


(ここはこれで仕舞いっすね)


 更に15分ほどその体勢を維持したレベッカは、静かにシーツを剥がし、三脚にしていた棒を重そうに持ち上げてニンファが待つ屋内に入った。


「今日はこのくらいっす」

「はい、でも三羽と決めていたのに、随分粘りましたね、何でですか?」

「あー、他に見てるカラスがいたら、カラスが死んだ時、そばに人が隠れてたってバレちゃうっすから」

「バレたら問題が?」

「カラスは賢い鳥っすからね、次にあーしがあのテント使った時に寄ってこなくなるかも知れないっす」


 レベッカの言葉に、ニンファはまさか、と笑ったが、真面目な表情を崩さないレベッカに、


「冗談……じゃ、ないの……ですね?」

「あーしは狩りのことで嘘や冗談は言わないっす」

「なるほど……対策してもすぐに裏をかかれるのはそのせいでしたか……おっと、カラスを確保してきます……死体をぶら下げとくといいんでしたっけ?」

「見た目は残酷っすけど、ここにはカラスを殺す何かがいる、と知らせれば暫く近付かないわけだから、お互いのためっす。次行きましょう」


 ニンファにカラスの死体の吊るし方を教え、レベッカは次の狩り場へ移動した。


  ◆◇◆◇◆


 何件かでカラスを射落としたレベッカは、街外れに近い作業場に案内された。


「今度はまた、えらく広いところっすね。それに、街外れに近いのに、随分とめんどうそうな場所っす」


 先ほどは干物を干す台が3つ程度だったが、ニンファに案内されてきた場所には台が4列各5つで20程並んでいる。

 それが、土地の問題なのか、建物の()()にある。


 干す量が多いからか、まだ台は半分ほどしか埋まっておらず、作業員が出入りを繰り返している。

 そして、ニンファを見て頭を下げる作業員を見て、レベッカは、ここがニンファの実家なのだろうと判断した。


「干した魚は街のみんなも食べますし、内陸に送ったりもしますので」

「結構な量っすね……でも、畑と違って結界内に広い場所がなくても食べ物を作れるのは漁や狩りの利点っす……けど」


 レベッカは台が並ぶ()()を見回して溜息をついた。


 広いと言っても、レベッカの弓の腕ならその十倍の広さでもカバーできる。

 しかし、屋上となると、狙いが逸れて矢は、遠くの地面に落下するかもしれない。

 慎重に狙えば極端に外すことはないが、どれだけ腕がよくなっても飛び道具は百発百中とはいかない。


 屋上には人が落ちないように低い柵はあるが、それだけで、障害物になりそうなものは多くない。


「同じ条件の場所をお願いするっす……あと、後ろが街の外でも良いっす」

「見下ろせる場所と、後ろに壁がある場所、街の外はあっちですけど、間に道があるので危ないです」

「あー、柵に当って変な角度で落ちたら危ないっすからね」


 ひとつは、屋上に出るための階段がある塔屋(とうや)

 それに隣り合う位置に小さな物置というか、大きな箱。


 もう一つは休憩用なのか、ベンチのようなもの。

 背もたれがついたもので、背もたれが壁と言えなくもない。


 塔屋の上というのも条件に合致するものが、そんなところに人がいれば、空から見た時に目立ってしょうがない。


「これはもう一択っすね」


 レベッカは塔屋を後逸防止の壁と見做すことにした。


「あーしはベンチで待つっす。言うまでもないことっすけど、誰が来ても階段を上らせないこと。絶対に守ってくださいね」


 台に魚を並べる作業は一段落したようで、作業員の姿が見えなくなったのを確認したレベッカは、ベンチのそばに三脚を低く立て、三脚とベンチを使ってボロ布の形を整えてそれを被る。

 すると、ベンチの上に何か布の塊があるようにしか見えなくなる。


「すごい擬態ですね……それじゃ、みんなに注意して、私がドアの前で誰も来ないように見張っておきます」

「……っす」


 そして30分ほどが経過した頃、上方向にしか網が張られていない屋上に、カラスが4羽やってきた。


 一羽はやや離れた位置から警戒をし、3羽が我が物顔で屋上を闊歩して獲物を物色する。

 塔屋とレベッカの位置関係から、狙える場所は限られているが、美味い具合にカラスが塔屋のそばの台に近付いていく。


(欲張らない……安全第一……しくじったら校長先生の大目玉……後1羽も安全圏に……入ったっす!)


 一本目の矢はカラスを貫き、塔屋の壁にその体を張り付けにする。

 続けて放たれた矢も同じく。

 だが三本目の矢は、驚いて飛びすさったカラスの位置が塔屋から外れ掛けていると、弓を放つ直前に気付いたレベッカが射るのを中止する。

 生き残った二羽のカラスは、叫び声のような声をあげながら離れていった。


「しくじったっす……いや、でもあれ射ったら、塔屋で止まらなかったっす」


 目的はカラス駆除だが、それよりも大切なのは人間を傷付けないこと。


(優先順位に従っただけで、外した訳じゃないから大丈夫っす……大丈夫っすよね?)


 ライカ(校長先生)に叱られませんように、と溜息を付いてレベッカは切替える。


(今日はもう寄りつかない可能性が高いっす……それに、あの勢いで逃げてったんなら、そばにはいないでしょう)


 周囲に気を配りながらレベッカはゆっくりボロ布を外し、今までベンチで寝ていたかのような芝居をしながら起き上がる。

 そしてカラスが遠くから見ていないかと周囲を確認した際


「うや?」


 レベッカは街の外を見て、目を擦った。


「……二番目くらいに最悪っすね」


 遠くの空が黒く染まっていた。

読んで頂きありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。

感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


あ、ラストですが、カラスの逆襲じゃないです(軽いネタバレ)。

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― 新着の感想 ―
[一言] >二番目くらいに最悪っすね 細かいけど最悪は最も悪い(一番悪い)という意味なので二番目なら最悪じゃないですね 二番目くらいに悪いパターン とかにするのが良いと思います
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