194.海への道のり――船と釣り
川の中のピエモンテの村には数日滞在し、村の作りや上流に仕込まれた流れを緩やかにするしかけを調べたり、周辺の素材を確保しまくったりと満喫する。
ついでに、後日、商会の者が感想を聞きに来るからとライフジャケットの試作品を船乗りに渡したりもする。
また、具体的な話はせず、早ければ3年後、黒金二枚貝を欲しがる者が出てくるかも知れないから、クズ貝だと川原に捨てたりせずに川に戻すようにとだけ伝えて、レン達は往路で依頼していた砂や貝殻を受け取りながらターラントの街の拠点に戻った。
レン達が戻ったのを見て、家の管理をしていた領主から借りている使用人たちはほっとしたような顔をしている。
何かあったのかとレンが尋ねると、
「商業ギルドから、荷が揃ったので連絡を頂きたいと、毎日連絡が来ております。書状もこちらに」
と、手紙を差し出す。
封を切り、中身を確認したレンは、
「ああ、頼んでいた物が揃ったらしい。後で行ってくる」
と答える。
「それと……これも商業ギルドですが船は整ったが日程はどうするのか、という問い合わせが」
「船? ああ、クローネお嬢様の漁船体験か……それは天気次第な所もあるからなぁ……あー、クローネお嬢様、どうする?」
「早く乗ってみたい」
クロエのその答えに、エミリアが使用人達に聞き取りを始める。
「あなた方の経験から、この街のこの季節の天気は安定していますか?」
「は? ええと、昼過ぎくらいに降ることが多いですけど、そういう意味では安定しています」
「嵐などは?」
「もう少し涼しくなってからが多くなります。この季節は少なめですし、天気なら船乗りに聞いた方が当りますよ」
その答えに、エミリアはなるほど、と頷く。
「分かったわ。ありがとう」
◆◇◆◇◆
長年漁師をやっている連中が、明日は快晴だと口を揃えて言ったその翌早朝。人によってはその日の深夜と捉えるかもしれないが、午前3時にクロエ達は港を尋ねた。
護衛達が船の確認を始めとする各種準備を行なう中、クロエはライフジャケットを身に着け、お手製の懐中電灯の魔道具片手に、楽しそうに真っ暗な港を散歩していた。
護衛はリオとライカ。
レンは船のチェックのために駆り出されている。
「リオは船に乗ったことある?」
「小さいボートならあるけど。あたしはほら、狭い川なら飛び越えちゃった方が早いし」
「なるほど。ライカは?」
「今は飛べるので減りましたが、昔はそれなりに。レン様と一緒に沖合の島に渡ったこともありますわ」
「島? 危なくないの?」
クロエの質問に、ライカは危ないです、と答えた。
「大半は荒事ですから危険ですわね。そしてなぜか島の魔物は本島の魔物よりも強かったりして厄介でしたわ」
魔素の偏りによって魔物が強化されているということもあるが、なぜか孤立した環境の魔物は普通と違う。
ゲーム的に言えば、イベントエリアごとの特徴付けということになるだろうか。
例えば同じ狼の魔物でも、棲んでいるエリアで動きが異なり、場合によっては見た目も変化する。
そして、大抵の場合、そうした生き物は見慣れない攻撃を仕掛けてくることが多く、初見では苦戦することもある。
そんな話をしつつ、港から普通に漁に出る船が出るのを見送って満足したクロエは、本日の船の所に戻るのだった。
◆◇◆◇◆
ライカが手配した船は、そこそこ大きな双胴船で、本来は複数人が同時に釣りをして、釣果を双胴を繋ぐ甲板に乗せることができる漁船である。
加えて小回りが利く、小型の漁船を二艘同伴する。
万が一にもクロエが海に落ちたり双胴船が転覆したときの備えである。
双胴船含め、すべて帆船だが、櫂も付いていて、無風状態でもそれなりに動ける。
安全対策として、全員がライフジャケットを装着。更には。
「水中呼吸のポーションもある」
と自慢げなクロエ。
今までは作っても使う可能性がほとんどないポーションであり、いずれ上級に至るために仕方なく作っていたが、それが役に立つと嬉しそうだ。
「それが役立つ事態は避けてくださいね?」
と不安そうなエミリアに、クロエは
「まかせて」
と笑顔で答えるのだった。
◆◇◆◇◆
「船長のピノさんですわ」
「ピノじゃ、あっちはまあ雑用係のトビア。おう。この前の嬢ちゃんじゃなぁ」
「…………港を眺めたとき、倉庫の階段を教えてくれたお爺ちゃん?」
「おう、その爺じゃよ。さて、船好きのようじゃとは思っとったが、まさか漁船に乗ってみたいと言い出すほどとはのぉ。先に言っとくが、日の出前に出港して戻ってくるのは昼前じゃ。その間、船に便所はないし、一度岸に着けたら明日の同じ時間までは出港できない。さて、準備はいいかの?」
実際には色々とやりようはあるのだが、クロエが望んでいるのはそういうものではないだろう、とピノは敢えて大変さを口にする。
ピノの言葉に神妙な表情で頷くクロエ。それを見て、
「では出港じゃな」
護衛達に視線を走らせ、特に反対意見がないことを確認したピノは、舫を解き、帆を広げ、櫂で桟橋を押した。
真っ暗な空を背景に、陸風をはらんだ帆が音を立てて膨らむ。
帆桁が軋みを挙げて回るのをロープで調整しながらピノは船を風に乗せて少しだけ沖に運び、港から漁場へのルートから外れた辺りで船を風上に向けて帆を畳み、錘を付けたロープを下ろして船を泊める。
「それは何?」
船の碇を初めて見たクロエが首を傾げる。
「船を泊めとくためのもんじゃ」
それを聞き、レンも質問をする。
「碇っていうと、もっとこう、海底に刺さる感じのを連想しますけど、今のは単に錘を付けたロープですよね?」
「ああ、お前さんが言ってるのはアンカーじゃな」
分からない、という表情をするクロエに、ピノは解説を加える。
「海底に突き刺さったりして、船が流れないようにするのがアンカーじゃ。単純に錘を海底に引き摺るようにするのはシンカーと別の名前で呼んどるんじゃよ」
「アンカー……刺さったら抜けなくなったり引っ掛かったりしない?」
クロエの問いにピノは顔中を皺だらけにして笑う。
「良いところに目を付けたのぉ。確かにたまに引っ掛かることもあると聞くぞ。まあ、船をあっちこっちに向けて動かすと抜けることが多いそうじゃ。そんなもんで、儂らはさっきの錘を使っとるんじゃよ。風の強い日は出港しないし、沖でシンカーを使うのは釣りする時だけじゃ。港では基本は桟橋に舫うようにしておる」
さて、とピノはサビキを付けた釣り竿をクロエとリオとレンに渡す。
「折角じゃ。少し釣ってみるかの?」
「いい?」
釣り竿を受け取ったクロエはフランチェスカにそう尋ねる。
フランチェスカは、
「ライフジャケットもありますし、折角の機会ですので」
とそれを許可する。
クロエはピノに竿の使い方を教えてもらい、針に餌は付けないのかと首を傾げる。
「さびきってやり方じゃよ。針の下に付いてる竹かごの中に餌が入っとって、水中で籠をゆっくりと上下させると、籠の下の針を餌と間違って食らいつくおっちょこちょいがおるんじゃ」
「船でさびきですか?」
と、ゲーム内で釣りも嗜んでいたレンが尋ねると、ピノは頷き、小声でレンに耳打ちをする。
「相手が小魚なら、そうそう危険はないじゃろうしの。この辺りは下に岩礁があって、小魚が多いんじゃよ」
お手軽に釣り体験をしたいなら、これくらいが丁度良いだろうというピノの言葉にレンは頷きを返す。
「ご配慮感謝します」
双胴船の中央甲板前方から船と船の間に糸を垂らすクロエ。
その隣でエミリアが待機し、リオは竿をそのままレベッカに渡す。
それを受け取ったレベッカが
「釣っていいんすかね?」
とラウロに尋ねると
「……まあ、船上だ。構わん。新鮮な魚を釣ってくれよ」
ラウロもやや楽しげな表情で答える。
「狩りと同じような成果はムリッすけど」
と、レベッカも中央甲板後ろから糸を垂らす。
アタリは比較的すぐにあった。
くん、という手応えにクロエが竿をあげると、そこそこのサイズのアジが掛かっていた。
ピノの指示に従ってそれを揚げたクロエは、それをエミリア達に見せる。
「おめでとうございます」
「ん。それでこれ、どうやって食べよう?」
「お嬢様のお望みのままに」
「んー、なら塩焼き……レンに作って貰おう」
「俺か? まあ、戻ったら焼こうかね」
読んで頂きありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。
感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。
陸風をはらんだ帆が音を立てて膨らむ。は本来の意味からするとややおかしな表現ですが、今回はわざとです。
濃厚接触ですが、37.8の熱が出まして発熱外来に。
ですがコロナは陰性でした。
数ヶ月前から微熱が続いていて、たまに高熱が出る状態ですので、そっちのようです。
#そっちはそっちで原因不明なので、どっかでしっかり検査しないと。。。