表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/214

193.海への道のり――密談と対策

 黒金の仙薬が完成して、一定の効果を確認()()()()()()()ことで、レンは、近い将来起こるであろう混乱にどう対処すべきかをクロエ、リオと相談することとした。


 正確に述べるなら、ふたりに相談することで、ソレイルとリュンヌの反応を見ることとした。である。


 神々への意見照会を目的とすると正直に述べたうえで、レンはふたりと共に作業小屋に入った。


「リオは実験を見てるけど、クロエさんにも説明すると……」

「不要。寿命以外の死因による死者を生き返らせるポーションの扱いについて苦慮している。合ってる?」

「あー……神託があったわけか……そういうことだね」


 レンは念のため、と言いながらなぜわざわざ仙薬の実験を行ったのかを説明した。

 説明を聞き、クロエはそれを自分なりに噛み砕いて、これで合っているのかとレンに確認する。


「……錬金術師上級の者が十分に育ったとき、魔法屋にある黒金の仙薬のレシピを読める者が現れるので、隠しきれるか不明。その時になって対処したのでは黒金二枚貝が絶滅しかねないから、まず、本当に作れるのかを確認した、と?」


 それを聞き、リオもそういう意図だったのかと納得顔で頷く。


「そうだね。例えば、魔法屋にあるレシピを俺が持ち出してしまえば、この問題は発生しないけど、俺の死後、もしも本当にそれが必要になった時に困ったことになる。だから、基本方針として、神殿や王家に管理を任せるってのを考えてるんだけど、神々はそれをどう考えるかなってね」


 レンが想定している対処方法は大きく3つあった。

・何もしない。

・世界からレシピを隠す。

・神殿、または王家に任せる。


 何もしなかった場合、数年で黒金二枚貝が世界から消えるだろうことは予想に難くない。

 神々の許可がなければ作れないという情報を知らねば、失敗したら条件を変えて何回も実験することになる。結果、多くの黒金二枚貝が無為に消えていく。そして、迷宮の外なので絶滅したらそれでおしまい。

「神々による許可制である」ことを伝えれば無駄な実験は行なわれないだろうとも思うレンだったが、リオ経由のリュンヌからの伝言では「他の者では再現できません。例外は神々の許可を得た上での作成のみ。ですが、これを知らずにいることが、この世界を救う鍵となります」とあり、その情報は伏せておくようにと言われているものとレンは理解していた。


 レシピを隠すのは問題の先延ばしに過ぎない。

 レンの死後にレシピを公開するようにした場合、明日の問題が1000年先に発生することになる。

 その時間で黒金二枚貝を養殖するなどすれば別だが、レンとしてはそれを生涯の仕事にはしたくない。


 誰かに委託する。

 信頼できる誰かに神託以外の情報を明かし、扱いは委託した相手に任せることとし、レンは手を引く。

 レンの考えでは、これがもっとも問題が少ない対処方法である。

 委託した誰かが必要だと思うなら、黒金二枚貝の養殖でも何でも好きにすれば良い。

 委託する『誰か』が個人でないなら、レンの死後もある程度その組織が続くことを期待できる。

 特に神々が存在する世界における神殿は、仮に王国が滅びた後も残っている筈だとレンは考えていた。


 だが、委託する場合、情報を知る者が増えるため、やり方によっては問題が生じる。


 レシピをもたらしたレンに、なぜ作れないのかを調べるのに協力して欲しいという話も出てくるだろう。

 その際、神々の許可を得なければ失敗すると告げてはならないなら、いずれは「レンが作成方法を秘匿している」という疑いに辿り着く者が現れる可能性すら出てくる。

 そのレンの考えを聞いたクロエは


「それは私達の仕事」


 と述べ、リオも


「うん、そうだね」


 と返す。


「死者の蘇生であれば、それは冥界の管理者たるリュンヌ様の領分。眷属である竜人(リオ)が告げるのが適切。竜人の言葉だけでは信用できない者も、神託の巫女がソレイル様から聞いた話であれば納得する」

「……え? そりゃそうだろうけど、許可の話は伝えたらまずいんだろ?」

「それは伝えない。ただ、黒金の仙薬が作れないのは、その者の素材に対する探究が十分ではないからだという神託を告げる」

「そうだね……ちなみにレン、今クロエが言ったのは別に嘘じゃないよ?」

「そうなのか?」

「必要なのは許可。それは本当。だけど、許可された者の素材は変質する。そこに気付くのが許可を得るための第一歩」


 クロエの答えに、レンは意外そうな表情をする。


「変質するってのは、何が? どの程度?」

「煮込む方だと聞いているけど、程度は知らない」

「……煮込むってぇと、黒金二枚貝を使わない方か……なら、そっちをしっかり調べるように伝えるのは?」

「構わない。むしろ推奨」

「なるほど……そういう目的か」


 クロエの答えから、レンは神の意図を推測した。


 神々は、この世界に変化をもたらそうとしている。

 それはレンにとってはあまり望ましい変化ではない、が、即座に問題となる類いのものでもない。

 現時点ではレンは、それもありか、と考えていた。


(いずれにしたって、そう簡単じゃないだろう)


 レンが推測した神々の意図。

 それは、この世界に地球の錬金術のような騒動を持ち込む事だった。


 錬金術というと、その名前から金を合成して富を得るものという印象が強いが、当時の人間の欲望は金以外にも向いていた。

 具体的には不老不死である。


 西洋であれば、鉛を金に変える触媒となる賢者の石。

 人間に不老不死を与えるエリクサー。

 錬金術の目的はそれらにあった。なお、賢者の石とエリクサーは同じ物を指すという説もある。


 東洋であれば、不老不死を得られる霊薬(仙丹)。

 それを作るための技術として錬丹術が存在した。


 他の地域にも錬金術に相当するものはあり、その多くは不老不死を求めるものである。


 絶対に叶わない目標に向って、大量のリソースを無駄遣いする馬鹿騒ぎ。

 と、地球の錬金術を否定的に見ることもできる。

 王や貴族の欲望を満たすために、大量の財貨を用いて、しかし結局人類は、金も不老不死も得られなかった。


 だが、現代科学――特に化学は、その錬金術によって基礎が作られている。

 総当たりに近い勢いで、様々な物質が化合され、分離され、精製され、その結果が分類、記録されていったのだ。

 データを記録し、体系的にまとめる。

 それは科学の基本である。

 加えて、分離、精製、化合の際に用いられる様々な器具の発明も、錬金術の時代に大きく進化した。


 地球では空想上のものに過ぎなかったエリクサーや仙丹と異なり、数年後には黒金の仙薬に手が届く者が現れ始める。

 レシピを見た者は、それがあれば寿命以外の理不尽な死から逃れる手段たり得るように見える筈だ。


 それなのに、レシピ通りに作ってもポーションが完成せず、研究でそこに至れるとなれば。

 今はまだ無理だとしても、今後人口が増え、食料自給率が十分に高くなれば、黒金の仙薬を作るための研究が大々的に始まるだろう事は想像できる。


 なぜ作れないのかを調べるために、違いを調べる為の方法が考えられ、多くの試行錯誤が記録される。

 それでも分からないとなれば、レンが学園で提供しているようなレシピ違いポーションの可能性が模索されるかもしれない。

 そうなれば広汎に物質の性質が調べられ、そのための道具が作られ、世界に科学的な物の考え方が広まっていく。


 そうやって、この世界に於ける科学の萌芽を齎すことこそが、神々の狙いであるとレンは推測していた。


(とは言え、それらしい基礎が成立するまで、どんなに早くても100年単位だろうから、俺が生きている間に急激な変化がないことを祈ろう)


 地球の錬金術は、中世ヨーロッパのそれが有名だが、源流を辿れば古代ギリシャ、古代エジプトに起源がある。

 10世紀以上の積み重ねの間に元素論などの哲学論争があり、様々な実験が行なわれたその先に地球の錬金術は産まれたのだ。

 科学的アプローチ自体が重視されていないこの世界には、その辺りの積み上げがない。

 知識を使いこなすには、考え方の理解が必要である。

 だから、しばらくは安全だろう。レンはそう考えていた。


 その結果、


(当面は、神託に沿って黒金二枚貝以外の素材についての研究を進めて貰う感じになるだろうけど。そのための考え方を理解して、広まるまでは科学はまだ一部の物好きのモノだ)


 そう納得したレンは、


「……分かった。取りあえず神託に沿って行動する。ただし、俺自身や周囲の者に不都合が生じた場合は、俺が知ること、推測したことを公表させてもらう」


 と答える。

 それを聞き、クロエは。


「レンがそう望むのなら」


 と頷くが、リオは


「リュンヌ様に刃向かうことになるなら、あたしとエーレンが相手することになるからね?」


 と中々に凶悪な脅しを掛ける。

 だがレンは苦笑いしながら、それには及ばない、と答える。


「俺はそのリュンヌに自由にして良いって神託を貰ってるわけだから、俺が何をやってもリュンヌの許可は出てるってことだろ?」

「あー、そう……なのかな? まあでも、リュンヌ様のご指示があれば、あたしはそっち優先するから」

「リュンヌが前言を撤回するような事をすると?」

「そんな事はしない! あれ?」


 レンの問いに思わずそう答えるリオは、それなら、問題はないのか、と首を傾げた。


「たぶん、向こう500年くらいは俺の知識は役に立つ筈だから、リュンヌも俺を簡単に排除したりはしないだろうさ」


 科学そのものではなく、科学的なものの見方という点で、レンの知識はリュンヌの計画の役に立つとレンは予想していた。

 そして、少なくとも役に立っている間は安泰だろうから、早めに神託装置を作ってしっかりとした対話をしよう、と、考えるのだった。

読んで頂きありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。


感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


あ、濃厚接触者になってしまいました。

突然更新が止ったら、熱のせいかな、と流して頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
― 新着の感想 ―
[良い点] 物語開始当初から神々が狙っていたのはそこかぁ。 科学的なものの見方を意図的に発生させるのって難しそうだなぁ。だけど面白そう。 [気になる点] ふと思ったことではあるんですが、こういう科学的…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ