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192.海への道のり――仙薬と霊薬

 村長からザル一杯の黒金二枚貝を入手したレンは、作業用に作った小屋に入ると、出入り口を石で埋める。


 そして、魔石ランタンを灯し、台の上に並べた素材と道具を照らし出す。


 初級のポーションは陶器、中級のポーションは透明なガラス瓶に保存される。上級もガラス瓶だが、色合いが異なる。

 今回作業台に置かれた箱には、青い瓶が8本並んでいる。

 レシピ通りに作った場合、中級までは一度に16本を作れるが、上級のポーションは一度に4本を作る事になる。

 8本あるのは、失敗した場合に備えて2回分を用意しているためである。


「ゲームまんまだけど、これはこれで綺麗だよな」


 中級までと異なり、上級の瓶はそれ自体に不可視の魔法陣を刻まれており、レンが軽く魔力を流すとその表面にホログラムのように薄く薬剤鮮度維持の魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣が正常であることを確認したレンは、予め粉にしておいた材料を取り出し、秤で丁寧に計量を始める。


「黒結晶の粉と白結晶の粉をそれぞれ40グラムを洗浄した鍋に入れる……粉末状に砕いた緑の魔石15グラムを加えて混ぜる。塩水石を230グラム分加え、鍋の中で割り砕いて塩水に変化させつつ、鍋の中身を練る……色が濃灰色から白に変化したところで、温度調整で60度まで加熱。で、魔石コンロで弱火で3分……砂時計っと……待ち時間で貝の処理だったな……ええと? 砂抜きなしで貝をこじ開け、貝柱を切り取る……で、心臓を刺した後、エラを取り出す……取り出したエラを10匹分。真水を250cc入れた別の鍋に入れる。その際、汚れ等は気にしない。前の鍋が3分……はもう少しか…………よし、3分経過したら火から下ろす……そこに綺麗な綿の布で、エラの入った鍋を中身を漉して、入れて魔力を浸透させてやると、反応して色が……色が……あれ? 反応が鈍いな」


 綺麗な銀色に変化する筈の鍋の中身の色は、強いて言えば銀色っぽい灰色だった。


「手順に間違いはないし、使った材料は、これ以外のポーション作成でも使ってるものだから問題はない……となると」


 黒金二枚貝が何か違うのだろう、とレンは考え、貝をひとつ摘まんで、何となくその貝殻をペロリと舐めてみた。


「……塩っ気が薄い……あ、もしかして」


 割と多発した失敗事例を思い出したレンは、無意識の内に貝を舐めたのは、その確認方法を体が覚えていたためか、と嘆息する。

 そして、村長に、黒金二枚貝を採取した後の話を聞くことにした。


  ◆◇◆◇◆


「はい。貝は浅瀬を大きな熊手で掘り返して、ザルで掬って取ってきました」


 採取方法に問題がないと確認したレンは、ならば、ともう一つ質問をする。


「採取した後、貝を洗いましたか?」

「ええ、海水で洗ってから、真水で洗いましたが?」


 それを聞いたレンは、真水で洗っていない物をお願いできないかと、村長に頼む。


「申し訳ありません、先に言っておくべきでした。真水で洗ってしまうと、薬の材料が溶け出てしまうんですよ。だから、洗わずに持ってきてもらえると助かるんですが、お願いできますか?」

「そういう事でしたか。構いませんよ。黒金二枚貝は他の貝を採る時に邪魔になるほどいますから、すぐに持って行きますよ」


 村長はそう言って、海に向いかけた所で足を止めた。


「他に注意点はありますか? 他の貝と一緒のザルに入れたらダメとか」

「ザルに入れる分には問題ありません。砂抜きや水洗いはせず……ああ、採取した所以外の海水に浸けておくのもあんまりよくなかった筈です」

「なるほど。ならば少々お待ちください」


 村長はそう言うと、自らザルを持って海に向うのだった。


  ◆◇◆◇◆


 新しい黒金二枚貝で作成したポーションは、綺麗な銀色に変化し、2時間放置したそこに中級の体力回復ポーションを加えることで暗い金色に変化した。


「……出来ちゃったな。見た目は黒金の仙薬そのまんまだけど、どうやって試験するか」


 NPCの蘇生が叶うポーションである。

 たぶん作れないだろうと思っていたレンは、見た目だけは間違いなく黒金の仙薬ができあがったことで、その後の事をあまり考えていなかったことに気付いた。


(やっぱり動物実験だよな。ゲーム内ではポーションやバフ、デバフは動物全部に使えたから、意味はあると考えよう)


『碧の迷宮』では、敵を竜人や神としているため、NPCにもその手の効果は乗る。

 馬にポーションを与えれば高速走行を続けることができるし、怪我を負っても治療できる。

 魔物に対してもポーションの効果が出るのはプレイヤーに不人気だったが


『魔物に毒が効くのに、体力回復ポーションが効かない筈がない』


 という運営の公式見解から、魔物にも大抵の薬剤は効果が出るようになっている。


(そうすると、やっぱりホーンラビットあたりを使うのが適当かな……それで成功しても、人間に使うのは恐いけど……ああ、元々俺は使わない前提だったっけ)


 作れるのかどうか、使えるのかどうかの簡単な試験はするとしても、それを使って誰かを生き返らせることまではせず、黒金二枚貝の保護を国や神殿に任せる。

 その目的を思い出したレンは、広げていた道具や完成したポーションをポーチにしまい込み、倉庫のドアの部分の石を砂に変える。


「さて、それじゃちょっと散歩に行くか」


 大きく伸びをしながらレンはそんな風に呟く。

 と、小屋の影からリオが顔を出した。


「……どこに行くのかな?」

「ちょっと近所を回ってこようかと」

「ふうん、隠してもリュンヌ様から伝えられてるよ?」

「あー……竜人にはそういう裏技があるのか」

「伝言があるんだ。あたしも付いてくから、歩きながら話そう」


 そしてリオとレンは、村の中を入ってきたのと反対側に進み、森に向う。


「で、伝言ってのは?」

「んー……今から伝えることはまだ、レン以外には広めないことって言ってたけど、構わない?」

「ああ、それは約束する」

「それじゃ……レンが作った、これから実験するポーションは、他の者では再現できません。例外は神々の許可を得た上での作成のみ。ですが、これを知らずにいることが、この世界を救う鍵となります」


 材料を集めて手順通りに作っても100%失敗するのか、というレンの問いにリオは頷いた。


「まあそっか……これが簡単に作れるようになったら何が起きても不思議じゃないって考えると、その程度の安全装置は用意するか。俺もこの後は失敗するのか?」

「レンは、レンが望まない限り、常に許可を得た状態みたい。でも、あたしは詳しく聞いてないけど、そんなに危険なポーションなの?」

「俺が知る限り、これのために殺し合いがおきても不思議じゃないよ」


 人間にとって命は等価値ではない。

 大切な者の命を救うためなら、人間は他人の命など気にも留めない。

 それは人間に限らず、生き物なら当たり前の本能である。

 それを理解しているリオは、だから「なんかよく分からないけど、それだけスゴいポーション」なのだろうと納得することにした。


「それでレンは、外でポーションの実験をするって聞いてるけど?」

「まあそうなるね……リュンヌからは具体的な話は聞いてないのか?」

「レンに教えて貰うようにって」

「なら、まず出来るだけ弱くて、赤い血が流れている魔物か獣を捕まえるところからかな」

「生け捕りだね?」


 リオの問いに、レンは少し考えてから


「んー、あまり酷くなければ絞めたばかりでも構わないよ」


 と答える。

 死んでしまえばポーションは使えない、というのが常識であることから、リオは不思議そうに首を傾げるが、好奇心よりもリュンヌの指示を優先し、


「近くにいる。あたしが行くからここで待ってて」


 と、音もなく森の中に姿を消した。

 そして待つこともなく、30秒ほどで茂みから姿を現す。


「グリーンホーンラビット。二匹捕まえてきた。片方は首が折れてる」


 角を掴んで戻ってきたリオは、そう言ってレンにグリーンホーンラビットを差し出す。

 片方は元気に足をばたつかせているため、確認するまでもなく、首が折れている方は残りとなる。

 レンは死んだ方を受け取ると、倒木の上に死体を置き、その首に触れる。

 体はまだ温かいが、首はぐにゃりと曲がり、骨が折れていると分かる。

 首筋から脈動は感じない。


 だが、念のためそのまま2分ほど放置する。

 プレイヤーのアバターの場合、死んでも30秒以内に蘇生の霊薬を使って貰えば息を吹き返すが、それは、デスペナルティを受けないことと、死んだ場所での再生となる利点があるだけで、普通にゲームを楽しむ限りにおいて、ゲーム内のアバターは不滅の存在である。

 それに対してNPCに対して蘇生の霊薬を使っても効果はなく、死後5分程度の間に黒金の仙薬を使わない限り、死亡状態からの復帰は出来ず、永遠に失われる。

 死体を冷凍保存することが出来れば、5分という制限時間を延伸できたりもするが、いずれにせよ、黒金の仙薬なしでのNPCの蘇生は不可能となっている。


「そろそろ良いか」


 レンはホーンラビットが確実に死んでいることを確認すると、黒金の仙薬を取り出し、綺麗な装飾がされた蓋を開けてその中身をグリーンホーンラビットに振りかける。


(可能なら心臓付近と口元に)


 中型犬ほどの大きさのグリーンホーンラビットの全身がびしょ濡れになる。

 瓶の中身の大半を掛けきったレンは、グリーンホーンラビットの角を掴んでその液体に魔力を浸透させる。


 と、掛けられた液体が金色に発光し、グリーンホーンラビットの後ろ足がピクリと動く。

 ぐにゃりと曲がっていた首もまっすぐになり、体に熱が戻り始める。


「リオがリュンヌから説明を受けた時点でお墨付きってことだしな。そりゃ効果はあるか」


 リオはそう呟くレンに、


「今何が起きたのか、あたしに分かるように説明してもらえる?」


 と尋ねる。


「死んですぐなら息を吹き返す薬の実験かな。ちなみに寿命で死んだ場合は生き返らない……リオにはリュンヌから連絡があったんだろ? それはつまり、リュンヌはこのポーションについて知っていたってことで、その上でリュンヌは俺が作るのを止めなかった。そこは忘れないでほしいかな」

「あー……うん……そのポーションが悪いものなら止めるよね……あー、だから『今から伝えることはまだ、レン以外には広めないこと』って言われたんだ」


 

「その上で、神々の許可がなければ作れないって事だから、まあ俺のは許可されてるって思って良いよな?」

「……でも、そんなポーションがあったら、みんな欲しがるね」

「だから、内緒にしとかないといけないんだ。特にこの貝は他の場所にはいないから、みんなが採ったら、あっという間に絶滅しちゃうし」

「そうなったらその薬は?」

「俺が知る限り、もう作れなくなるね……しかも、神の許可がないと絶対に失敗するわけだから、みんなは貝を無駄に使って、失敗の原因を探ってる内に貝は採れなくなる」


 ありそうな未来をレンが告げると、リオはそれは困るね、と頷きつつも首を傾げた。


「……でも、レン。もしもあたしが欲しいって言ったら、それ、分けてくれる?」

「渡すよ」

「なんで?」

「だって、俺じゃリオに勝てないからね。痛い目を見てから奪われる位なら素直に渡すよ」


 レンの答えを聞き、リオは不満そうに口を尖らせる。


「あたしはそんなことしないよ? エーレンも許さないだろうし」

「ん。まあさっきのは冗談としても、このポーションについてリュンヌの声を聞いたリオが欲しいと願うなら、それには相応の理由があると判断するだろうね。でも何に使うつもりなんだ?」

「エーレン、レン、クロエ、ライカ……それとこの旅の間は他の護衛も含めて、誰かが死んだときに助けられるかも知れないから」

「秘密にしないとならないのに?」


 レンの問いに、リオは目を泳がせる。


「そ、そこは、エーレンに頑張って嘘をついてもらう、から?」

「そうか……まあ、ありがたい話ではあるけど、俺にはこれ、効果ないかもしれないってのは言っとく。英雄はコレじゃ無く、蘇生の霊薬ってのを使うんだ。なんでそういう違いがあるのかは知らないけどね。まあリオには後で残りの仙薬と霊薬を渡しとくよ」

「その霊薬ってのも作れるの?」

「作れるし、アイテムボックスの中にも入ってるよ。ただし、600年前と違って、今、使えるかどうかは分からないんだ。だけどほら、こればっかりは試せないからね」


 英雄にのみ効果がある薬である。

 効果を確かめるには英雄を殺し、蘇生させねばならない。

 しかし、この世界に英雄はレンしかいない。


「それは……うん、試してみてダメでしたってなったら、クロエやライカが悲しむね」

「そんな訳だからさ、俺が死んだときは、まず霊薬から試して、両方とも効果がなければ諦めて良いからね」

「それはあたしじゃなく、ライカやクロエに言っておくべきだと思う」

読んで頂きありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。

感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


191話については、間違って消してしまって慌てて概要をまとめたものとなっていますので、近日中に文章の見直しが入るかも知れません。

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