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191.海への道のり――村の歴史と黒金二枚貝

 アントニオの治療後、レン達は借りる予定の空き家に移動した。

 行商人が馬車を停めることを想定しているため、庭はそれなりに広い。

 部屋は大部屋が4。小部屋が3。

 風呂などあるはずもなく、水回り――トイレも調理場もすべて外。調理場は排水の仕組みと竈があることからそれと分かるが、屋根すらない。

 その空き家を見て、ラウロは


「見事なあばら屋だな」


 と嘆息する。


「壁も屋根もあるんすから上等っすよ」


 とフォローするレベッカも、これはどうしたものかと困ったような顔をする。


 がそれを放置して、レンは村長に話しかける。


「それで、歴史について聞かせて頂きたいのですが」

「あー……はい、そうでしたね。どういった歴史をご所望でしょうか?」


 家系図や村の人口の推移などには興味はないですよね、とジェネジオは尋ねる。


「この村が川の中になった経緯や、他に変わったことがあれば」

「おや、この村が元々川の中になかったと知ってらっしゃる?」

「ええ、600年前に何回かここに来たことがありますので、あまりの変わりように驚いています」


 600年と聞き、ジェネジオはレンの耳に目をやり、なるほど、と頷いた。


「100年祭の直後のことです」

「100年祭?」


 レンの疑問にはライカが答えた。


「魔王戦争終結から100年を祝った祭りですわ。すべての人間達が、英雄が齎した平和に感謝し、戦いの犠牲者を悼み、自分たちが生き残ったことを感謝する。そういう祭りです。ですが、その辺りからあちこちで問題が発生しだし、200年祭は行なわれませんでしたの」

「つまりは500年前ってことか……で、祭りの直後に何があったんですか?」

「元々、村のそばを流れていた川は、森から流れ出ています。その川が、森の中で倒木等で堰き止められ、広大な湿地が生まれました。狩人がそれに気付き、報告があったそうですが、この村は漁業で生計を立てていますので、大した問題ではないとされました……今思えば、それが間違いでした。湿地は、ある時点で障害物が少ない場所から流れ出しました」


 最初は小川のように。

 その水が土を削り、木を倒し、堰き止められ、それを繰り返し、水は元々の流れから離れた位置に川を作り出した。


 しかし、その川の水は、村にとっては必要な資源である。

 洗濯にも使うし、村の地下を流れる下水道にも水を流し込んで、諸々を押し流してやらねばならない。


 だから流れが変化するたび、村人はそこから用水路を村まで引いていた。


 何回か流れが変化したことで、都度、用水路は作り直された。

 その結果、村まで水が流れる幾つかのルートが地面に刻み込まれた。


 用水路には堰が設けられており、流量はそこで調整される。

 本来なら、大量の水が村を襲うことはない筈だった。


 しかし、その安全装置も、水が堰を通るルートを流れなくなれば意味を失う。

 あるとき、堰を迂回するように流れが変化し、大量の水が用水路を流れ、用水路の土が削り取られて幅が広がり、削られた土砂混じりの水が村を襲ったのだ。


「それが村を飲み込んだのですか?」

「村には下水がありますよね? そこから流れていかなかったんですか?」

「最初は下水が土砂で埋まり、村が水没したのです。水が流れ続けた結果、その土砂の一部は海に流れました。また村の南の地面には元々、余計な水を流すための細い用水路があり、流れる水はその用水路を削り広げたそうです」

「村の外側に水が流れるルートが出来たわけですね」

「ええ、ですが、元々下水があった場所は、蓋が吹き飛び、壁も削られて酷い状態だったそうです」


 下水の蓋の部分は、村の中の道として機能している。その蓋――道路部分が吹き飛べば、通りの大半が使い物にならなくなる。

 村や街を作った経験から、それを知っていたレンは、それでは生活に大きな支障が出るだろうと考えた。


「よく、住み続けるという判断をしましたね」

「当時はまだ、今のように各地に廃村があるという状況ではありませんので、村を放棄した場合、まとまった移住など出来ません。離散か、頑張るか、という判断をする際に、当時近くに住んでいたドワーフたちが、残るなら協力すると言ってくれたのです」

「へぇ」

「当時の村人達は、道路がなくても、小舟での移動なら可能だと判断したそうで、ドワーフに協力を求めたそうです」

「それで、今の形に?」

「最初の頃は、残った土地を石で覆う程度でしたが、獣が流れ着いたりしたため、柵などを工夫して貰ったそうです。当時の記録では、今の形に落ち着くまで10年ほどでしょうか」


 僅か10年でここまで完成したのか、とレンは驚いた。


「随分と大がかりな工事ですよね。残った土地の補強に……上流も手を入れてますか?」

「森から、流れ出る辺りを拡張して、護岸工事も少々。それと、村の上流は川底に大きな石を沈めて、流れを変えた上で緩やかにしたとか」

「水深が浅くなれば流れは速くなりますけど……ああ、流れの向きを変えた直後を深くしたとかかな?」

「概ね、このような歴史ですが、いかがでしょうか?」

「ええと、昔、この辺りには黒金二枚貝ってのがいたんだけど、ご存知ですか? 黒い、アサリっぽいので、毒があるヤツですが」


 レンの質問に、ジェネジオは、ああ、あれですか、と笑う。


「子供がたまに間違って採ってきて食べる、厄介な貝ですね」


 ジェネジオの返事を聞き、レンは、おや、と首を傾げた。

 その返事は、500年前の話をしているようには聞こえなかったからである。


「ええと、もしかして今もまだ採れるんですか?」

「はい。たぶん、昔とは場所が違うのでしょうけれど、海に流れ込む辺りにいますよ? それにしてもよくあんな貝をご存知ですね」

「まだいたんだ……ええと……あれは、錬金術で使うことがあるので、600年前にちょっと触ったことがあるんです」

「ほう。採れば売れますかな?」

「いやぁ、俺以外で使う錬金術師を見た事がありませんので、どうでしょうか」


 とレンは嘘を付かない程度に誤魔化しておく。


(それにしても、これだけ環境が激変したのに生き残っているとは……ってそうか、生息域は汽水だから、海の方にもいたのが増えたのかもしれないな)


「お話ありがとうございました。後、これから、この家、あちこち直しますが、見ていきますか?」

「お邪魔にならないのなら、木材はどのくらい必要でしょうか?」

「いえ、土魔法で。石で補強します」

「木の建物を石で、ですか?」

「あー、見て貰った方が早いですね。まずければ戻しますので」


 ポーチから大量の砂利を取り出して、レンは空き家の周りにそれを撒いてまわる。

 一通り巻き終わったら、砂利から石の柱を生み出し、その間に石の壁を作る。

 木の壁に接するように、しかし、ギリギリ触れない程度に。

 壁は、一枚板として生成されるが、後々の保守を考えて大きめのブロックに切り分け、ブロック同士の間は敢えて砂岩状にしておく。

 壁が出来たら、天井は石の梁を作り、その上に石の板を渡していく。


 シンプルな構造なので、外側は小一時間と掛からずに完成する。


「トイレと竈までの渡り廊下も作っちゃいます」


 渡り廊下は、石板を並べただけの代物に、柱と屋根を付けて完成である。

 竈には排気用の煙突を付け、煙突との間に壁を作って屋根も付ける。

 ただし、完全に周囲を覆う事は控えておく。

 ついでとばかりに、竈のそばに石造りの作業台を作ってしまう。


「屋外はこんな感じですね。屋内は、あまり手を入れずに置きます」

「いやはや、土魔法はこんな事ができるのですか……」

「それでもう2つお願いがあるのですが」

「なんでしょう?」

「まず、この辺に、これくらいの物置みたいなのを作ってもよいでしょうか? ああ、邪魔ならあとで消しておきますが」


 レンは地面に、奥行2m、幅3m程の四角を書いた。


「物置ですか?」

「まあ、それにも使える構造ですが、目的は錬金術の作業場所です。黒金二枚貝を使うのって、途中、結構匂いが出るので、屋内ではやりたくないんです。かと言って、露天でやると、埃とか入っちゃいますし」

「ええと……行商人が来た時に馬車を停めるのはこっちだから……問題ないです」

「ありがとうございます。あと、もうひとつのお願いは、黒金二枚貝の調達です。最低で10。お願いできますか?」

「ええ、それじゃ、早速採ってきましょう」


 ジェネジオはそう言って、自ら海の方に向っていくのだった。

 それを見送ったレンは、


「それじゃ……」


 と再度土魔法で砂利から柱と壁を生み出して行く。

 天井の高さは2m。床の高さは地面から5cmといった所で、3mの辺の隅に入り口らしき開口部があるが、それ以外はまったき直方体にしか見えない。


 中はと言えば、奥側には腰の高さの作業台。

 入り口から遠い、奥の部分には排水用のシンクがあり、排水管が地下の下水管に繋げられる。

 水が流れることと、排水管に付けたS字の封水がしっかり機能していることを確認していると、そこにクロエがやってきた。


「家の中は落ち着いたけどレンは何をしてるの?」

「あー、作成途中でちょっと匂いのきついポーションを作るからさ、作業小屋をね」

「……このままじゃダメだと思う」


 小屋を検分したクロエは問題点を指摘した。


「屋根が石だから、暑くなる。それに、窓がないから匂いが籠もる」

「ああ、忘れてた……折角だし、暑さ対策は案を出して貰おうかな」

「学園の教科書にあった。そういう問いは前提条件が大事」

「うん。なら俺たちがいなくなった後でも使えるように。その際、可能な限りこの村で調達できないものは使わないこと」

「分かった」


 考え込むクロエを尻目に、レンは床の高さに1cmほどの穴を並べ、天井の高さにも同じように穴を開ける。

 いずれも、雨が入らないような傾斜が付けられているが、万が一中に水が入ってもそれが中に溜まらないように傾斜を付けて下水に流れるようにする。

 その間、レンの出した課題について考えていたクロエは自分なりの答えを見つけ出した。


「屋根の上を凹ませて水を溜められるようにするのは?」

「問題が2つ。蒸発を考えて十分な水を入れようとすると結構な重さになる。あと、日光で水が温まったら、効果は薄れる」

「……ヒントを」

「んー……オラクルの村の神殿かな」

「分かった。屋根の上に葦簀を。ウェブシルクを簀の子の下、天井に張り付け、天井の上に雨樋のようなものを作って、そこに水を入れ、ウェブシルクに水を吸わせる?」


 ウェブシルクは、とても丈夫な布なので、十年単位で交換は不要である。

 万が一交換が必要になったら、麻でも綿でも好きに使えば良い。

 葦簀などは、川に生える葦を使えばこの村でも作れる。


 レンは頷いた。


「大体、俺が考えてたのと同じだね。やってみる?」

「いい。布の固定と葦簀の配置は、レンがやった方が確実」

読んで頂きありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。

感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


あと、間が開いてしまって申し訳ありません。

実は3日前に更新したつもりで、更新失敗しておりました。

加えて、前回書いたファイルを次話で上書きしてしまって(いつもなら、別のファイルにコピーするのですが、それも忘れてました)書き直しました。暑さでぼけていたようです。。。


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