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189.海への道のり――ライフジャケットと川の村

 その日。

 海砂、貝殻を集め、各種海産物を、数人なら向こう10年程度は食いつなげる程度に買い集めたレンは、近隣の村に足を伸ばしてくると告げた。


「みんなは留守番をよろしく。えっと、ライカは二つ隣の村まで俺を連れて飛んで貰えるか?」

「かしこまりました」

「ついてったら駄目?」


 とクロエが残念そうに言うと、エミリア、フランチェスカの無言の圧が高まる。


「行っても面白くないぞ? 素材集めと、砂の買い付けだから」


 漁村の特産品は干物だが、大抵の干物ならターラントで揃う。

 珍しい物はあまりないだろうとレンが言うと、クロエは、


「レンの観察も面白いから」


 と答える。

 思わず納得してしまったレンは、


「海岸沿いは村ばかりだから、宿屋とかないし、色々大変だと思うけど?」


 と、旅の大変さを前面に押し出してみる。


「レンがいれば大丈夫」


 クロエがそう答えれば、フランチェスカが


「まあ確かにレン殿がいれば、宿がなくとも、自分で風呂付きのを作ってしまいますから、大変さとは対極の旅になりますね」


 と続ける。


「それに、レンが気にするような素材があるなら見ておきたい」

「あー……まあ神殿関係者には見せておくべきか」

「……また何か新しいことをしようとしているのかね?」


 ラウロに問われ、レンは稀少なポーションの材料になるものがあるかも知れないのだ、と言葉を濁す。

 この旅の中でそれなりにレンを信用するようになっていたラウロは、ポーションの名や効能について触れない理由があるのだろうと、詳細は後で個別に確認すると判断する。


「それで? 馬車の移動となれば、馬達の用意もあるのだが、出発はいつにするのかね?」


 馬車で進むのであれば、護衛もそれなりに準備を調えねばならない。

 そう主張するラウロに、レンは、天候次第だが、出発予定日は3日後にすると告げる。


「俺も商業ギルドに頼んでるものとかあるから、受け取りに行かないとだし。クロエさんは何かやり残した事とかはない?」

「……また、海で魚を食べたいし、船に乗ってもみたい」

「船か……神殿の許可は大丈夫なの?」


 そう、レンがエミリアに尋ねると、エミリアは難しい表情をする。


「……他に手段がない場合はやむを得ませんが、通常はあまり良いこととはされません……特に、今回のような目的ですと中々難しいのです」

「神殿の人間が操作する船なら?」

「……中程の大きさの船を数隻で船団を組むなどすれば」

「ああ、何艘か沈んでも、予備がある状態にするってことか……クロエさんが沈まないようにするだけなら簡単なんだけど、船がってなると結構大変だよね」

「クロエ様を沈まなく出来るのですか?」


 問われてレンは水着の浮き腕輪の大きい物があれば沈みにくくなると答える。


「具体的には、粗い布で作ったベストだね。布は2枚重ねで、間にコルクを詰めておくんだ。英雄はこれをライフジャケットって呼ぶね」


 現代のそれと比べると劣化しやすい等の欠点は多いが、大昔のライフジャケットの浮体はコルクや木片、カボックの実の繊維(救命胴衣をカボックと呼ぶことがあるのは、その名残)などが使われていた。


 人間の比率は水よりやや大きいが、肺に空気が入ると水より少しだけ小さくなる。つまり人間は呼吸をする限りは水面ギリギリで浮いていられる。

 だが、人体には頭部を水面に出し続けることができるほどの浮力はないため、慌てて水を飲んだりすると浮力を失って沈んでしまう。

 そうならないために必要な浮力は、頭部を水面に出していられるほどの僅かな浮力である。大きな浮き輪は必要ない。


 その僅かな浮体を上半身に取り付けておけば、全身の浮力バランスから自然と頭部は水面に出る。

 もちろん、波を被ったりすれば水を飲む可能性はあるが、水没し続けなければ呼吸を取り戻せる可能性は高い。


 ライフジャケットを図示しながら説明するレンに、エミリアとラウロは色々な条件を提示して、どのようになるのかを質問した。


「頭から逆さに水面に落ちても、呼吸を止めていれば、頭部が水面に出るんですか?」

「頭部というより顔面かな。浮体は体の前側に付けるから、それに引っ張られる形で胸が上に、背中は下になるように浮かぶんだ」


 足が錘になるから、水中では自然とそういう姿勢になる。

 ベストが浮いて、水中で、そのベストに体がぶら下がるようなイメージだという説明に、なるほど、とエミリアは頷く。

 その説明を聞いたラウロは、別の疑問を口にする。


「ぶら下がる際に体が締め付けられたりはせんのかね?」

「着てるベストの中身が浮かぶというのは、水面に向って引っ張られるのと同じことですから、ある程度は締まります……ああ、でも首が絞まらないように、首回りには工夫が必要ですね」

「安全な方法があるのかね?」

「襟からうなじにかけて、襟のように連続した浮体を入れて、そこに頭が乗るように作るとかでしょうか」

「それだと体の後ろ部分に浮体が来ることにならないか?」

「前面の浮体の量とのバランス次第でしょうか……浮体全体をある程度一体化しておけば問題はないと思いますが」


 それだと、陸上で動きが阻害されないか、実験が必要でしょう。

 とレンが言うと、エミリアは幾らでも協力すると前向きの姿勢を示した。

 それを見て、神殿は船に乗せたくないのでは? とレンが尋ねると


「その……ライフジャケット? それは、安全確保に役立ちそうですので、今回の件がなくても、神殿は協力を惜しまないと思います」

「うむ。貴族の立場から見ても、船乗りの命を救う道具であれば興味はあるな」


 内陸部では、街道から離れた土地との交易の一部で川を使った運送などが行なわれている。

 そして、その際の『事故』の発生率はけして低くない。

 船乗りは専門職であり、普通の方法では熟練するのにかなりの時間を要するため、その命を救う方法があるのなら、それは是非とも広めて貰いたいとラウロが述べると、レンは、使えそうなら暁商会経由で流通させるようにとライカに命じた。


  ◆◇◆◇◆


 翌日にはライフジャケットの試作品は完成し、レベッカとジェラルディーナが試験を行ない、何カ所かの手直しを行なった上で取りあえずの完成とした。

 が、船に乗るのは、レンの目的地まで往復した後、またこの街に戻ってからとなった。


 一応、ひっくり返らない限りはそれなりに安定する船として、双胴船を借り受ける方向でエミリアは調整を行なっている。

 双胴船は、二艘のボートを甲板でつないだ形状で、ひっくり返りにくい形をしている。

 が、一度ひっくり変えればその安定性が禍し、ヨットのように復元するのは大変困難になるという弱点もある。

 それを理解した上で、万が一の場合はライフジャケットで水面に浮かんでおき、周囲のボートが救出をするということで神殿の許可が下りたのだ。


 漁船には仕事があり、ある程度の緩いノルマも課せられているため、そうした手配は、今日頼んで明日というわけにはいかず、旅から戻ってから、という話になったのだ。


「物好きな貴族のお嬢さんが、漁船体験をしたがっている。結界から出なくても構わない。港の中を少し回って貰いたい」


 という依頼は、商業ギルドから漁業部門に流れ、数隻の船のスケジュールがやや見直されることとなった。


  ◆◇◆◇◆


 領主から借りた使用人に後を任せ、レン達はターラントの街から見て北に向う。

 早朝に出て、昼にはひとつ目の漁村、セルジの村に休憩に立ち寄り、帰り道で砂と貝殻、その他を買い付けることを約束して前金として3割を支払う。


 馬を休ませ、食事をしたら出発である。


 神が整えた街道はターラントの街までであり、そこからは切り拓かれ、踏み固められた道が続く。

 少し前までは馬車や馬の速度が生存率に直結したのだから、街道以外でもそれなりに整備はされているが、比較すればどうしても街道よりも劣る。


 いつもより揺れる馬車にレンが閉口していると、馬車がゆっくりと停車する。


「到着?」


 とクロエが馭者台のフランチェスカに尋ねると、馭者台の小窓から、


「ええと、はい……ただ、前方の村がその……妙な造りなのでレベッカ殿が偵察に出ました」


 と返事がある。


 どういう事だろうか、と馬車を降りたレンは、馭者台につかまり立ちする姿勢で前方を確認する。


「……なんだあれ」


 その村の造りを見てレンは首を捻った。


 村の四囲に結界杭。これはこの世界で人間が生きる上での必須条件である。

 だから結界杭は普通に存在するし、結界も正常な状態で存在する。


 しかし、普通の村なら杭の間には柵などがある筈だがそれがなかった。

 代わりに、堀のようなものがあった。


 結界杭は、村の四囲の大岩に立てられており、その内側に建物がある。

 村を囲む柵や壁はなく、村の周囲には水が流れている。


「獣避けの堀か? いや、それにしちゃ村の中まで……」


 中州に村を作ったようにも見えるが、それにしては水路がたくさんあるように見える。

 目に入る範囲だけでも、そこそこ広い水路が5本見えている。細いものをあわせるともっと多い。

 太い水路の奥にも水路が見えていることから、水路は村全体にあることが分かる。

 水路の幅や向き、間隔に法則性を見付けられなかったレンは、なぜこのような形になったのだろうかと首を捻る。


「……あそこまで行くと、もう堀というより村中に張り巡らされた水路だよな。手前の堀も堀というより川だし……」


 中州に水路を作ったというよりも、広い川の中に石材で小島を造り、小島の上に数軒の家を建てている、というのが近いだろうか。

 なぜこのような不便な形にしたのかと、ラウロ達も不思議そうに村を観察している。

 そして、周囲を見回したレンは、周囲に川がないことに気付いた。


「……あ、川がなくなってる……いや、あの水路が川なのか?」


 レンがここまで来た目的は、この村のそばの川の河口付近にのみ棲息する黒金二枚貝の採取だった。

 その貝は他の川の汽水域に放流しても定着することはなかったため、未知の棲息条件があるのだろうとされていた。


 そのような繊細な貝が、ここまでの環境変化に耐えられるとはとても思えず、レンは肩を落した。


 偵察から戻ってきたレベッカによれば、「大昔、近くを流れる大河が氾濫した際に村が飲み込まれたが、奇跡的に居住部分が小島のように残り、以降、川を水路として使い、必要な部分には橋を架けて生活している。当初は色々大変だったが、地形変化の影響で魚も増え、大勢がこの村に残る選択をした」結果、村として存続しているらしい。


「このような村があるとは……ファビオも知らなかったのであろう?」

「はい。この村の税収の記録はあれど、このような奇異な形の村だとは……」

「レベッカよ。村の中は安全なのだな?」

「小島を橋で繋げてるっすから、橋が落されると孤立するのが危険と言えば危険っす」


 レベッカが外から見れば分かる程度の危険しか提示しない時点で、大した脅威はないのだろう、とラウロは判断する。


「獣は渡って来れなさそうかね?」


 ファビオが念のため、と追加で確認する。

 街や村の壁や柵は、魔物以外の獣の侵入を避けるために設置されている。

 柵の代わりに川があるわけだが、渡河可能な獣なら、障害物がないとも言える。

 その質問を予想して、調べてきたレベッカは、大丈夫だと答える。


「居住区は島になってるっすけど、船着き場以外は結構な高さになってるっす。それに登っても上には外向きに傾いた柵があるっす」

「傾いた柵?」

「ネズミ返しみたいなものっすね。小型の獣なら、柵の間から入れるっすけど、それは他の村でも同じっす。あ、あと、船着き場には柵があったから、そこから登ってくるってことも少ないかと」

「なるほど……」


 レベッカの報告から、村は変わった造りではあるが、大きな問題はないと判断したラウロはレンとフランチェスカに進んでも良いかと確認する。


「俺としては、まあ、問題ないかと。宿があるかどうかが気になるところですけど、ないなら適当に作りますよ」


 そうレンが答えると、フランチェスカも頷く。


「造りは変わっていますが、ヒトが生活する村ですので、神殿としても特に問題はないものと判断します」

「あたしから見ても問題はなさそうだけどさ」


 と馬車の屋根の上からリオが口を挟む。


「あーゆー変わった形の村、クロエにも見せてやった方がいーんじゃない?」

「……ああ、確かにそうですね」


 フランチェスカは馭者台から降り、クロエを馬車から連れ出す。

 高い位置から見た方が見えるだろうと、馭者台に登ったクロエを、横からレンが、後ろからリオが、下からフランチェスカが支えると、過剰な支えに嫌そうな顔をしながらもクロエは遠くに見える村を眺める。


「……川の中の村?」

「まあそんな感じだね。俺が覚えてるのは、大きな川の(ほとり)の村だったんだけど、川の流れが変わって、残った土地をうまく使って生活しているらしい」

「畑とかはないの?」


 クロエの疑問にはレベッカが答えた。


「漁村だったので元々耕作面積は少なかったそうっす。氾濫で村がこんなになった後、離散するか留まるかを考えて、漁村としてやっていくだけなら、このままでも大丈夫って判断したとか。一応、奥にそこそこ広い中州があって、家畜や畑はそっちにあるっすよ」

「……興味深い。早く行こう」


 そう言って、クロエは馭者台の狭い座席をよじ登り、更には屋根の上に上ろうとする。


「クロエ様、それは危険ですので、降りてください」

「でも、あの村を外からしっかり眺めたい」

「近付いたら馬車を停めますから」


 フランチェスカの抵抗により、クロエは渋々といった様子で車内に戻るのだった。

読んで頂きありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。

感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


大雨の被害を受けた方にはお見舞い申し上げますと共に、一刻も早い復旧をお祈りします。

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