安寧
グッとこぶしを握り目を瞑る。頭の中に思い浮かべる。ほえ?とするSashaにも気づかず俺は熱心に創り続ける。やがて、創り出されたことがわかると
「ふう…」
手に握られたものを持ちながら立ち上がりSashaに
「よし。ほら、お前にやるよ。」
俺はSashaの髪に一輪の花を差してやった。いきなり髪に手をかけたのでギュッと目を瞑るSashaに白くなびいた薄花びらが金色の髪を彩らせる。
Sashaが目を開く、
「…これは?お花さん?」
「そうだ。俺の好きな月見草の花だよ。Sashaに似合うんじゃないか、って思ってね。」
さらに俺は右手から小さな手鏡を“Dream”してSashaに見せてみる。
「どうでしょう?お気に召してくれましたら光栄ですが。」
「…やるじゃん。ちょっとかっこいいかも。」
Sashaは照れ臭そうにこっちのお腹をぽこぽこ殴ってくる。自分でもかなりキザだと思うが、俺はこのかわいい女の子を拝めることができるなら、いいんだ。
コホン、
「この能力がさっき話してた“Dream”って能力なの?」
「あぁ。頭の中で創造したものが形として具現化するんだ。できる範囲には限りがあるし、やりすぎると疲れるけどな。」
「でもでも、何もないところから作っちゃうんでしょ?すっごいね!こんな魔法私も初めて見たよ!」
Sashaはぴょんぴょん飛び跳ねて眼をキラキラさせている。そんな眼で見られると、少し調子に乗りたくなってしまう。
「Sashaも創ってほしいものがあったら言ってくれよ。まだ手に入れてから時間が経ってないからいろいろ試してみたいからな。」
「わかったー!」
ふふ。ちょっといい気になっちゃう。少々愉悦に浸ることになりそうだ。
グラッ、
……なんだ?めまいのようなものが感じられた。…まあ、気のせいか。
「それでそれで、今日はどこに行くの?」
そういやまだそのことを言ってなかったな。
「俺たちはこれから南東にある修道院に行く。そして、なにやら『Ataru』という人物に逢う必要があるらしい。そこで何を教えられるかは…わからない。」
一日の間に多くの出来事が起こった。何も整理がついてない状態ですぐ向かっていいものか、不安が気持ちの前進を妨げる。頭はまだぐちゃぐちゃだ。
「…ぐ~」
「あ。」腹の虫が泣いたのは、Sasha…ではなくその向かいにいた仏頂面からだった。
「え?お腹鳴るようになったの?」Sashaは困惑顔だ。
そう。ゲームなのだから普通腹は鳴らない。だが今の俺はゲームではなく俺が入ってるわけなのだから腹が減るのもトイレに行きたくなるのも風呂に入りたくなるのも普通なのだ。そのことに今まで気づかなかった。
「そういえば腹、減ったな。」
どうやら現実世界と身体が異なってるからか、食べたものは共有されることはないらしい。不便だ。
「そもそもここに食べ物って概念はあるのか?」
「あるにはあるよ。けど、私たちは食べても味なんてわからないし。moonが実際食べてみないと。」
俺はSashaについていき、NPCが売っている小さな商店に来た。
「いらっしゃい!何か買ってくか?」
売っている食べ物は…『薬草』『チーズパン』『チーズパイ』『チーズタルト』『ゴラム』『名状しがたい何か』か。
「ツッコみたいことはたくさんあるが…まずこの『ゴラム』ってなんだ?」
「う~ん…いや、私も初めて見たよ、これ。すっごい気になるね。」
正直かなり気になる。紺色がかった紫のおはぎのような見た目をしているが、問題なのはこの食べ物香りが一切しない。
今俺には嗅覚があるから味がしっかりわかる。それが余計恐怖を仰ぎたてる。昔から俺はにおいで安全を確認してきた節があるからな…
「と、とりあえずこの『チーズパン』を買ってみるか。この店が何でチーズを推しているのかわからんが。」
「私はこれー!」
と言ってチーズタルトとゴラムを取った。…一口もらおう。
「あいよ!持っていきな!」
セントラルの噴水の近くに二人で座った。
どれどれ。せっかく買った食べ物は食べてみなければ。
俺は綺麗な包み紙に包まれたチーズパンを口いっぱいに頬張った。同時にSashaもチーズタルトを頬張る。
もぐもぐ…
「うまっ!」「わっ!いきなり大声出さないでよ~」「おお、すまんすまん。」
なんだこれ。ふわふわの生地にチーズが少し練りこまれている。しっかりとチーズの風味が広がりそれでいてくどくない。何個でも食べれそうなほど口に合う。現実世界でもこれほどのものを食べたことがあっただろうか。
「すげえ!まじでうまいぞこれ!」
「そんなにテンション高いmoon久しぶりに見たよ…」
「現実世界に持って帰りたいくらいだ。スーパーにでも売ってたら毎日買うまであるぞ。」
「へぇ~、そこまで言うなんて私も食べてみたかったな…」
「まあまあ、現実世界で飯でもおごってやるから。」
「え!ほんとー!?やったやった!」
なぜか流れで俺のサイフから出費が出ることになってしまったが…今はとても満足なので気にも留めない。もぐもぐと口いっぱいにパンを頬張る。
(しっかし思いもよらないこともあるもんだな。この世界の食べ物なんて味ないと思っていた。試してみるもんだ。)
そんなことを考えながら、俺はふと思った。
(パンでこんなにうまいんだから、ゴラムって食べ物ももしかしておいしいんじゃないか?)
俺は残りのパンを口に詰め、隣のSashaにこちらを向くようにちょいちょいとジェスチャーした。Sashaは「ん?」と笑顔でこちらを向いてくれる。かわいくほっぺに少しチーズがついている。
「|ほはふひほうきはべはえてー《ゴラムひとくちたべさせてー》」
「もー!口に食べ物が入った状態で話さないでよー!どうせこれでしょ、はい!」と言って彼女はメニューから『ゴラム』と書かれたアイテムを選び、出てきたものを渡してくれた。
「元々moonにあげる用だったから。せっかくだから食べてみて。」
まじか。なんてええ子なんや。感動の舞が頭の上で行われる。
「ありがたくいただくよ。」俺はいただいた謎の食べ物をゆっくりと口の中に運ぶ。
「ゴクリ…」Sashaも気になるようだ。
「ん!」