呟き
シェザンヌは鏡に映る自分の姿を見て、大きくため息をついた。
少しばかり、ほんのわずかには痩せた。けれど、ハッキリ言ってぽっちゃっとしている自分から脱したかと言われればまったく脱していない。
その事にシェザンヌはがっくりと肩を落とした。
本当は、激やせして、テイラーの好きなボンキュッボンになって、美しく輝いて、テイラーに迫りまくろうと思っていたのである。
小さな頃からテイラーの事が好きだった。
初めて自分の恋を自覚したのは七歳の時。
年の近い自分の婚約者になるかもしれない令息らが集まったお茶会にて、シェザンヌは体が弱い事や太っている事で陰で馬鹿にされていた。
それをばれないところで聞いていたシェザンヌはショックを受けた。
自分はこんな見た目だから、誰からも愛されることもなく独りぼっちなのだと思うと目からぼたぼたと涙があふれて止まらなくなっていた。
そんな令息らに、テイラーは笑顔で言ったのだ。
「シェザンヌ様は子豚のようですよね。」
全身に衝撃が走った。
「あぁそうだな!お前よくわかっているじゃねぇか。」
「あれはデブだよ。デブ。」
「あれで公爵令嬢だぜ?」
「はぁ、しかも体調も良くないっていうじゃないか。」
「ははは!そうだな。大人の前じゃ言えないけど、絶対婚約者にはならない。」
「俺もー。」
「ふふふ。俺もそのほうがいいと思います。」
にっこりとテイラーはそう言って、シェザンヌは全身が冷えていくのを感じた。
この人も自分の事をこんな風に陰で馬鹿にするのだ。そう思った瞬間だったが、その絶望が一気に霧散する出来事が次の瞬間に起こる。
「お前らじゃ、シェザンヌはやれねーよ。子豚は可愛いんだぞ。ぷにぷにしてて、可愛いんだ!お前らなんてただの馬鹿なさるじゃねーか。シェザンヌに近づくなよ。馬鹿がうつる。」
「なっ!お前だって悪口言ってんじゃねーか!」
「俺はいいんだよ。悪意はない。客観的に見て思ったことが口に出ちまう性分なんだ。けどな、お前らのは悪意あるだろ?」
「一緒だろうが!」
「違うよ。シェザンヌは可愛いんだ。お前ら、ちゃんとシェザンヌ見たのか?真っ白ほっぺだぞ?ぷにぷにだぞ?何でそんなこと言えるのか意味が分からねーよ。子豚は可愛いんだぞ!」
それからテイラーは令息らになぐりかかられて、酷い目に合っていたけれど、自分からは手を出さなかった。
すぐにその場は大人におさめられて、令息らも問い詰められたけれどテイラーが不敬な事を言ったからだと言い放った。
私は怖くて何も言えなかった。
テイラーはその後お父様にかなり怒られ罰も受けたたようだったけれど、平気そうな顔をして次の日には私の所に庭で摘んだ花を持ってきてくれた。
「ねぇテイラー。何で、、、私の事かばったの?痛かったでしょ?」
殴られた傷跡を見てそう言うと、テイラーは肩をすくめて言った。
「お前の可愛さが分からない奴は、ほっとけばいい。シェザンヌは可愛いんだから胸を張っておけ。」
あ、この人の傍にずっといたいと思った。
熱を出せば、ベッドの傍で眠るまで傍にいてくれたり、少しでも気分がよくなるようにとシェザンヌの好きな花を摘んできてくれたりした。
だから、ハンスお兄様に何度も何度もテイラーと結婚したいとお願いしたけれど、年を重ねていけばそれが難しい事だと言うのが分かり、言えなくなった。
それに、テイラーが誰に恋をしているのかなんて、一目見れば分かった。
アメリア様。
美しくて、気高くて、皆に優しい。しかもボンキュッボン。
テイラーが恋人にするのはどこかがアメリア様に似ている人ばかり。
でも、テイラーはアメリア様の気持ちもハンスお兄様の気持ちも分かっているから自分の気持ちを押し付けようなんてことはしなかった。
それが見ていて辛かった。
私ならそんな顔させないのに。
私なら貴方を一番に思うのに。
何で私は太っているんだろう。体がこんなに弱いんだろう。
何で、アメリア様に似ている所が一つもないんだろう。
そんな事を考えて、言い訳ばかりする自分が本当に嫌いだった。
けれどそんな落ち込んでいる私をすぐに貴方は見つけてしまうのだ。
「なぁ、シェザンヌ。無理はするなよ?」
そう言ってすぐに私を甘やかそうとする。
妹としか見ていない。
私が太っているから?私が弱いから?
いつまで私は貴方の妹でいなければいけないの?
太っている私には、貴方に思いを告げる権利は、ないのかな。
太っていたら、思っていちゃいけないのかな。
そんな時に思い出すのだ。
『お前の可愛さが分からない奴は、ほっとけばいい。シェザンヌは可愛いんだから胸を張っておけ。』
その言葉が、どれほど私に勇気を与えたか知っている?
貴方の一言に、悪夢がいつも晴らされるの。
人に馬鹿にされた時はいつも思い出す。
デブ。太っている。体が弱い。自分に甘い。他人に甘えている。デブだから健康管理がなっていない。恥知らず。あんなんじゃいつまでたっても婚約者なんて出来ない。
たくさん、たくさんの悪意ある言葉を聞いてきた。
けれど、貴方の言った悪意のない言葉『子豚』っていう言葉を聞いた時は、悪口なのに笑みがこぼれた。
口は悪いし、女の人にはだらしないし、何故かお兄様と恋仲なんじゃないかなんて噂もあるし、アメリア様の事を引きずっていた貴方だけれど。
それでもね。
好き。
貴方が、、、、、
「好き。」




