薬草の香り
その日の晩、シェザンヌの寝顔をヒルデレートは愛おしそうに見つめていた。
「可愛いお嬢様。私の、お嬢様。」
寝息を立てる姿すらも可愛らしく、ヒルデレートはそんなシェザンヌを心から愛おしく思っていた。
灯りを消し、部屋から出たヒルデレートは隣接された侍女の部屋へと下がる。
テイラーはその様子を、少し怪訝な様子で護衛がてら見つめていた。
昔からヒルデレートはシェザンヌの事を第一に考えて行動している事は分かっているつもりではあったのだが、よくよく考えてみると、あまりにも過干渉なのではないかと思い始めていた。
そして、何故かそこに違和感を覚えるのである。
そして不意に何かの香りが鼻をかすめていく。
「何だ?俺は、何に違和感を持っている?」
だがその違和感の正体が分からず、廊下でため息をついていると足音が聞こえそちらに顔を向けた。
「あ、テイラー様。やっぱりまだここにいたのね。」
そこには笑みを浮かべるアマリーがおり、テイラーは首を傾げた。
「どうしたんです?」
その言葉にアマリーは頷くと、テイラーに言った。
「いえ、ハンス陛下からも手紙をいただいていてね、シェザンヌ様の体調に気を付けてくれと書いてあったのだけれど、シェザンヌ様についてはテイラーか、侍女のヒルデレートの方が詳しいとルルド様にも言われて、少し話を聞きたかったの。」
「明日でも良かったでしょうに。夜に俺を探すなんてやめてください。ルルド様に怒られてしまう。」
その言葉にアマリーは肩をすくめた。
「ねえ貴方、最近言葉使いとか名前の呼び方とか、使い方が紛らわしいことになっているわよ。」
「え?あ、、、元々使い分けるの苦手なんですよ。」
「ならもう話し方を砕いてしまってはどう?ルルド様もきっと許して下さるでしょう?」
「はぁ、そうしていただけるとありがたいんですけどね。分かった。じゃあアマリー嬢、ルルド様に怒られるのは嫌なので、ルルド様のいる部屋でなら質問に答えましょう。」
「ふふ。ルルド様はエリックと一緒に談話室にいるわ。そちらへ参りましょう。」
「はいはい。できる事なら次から俺に用があるときは、執事にでも伝言頼んで下さい。」
「分かったわ。テイラー様。」
クスクスと笑うアマリーと共にテイラーは談話室へと移動した。
談話室ではエリックとルルドが真剣な表情で話をしていたが、どうやらエリックが色々と相談している様子だったので、アマリーはそちらの話を邪魔しないように椅子に座るとテイラーに尋ねた。
「シェザンヌ様は幼少の頃から体調が悪いのでしょう?何かご病気なの?」
「いや、大きな病気ではないらしい。とにかく体が弱いのではと医者からは言われている。」
「そうなの?でも、今日はとても顔色が良かったですわね?」
「あぁ。だが、次の日には急に悪くなったりが、、、そう。昔からよく、、、、。」
そこでテイラーは自分の先ほどの違和感を感じた。
「そうなんだ。突然、体調が悪くなる。」
小さく呟き、試案を始めるテイラーをおかしく思ったのか、ルルドとエリックも会話を止めるとテイラーを見つめた。
アマリーは首を傾げた。
「テイラー様?」
「いや。」
首を振るテイラーにアマリーは良く考えがまとまるようにとハーブティーを差し出した。
「どうぞ?」
「あぁ、ありがとう。良い香りだな、、、。香り。」
先ほど違和感を感じた後にも、昔から何度か嗅いだことのある香りが感じられた。
あれは、なんの香りだ?
テイラーが考えているのを見つめながら、アマリーはふと思い出したことを口にした。
「そう言えば、シェザンヌ様付のヒルデレートという侍女は、薬師か何かですの?」
「え?」
三人の視線がアマリーに集まる。
アマリーは小首を傾げて言った。
「だって、薬草の匂いがしますでしょう?」
その言葉に、エリックも納得がいったように頷いた。
「確かに。僕もさっき思ったんだ。」
テイラーは首を横に振った。
「いや、ヒルデレートはただの侍女だが、、、。」
「そうなのですか?でも、確かに薬草の香りだと思ったのですがね。」
テイラーはその言葉を聞き、ゆっくりと目を見開いた。
「テイラー様?」
口元を手で覆ったテイラーは小さな声でまさかと口にし、そして首を横に振った。
「明日、ヒルデレートに聞いてみよう。」
テイラーはそう言い、立ち上がるとルルドを呼び、そして小さな声で何かを話し始めた。
それを横目で見つめながら、エリックはアマリーに呟いた。
「姉さん。あの侍女からした香り、確かに薬草でもあるけどさ。」
アマリーはエリックの口元に指を当てて首を横に振った。
「確証がない事は口にしない方がいいわ。」
エリックは静かに頷いた。




