会場の片隅
アマリーは化粧直しに行くという理由でやっとのことで男性陣から脱出すると、あたりを見回し誰もいないことを確認すると窓から軽やかに飛び降り、中庭へと移動した。
あんなにも男性から囲まれたことは初めてで動揺と共に、外見でこんなにも扱いが変わるのかとため息が漏れた。
中庭から会場の灯りが見え、音楽と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
それに比べ中庭はしんとしており、少し冷たい風が火照った頬にはとても心地良く感じた。
人が外見を見ることは必要なことだし、努力をしているからこそ令嬢方は華やかで美しい。それはアマリーだって良く分かっている。
だが、以前の自分だって外見には気を付けていた。
太っているからせめて野暮ったく見えないように、自分に一番似合う色を一生懸命に選び、化粧だって派手すぎないようにメイドらと話をしながら決めた。
髪型は顔の丸いラインがせめて隠せるようにとうまく編みこんでもらったりと、努力はした。
けれど、今の自分は、自分ではそんなに変わっていないと思うのに、皆が褒め称える。
それが何故か気持ち悪く感じた。
まるで今までの自分が否定されているようで、アマリーは少し悲しくなった。
その時であった。
がさりと葉の揺らぐ音が聞こえ、振り返るとそこには元婚約者のダンが立っていた。
その眼は熱を持っており、アマリーは一歩後ずさった。
「アマリー嬢。」
「ダン様。一体、どうなさったのです?」
ダンは一気にアマリーと距離を詰めると、アマリーの手を取った。
気持ちが悪いと思いながらも、それをむげに振り払ったりはせずにアマリーが耐えていると、ダンはそれをアマリーが了承したかのように思ったのか、手を撫でてきた。
「アマリー嬢。本当に美しくなったね。僕のために、美しくなってくれたのだろう?」
「は?」
「ふふ。恥ずかしがらないで。僕との婚約破棄がそんなに嫌だったのかい。可愛い人だ。」
「え?」
ダンはアマリーの腰に手を回し引き寄せた。
「でも、酷いじゃないか。僕を妬かせる為にあんなにも男達に囲まれて。嫉妬の炎に狂ってしまいそうだったよ。」
「は?」
アマリーはダンが何を言っているのかが分からなかった。
なので、冷静にダンに言った。
「あの、ダン様?」
「何だい?愛しのアマリー。」
「ダン様の為に痩せたわけじゃありません。」
「え?」
「何と言いますか。痩せたのは身長が伸びたのと、マダムや姉さん方のおかげでして。それに、私、婚約破棄すら会場の片隅で行うような度胸のない方と婚約破棄して良かったと思っていますの。」
「は?」
「ほら、またこうやって私に愛をささやくのも会場の片隅ですらないじゃないですか。」
その言葉に見る見るうちにダンの顔は真っ赤に染まっていく。
それでもアマリーはこの際だからと言いたい事を全部言ってしまおうと言葉を連ねていった。
「そもそもダン様は外見でしか私を判断しないですわね。ですが、言わせてくださいませ。ずっと思っていましたの。ダン様、貴方様も、決して外見が優れているわけではありませんわ!私と同じように、中の中です!」
「美しくなったからと言って調子に乗るな!」
ダンは手を振り上げるとアマリーの頬を打とうとした。
アマリーはそんなダンの様子に、やはりこの人はこういう人なのだと思った。
自分の思い描いた理想と違えばすぐにそれを放り出そうとする。
皆、そうだ。
私の内面など見ずに外面だけ。
なら、太っていても努力をずっと続けていた自分はどうやったら報われるのだろう。
美しくなってちやほやされたら報われる?
違う。
私はそんな事の為に努力を続けてきたのではない。
確かに、痩せたかった。美しくなりたかった。
でも、その根底にあるのは、自分自身の努力を認めて欲しいという思い。
太っていても私。痩せていても私。
心は、私のまま。
「ダン殿。女性に手を上げるのは感心しない。」
ルルドはそう言うと、ダンの腕を掴み、払いのけた。
ダンはそれによろめき、悔しそうにルルドを見た。
ルルドは、アマリーとダンの間に壁になるようにして立つとダンにはっきりと言った。
「ダン殿。婚約者でもない者と、二人きりになるものではない。キミは新しい婚約者を探している身だろう。ここで引いた方がキミの為だ。」
その言葉にダンは悔しげに表情を歪ませた。
「それに、アマリーの言った事は的を射ていると思おうが?今更アマリーが惜しくなったとしたら遅すぎる。」
「な!前はデブだった!あんな女こっちから願い下げだったんだ!」
ダンの発言に、やっぱりなと小さくため息が漏れた。
やはりこの人は外面しか見ていない。
ルルドは首を傾げると、言った。
「いや、確かに以前は今よりはふくよかだったが何故それで願い下げになる?」
「はぁ?そりゃあ、あんなデブは嫌だろうが!」
アマリーはルルドも同じように思うのではないかと怖くなり、自分の体が震えるのを必死で堪えた。
「それは、外見の問題ということか?」
「そうだ!」
「ほう。ならば、キミは一度鍛えなおした方がいい。私が師匠を紹介してやろう。」
「は?」
「ロッテンマイン先生とエルドラド先生に鍛えなおしてもらえばいい。あの二人は素晴らしい先生だぞ。」
「一体何の話をしているんだ!」
ダンがそう言うと、ルルドはアマリーに優しげに笑みを浮かべると自身の方へと引き寄せて言った。
「アマリーは賢者と名高い二人を唸らせるほどの逸材だ。それに、剣帝であるセバス・チャンの弟子でもある。そんな女性がどこにいる?努力を続け、常に勤勉に励むアマリーほどの素晴らしい女性を私は見たことがない。」
アマリーは目を丸くしてルルドを見つめた。
ルルドは優しく微笑み返すとダンに言った。
「そんな彼女の素晴らしさが分からない男に、やすやすとアマリーを渡すわけにはいかない。お引き取りを。」
「ななな。」
「ここで引いた方がキミの為だ。それとも決闘をするか?」
その言葉にダンは青ざめ、悔しげにアマリーを睨みつけるとその場を逃げるようにして去って行った。
アマリーは、そんなダンの事など頭から抜け、ルルドを見つめていた。




