チャンス・・・なのか。
舞踏会はお開きとなり、ダンは恥ずかしそうに従者に連れられてそそくさと帰っていった。
アマリーも帰ろうとしたのだが、不意にそのムチっとした腕を掴まれた。
「キミは残って?」
「え?、、、ハンス殿下。」
「うん。キミはレイスタン家のアマリー嬢だよね?さっきの動き、凄いね。とりあえず、こちらへ。スタンリー。ここの事は任せたよ。」
「はい。かしこまりました。」
アマリーは、ハンスに連れられて控室へと移動すると、そこには、次期宰相とも呼び声高いルルド公爵が待ち構えていた。
ハンスはアマリーをソファに座らせるとその向かい側にルルドと共に腰掛けた。
「アマリー嬢、先程は助けてくれてありがとう。けれどね、実は、余計なお世話だったんだ。」
「え?」
アマリーがきょとんとしていると、部屋にもう一人男性が入ってきた。
穏やかな顔つきの青年は、一礼するとこちらへと歩いてくる。
アマリーはその姿を見て、思わず立ち上がると身構えた。
それを見たハンスは目を丸くする。
「驚いたな!キミは、分かるのかい?」
アマリーはハンスを不敬とは思いつつも睨みつけた。
「殿下、失礼ですがご説明していただけるでしょうか?何故、彼がここにいるのです?」
「ははっ!凄いなキミは。」
男性も驚いたようで肩をすくめるとアマリーに一礼をした。
「先程は失礼な言動申し訳ありませんでした。私はテイラー・ハンクスと申します。」
その名を聞いたアマリーは目を丸くする。
テイラー・ハンクスと言えば、ハンス付きの騎士であり、最近の令嬢らのもっぱらの噂の的である。なんでも、ハンスを見つめるテイラーの瞳が美しいと話題だ。
「騎士様が何故、あのような事を。」
「実はね、最近私は命を狙われていてね。なので、テイラーに襲ってもらい猿芝居で危篤と言う事にして、敵の炙り出しを図ろうとしていたんだよ。それがなんと!令嬢に防がれるとは思わなかった!」
テイラーも同様だったようで、困ったような表情を浮かべている。
だが、アマリーはその言葉にむっとした。
「恐れながら殿下。」
「なんだい?」
「それならば舞踏会の最中ではなく、武術の練習中に行うべきでした。私のいない場所で。」
それを聞いたハンスは驚いた顔を浮かべると、大きな声で今度は笑い始めた。
「はははっ!確かにそうだね!キミのような方がいない場所でするべきだったよ。」
「ええ。そうでございます。」
「つまり、キミがいれば僕は敵から身を守れるという事だね?」
「ええ。もちろんです。私がいれば殿下を護るなど容易ですわ。」
「言うねぇ!ならよし、じゃあ側に居てくれ。」
「は?」
アマリーはその時になって自分が失言をした事に気が付いた。
「い、、いいえ。差し出がましい事を申しました。私にその様な力はございません。申し訳ありませんでした。私はただの令嬢にすぎませんわ。」
すると、テイラーが口を開いた。
「いいえ。私の後を後ろから追って追いついた俊敏性や、的確な剣の使い方。あれは私の目から見ても、ただの令嬢とは思えません。失礼ですが、アマリー様はどこで剣を?」
アマリーはテイラーの言葉に、どう返せばいいのだろうかと悩んだ。
実の所、アマリーが剣を嗜んだのは、ダイエットの一環である。
食べてもいないのに太るのならば、動けば痩せるのではと考えたアマリーは6歳の頃から毎日運動をしていた。
庭師のセバスがそれに付き合っくれて、剣も運動になると聞いたので嗜んでいたのだ。
そこで、それまで口を閉ざしていたルルド公爵が口を開いた。
「アマリー嬢は、なんでもあの剣帝であるセバス・チャンに指南を仰いでいるとか。」
「え?」
アマリーは目を丸くした。
え?
剣帝??
セバスは庭師である。
どこをどう間違えてそんな事になったのだとアマリーが口を開こうとすると、ルルドが言葉を続けた。
「なんでもあの気難しい剣帝は今まで弟子を取るつもりはなかったらしく、庭師になり余生を楽しんでいたようです。ですがアマリー嬢の天性の才能に惚れ込んで、指南していたそうです。」
アマリーは絶句した。
それは絶対に嘘だ。
セバスはいつも運動するアマリーを応援していた。気難しい?いやいや、気の優しいおじいちゃんである。アマリーを見かけるといつも内緒であめちゃんをくれた。
セバス違いである。
そうアマリーは言い返したが、ルルドに鼻で笑われた。
「とにかく、僕はキミが気に入ったし、キミがいれば安全なら、ぜひ一緒に居てくれ。」
「え?そ、、そんな。私には荷が重すぎます。」
「それにね、丁度いいんだ。」
「え?」
「キミが側にいればきっと敵はキミを僕の婚約者候補として狙うだろ?でもキミなら狙われても自衛できる!お得じゃないか!」
「そ、そんな!」
「キミが協力してくれるなら、キミにピッタリの結婚相手を紹介しよう。」
その言葉にアマリーはゴクリと喉を鳴らした。
何故なら、ダンに婚約破棄をされたアマリーにはきっとマシな婚約者など現れないだろう。
これは、チャンスなのではないかとアマリーは思った。
これを逃せば自分はどこかの年寄りの後妻になるか修道院にはいるかである。
ならば、このチャンスを手に入れるべきではないだろうか。
「本当にでございますか?」
「もちろんだ。」
アマリーは、ハンスの差し出す手を、震える手でゆっくりと取ってしまった。