女神の涙
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広い大地に大いなる自然。人と自然は均衡を保ち、美しい緑が生かされていた。
ここは地球とは違う、どこか遠い場所の星。文明は未熟なまま発展を止め、人々がただ同じことをし続けている緑の星だ。
「女神様に祈れば、汝らは救われる」
「司祭様、司祭様。私のこの目も治るのでしょうか」
「ああ、治るとも。ただしそれには、女神様に捧げる大量の金銭が必要だ。生まれつきのものを治すには、女神様も多量の力を使われる」
「そんなっ! 私にはもうお金なんて……」
その星のとある国のとある街にある、随分と大きな真っ白い建物。この星の人々が崇める女神様を祀るための教会に女性は足を運んでいた。
いくらお金をかけても、生まれついた盲目の目が治ることはなかった。ようやく大きな教会にたどり着いて、望みをかけたというのに。
司祭は贅肉の多い、丸い男性だった。ニコリと笑われて普通は気味が悪いと感じるが、この星では違った。
この星で女神様は絶対。そして、女神様に使える教会の者たちも絶対的な存在なのである。
「司祭様。私は、私はどうすれば良いのですかっ!」
「金銭を持っていないのなら、全てを捨て、神に祈り、捧げしものなくとも慈悲を受けられるよう神に使えなさい」
「教会に所属せよ、と」
「ああ。過去、5年も教会で神に使え、必死に祈り続けていた者がいた。その者も、そなたと同じく生まれつき枷を持っておった。足が動かなかったのだ。しかし、ある日女神様の光が足に差し込み、歩けるようになった」
「そう、なんですね。分かりました。司祭様、お願いします。私をどうか、教会においてください!」
「神は使えるものを拒まない。わたし達はそなたを歓迎しよう」
女性は、やっと救われた、という安堵の表情を浮かべていた。だが、頭を下げて見えない司祭の顔は、先ほどまでのせめてもの慈愛の笑顔と打って変わっていた。
酷く醜く、残忍な精神が垣間見える。ただニタリと口角を上げ、女性をドロリとした目で見下ろしていた。
女神様と人に言われ、崇められるようになったのはいつ頃だったか。
天界におわす女神はふとそう思った。
先の女性と司祭のやり取りを、女神はしっかりとみていた。だがそこに喜びは感じられない。
「ああ、また犠牲者が増えるのね……」
女神は嘆き悲しんだ。
教会の者達は、使える証として癒しの術を使うことができる。その術を渡したのは過去の女神、女神自身である。
しかし今やそれは権力の証明。その力をだしにして、お金を貪り取り、哀れな子を引き込み手にかける。
教会へと引き込まれた盲目の女性も、時経たずしてあの司祭に適当な理由をでっち上げられ食われるだろう。
大昔は、堅実な人が集まる場所だった教会。けれど今や上層部は腐りきり、被害者は後を絶たない。
世界は教会の手の中にあり、発展させようとした女神の努力もむなしく、世界の文明は時を止めている。
なぜこうなってしまったの。女神はただ嘆き悲しんだ。
「女神。1人で泣くな」
「あっ……男神」
ポロポロと涙を流していた女神に、1人の男神が声をかけた。女神の治める星から、少しばかり離れた場所にある星の神だ。
女神は男神を見ると、バッと抱きついた。男神もそれを優しく抱きとめる。
「もうやることは全てやったわ。わたし、頑張ったもの。頑張ったのよ!」
「ああ、知っている。女神はよく頑張っていた」
「けれど、けれどね。結局ダメだったの。もうどうしようもないの」
「ああ、ああ」
「……ねぇ。消すしか、ないのかしら」
そう、女神はボソリと呟いた。男神は言葉では答えず、ただ抱きしめる腕に力を込めた。
女神とて星を腐らせていく教会をただで見ていたわけではない。どうにかすべく努力してきた。けれども努力は実らなかった。
「男神。私の星を殺したくないの。でも、それが一番、この子のためになる。けれど、そうしたら、そうしたらっ!」
「そう、だ」
「嫌よ! 私、もっとあなたといたかった」
「ああ、俺もだ」
「消えたく、ない。でも、そんなわがまま、ダメよね……」
2人は静かに涙を流しながら、長い間抱き合った。
覚悟を決めたように、女神は立ち上がった。涙をぬぐい、男神に無理矢理笑って見せた。男神も立ち上がり、無理にでも笑った。
こうなってしまったら、星にいる『人』を消すしかない。けれど女神は、人の作った神話が具現化した存在。神話を忘れ去られれば消えるだけ。
星のため、女神は自らを犠牲にするしかなかった。男神もそれを見ることしかできなかった。
「さようなら、優しき男神」
「……さようなら、勇敢なる女神よ」
女神は男神に背を向けた。自らの星を見下ろした。
最後は笑顔でいようと思っていたのに。たった一筋だけ、目尻から涙が溢れ出た。拭うことはしなかった。
男神は最後まで笑顔で見送るつもりだった。けれど手には自然と力がこもり、拳をつくり、爪が肌をえぐって血を流していた。
「『人類消去』」
女神は短く呟いた。瞬く間に人が消え失せ、人の産物が消え失せ、星は人の生まれる前へと戻った。
女神の体は透け始め、最後に男神をみた。
「また、ね……」
「っ、ああ。また」
女神も人も消え失せた星の天界で、男神は1人涙した。
星の時はまたも流れた。当然人はまた生まれ、神話という産物もまた生まれた。
「久しぶりだな、女神」
「……あなたはどこの神? 会ったこと、あったかしら?」
「いいや。ひとつ前のあなたと、会ったことがあるのだ」
かつての女神とよく似た女神が、またも星で生まれていた。