運命的な出会い
「・・・・・・っ、此処は」
気付けば、其処は見知らぬ雑木林の中だった。地球上の何処にも見た事の無い巨木が生えている。
・・・遥か古代に生えていたという原生林によく似ているだろうか?
リンネは一瞬で察した。此処は先程まで居た日本の山奥では無い。どころか、地球ですら無いと。
此処は、全くの異世界だ。
「・・・・・・・・・・・・何者だよ、母さん・・・」
呟いた言葉が虚空に虚しく消えてゆく。
・・・とりあえず、まずはどうしようか?
気を取り直して、リンネはじっと考える。此処は全くの見知らぬ土地。見知らぬ世界だ。
下手に動けば間違いなく道に迷うだろう。しかし、動かねば何処にも辿り着けない。
悩むリンネ。しかし、悩んでいる暇など無かった。
ガサッ!!
「んあっ?」
振り返るリンネ。・・・其処には、巨大な豚がいた。
「ブギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
違った。ロールプレイングゲームでお馴染みのオークが其処には居た。
身体にはボロボロの皮鎧、手には巨大な出刃包丁を持っている。
見詰め合うオークとリンネ。オークは鼻息荒く、よだれをぼたぼたと垂らしている。
どうやら、リンネを食う気らしい。
「うっわあ・・・・・・」
リンネはかなり引いている。しかし、オークはかなりやる気だ。
「グモオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
出刃包丁を振り上げ、襲い掛かるオーク。瞬間、リンネの翡翠色の瞳が鋭利に光った。
「首よ、断て!!!」
その言葉を放った刹那、オークの首が独りでに断ち切れた。首の切り口から血を噴き出して倒れる。
言霊。言葉や歌には古来より特殊な魔力が宿るとされる。今遣った言霊は断頭の言霊。
首を断つ処刑の刃を言霊に乗せて放つ業だ。単純故に、その威力は恐ろしい。
オークの死骸を見て、ほっと溜息を吐くリンネ。しかし・・・。
ガササッ!ガサッ!!
巨木の陰から、今度は二本の角を生やしたオーガが現れた。
しかも一体では無い。数体は居るだろう。何だ、このファンタジーな世界は。
「・・・・・・・・・・・・よし、逃げよう」
即座に判断し、リンネは逃走に入った。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
轟く咆哮。全力で逃げるリンネ。
そのまま、リンネは二時間半も全力で走り回る事となった。
・・・ようやくオーガの群れを振り切ったリンネ。既に、身体はボロボロになっていた。
オーガの持っていた錆だらけのボロボロの剣で切られ、身体中から血が流れている。
流れ出た血よりも、傷口から入った毒素の方がまずい。この程度で死にはしないがかなり消耗する。
もう、既に体力も限界だ。リンネはその場に倒れる。
(・・・・・・ああ、俺は此処で死ぬのだろうか?)
こんな所で、誰にも看取られないまま・・・。
———せめて、母さんともう一度会いたかったな。
そう思った、その瞬間。
ふわっと身体を優しく包み込む温もりを感じた。
(・・・・・・・・・・・・誰?)
ぼやける視界で、何とかその人の顔を見た。・・・其処には天女が居た。
・・・少なくとも、リンネはそう思った。
・・・・・・・・・
目を覚ましたのは、もう日が暮れる時間だった。空は既に朱に染まっている。
「・・・・・・此処は?」
どうやら、自分は寝ていたらしい。大きな窓からは夕暮れの日が差している。
身体を起そうと、僅かに身動ぎした。その瞬間。
「んっ、あっ・・・・・・」
むにゅっという柔らかい感触と共に、艶っぽい少女の声が耳元で聞こえた。
・・・・・・はい?
恐る恐る、リンネは振り返る。すると其処には・・・。
薄着を身に纏っただけの少女が、リンネに抱き付いてすやすやと寝ていた。
「ぅえっっ!!?」
思わずリンネは奇声を発した。
少女は今、薄着を着用しているのみだ。嫌でも身体のラインが理解出来る。
薄着を押し上げる豊満な胸。きゅっと引き締まった肢体。瑞々しい艶肌。
それ等が相まってリンネの情欲を掻き立てる。リンネは必死で欲望を抑え込む。
マズイ。この状況は非常にマズイ。リンネは冷や汗を流す。
すると、少女の目がすぅっと開いた。マリンブルーの、美しい瞳だ。少女とリンネの目が合う。
「・・・あっ、目が覚めたんだね。良かったぁ」
少女はふにゃっと笑った。その無防備な笑みが更にリンネの情欲を掻き立てるが、力ずくで抑える。
「あっ、ああ・・・。ところで、君は一体?」
「あれ?・・・私の事覚えてないの?」
少女はこてんっと首を傾げ、その後言った。
「私の名前はクオン。この星蛇神殿の巫女だよ」
その巫女の笑みに、リンネは思わずドキッとした。この少女はどうも、無防備すぎる。
リンネは自然と視線を逸らした。これ以上は目の毒だ。
「君の名前は?」
「あっ、ああ・・・俺の名はリンネ。神無月リンネだ」
クオンに名を聞かれ、リンネは視線を逸らしつつ答える。
クオンの顔が近い。先程から胸が当たっている。何だか、良い匂いがしてきた。
「もうっ!こっち向いて答えてよ!!」
「っ、ちょっ!!」
リンネは頭を両手で摑まれ、無理矢理クオンと向き合わせられる。自然、二人は見詰め合う。
リンネは顔が熱くなるのを感じた。
「・・・?顔が赤いよ?」
一方のクオンは全くリンネの心境を理解出来ていないらしく、小首を傾げている。
何処か、心の奥底がもやもやとする。
「・・・・・・いや、もう良いよ」
そう言って、リンネは起き上がろうとする。しかし、それをクオンが止めた。
「駄目だよ。あれだけ血塗れだったんだよ?もう少しゆっくり寝てなきゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
リンネの背中に抱き付いた拍子に、クオンの胸が押し付けられる。柔らかくて気持ちが良い。
・・・結局、しばらくの間リンネはクオンに抱き締められたまま寝る羽目になった。