鬼熊
現在、村の裏山にリンネとクオンは来ていた・・・時刻は既に昼頃に差し掛かっている。
ほぼ初めて山に登るクオンは少しばかり疲労が見える。しかし、それでもクオンは頑張る。それも全てはリンネの為である。彼が記憶を取り戻す為、クオンは必死に山に登る。
そんなクオンに、リンネは服の裾を摑みながら付いてゆく。疲労が少ないのは、やはり記憶を失う以前旅を続けていた事が原因だろう。心配そうにクオンを見詰めながら共に歩く。
「大丈夫?クオン?」
「・・・うん、大丈夫だよ。リンネも大丈夫?ついて来れる?」
「うんっ、僕は大丈夫だよ!」
そう言い、満面の笑みを浮かべるリンネ。その笑顔に、クオンは笑みを零す。
そろそろ山の中腹に差し掛かる頃か。そんなに高い山では無いが、かなり時間が掛かった。クオンは表情を引き締めてリンネの腕を引く。リンネは素直についてゆく。
しかし・・・
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
突然の咆哮。そして薙ぎ倒される大木。其処に居たのは、体調五メートルにも及ぶ熊だ。その額には一本の立派な角が生えている。オーガの系譜を持つ熊。鬼熊だ。
「ひっ⁉」
「っ、鬼熊‼」
その牙を剝いた獰猛な形相に、リンネは怯えた瞳で震える。ぎゅっとクオンの背後に隠れる。
おかしい。クオンはまずそう感じた。この山に鬼熊という種は生息していない筈だ。大陸の北部の山奥に生息している筈の種である。それなのに・・・
クオンはちらりとリンネを見る。リンネは怯える瞳を向けてくる。その瞳に、覚悟を決めた。
はっきり言うと、クオンも怖い。しかし、それでもクオンはリンネを守る為になけなしの勇気を振り絞り鬼熊を睨み付ける。獰猛な鬼熊の瞳に怯みかけるが、それでもクオンは屈しない。
そんなクオンの姿に、リンネは怯えた瞳で見上げる。そして、何を思ったかクオンの前に立つ。そして彼女を庇うように立った。その姿に、クオンは目を見開いた。
「っ、この熊!クオンを食べるなら僕の方を食えっ!」
「っ、駄目!リンネ‼」
響く咆哮。視界に広がる巨体。
鬼熊がリンネに襲い掛かろうとした。その瞬間———その首が何の脈絡もなく落ちた。
断末魔すら無い。首の切り口は余りにも綺麗だ。そして、鬼熊の居た背後にそいつは居た。
その女性、魔女は口元に笑みを浮かべていた。
「よく来たね。巫女殿に人造神殿」
「あ、貴女は・・・?」
「私の名はノーリッジ。魔女、メアリー=ノーリッジ」
そう魔女は名乗った。これが、魔女メアリー=ノーリッジとの出会いだった。




