別離、そして異世界へ
リンネとレイの旅は数年に渡り続いた。その間、世界各地を練り歩いた。
ローマのコロッセオを見たりもした。世界三大瀑布を眺めたりもした。中国の深山で山籠もりもした。
ギリシャのパルテノン神殿も見た。パキスタンのモヘンジョダロにも行った。
仙人を名乗る老人とも会った。違法組織を丸ごと壊滅させた事もあった。貧困にあえぐ村を救った事も決して少なくは無い。まあ、その際に救世主として崇められそうになったが・・・。
全て、良い思い出だ。とても楽しかった。そう、楽しかったのだ。
しかし、旅も何れは終わりが来る。どんなに楽しい事にも終わりはある。
日本のとある山奥。獣道をリンネはレイに手を引かれ走っていた。何処からか追手の怒号が聞こえる。
かつて、リンネを生み出した研究機関の残党が動き出したのだ。
「レイさん!!このままじゃ逃げ切れない!!俺が殲滅するよ!!!」
「駄目!!!貴方はこのまま逃げなさい。私が何とかするから」
「けどっ、レイさん!!!」
瞬間、リンネはレイに抱き締められた。その温もりはまぎれもなく、母親の物で・・・。
「お願い、リンネ・・・・・・。此処は私の言う事を聞いてちょうだい・・・」
「・・・っ、お・・・お母・・・さん」
「っ!!?」
レイは一瞬目を大きく見開いた後、悲痛な顔で何かを呟いた。瞬間、リンネを青白い光が包み込んだ。
「っ、母さん!!?お母さん!!!」
「ありがとう、リンネ。・・・私を母と呼んでくれて・・・」
最後に、リンネはその呟きを聞き、この世界から消え去った。
・・・数秒後、レイの周りを大勢の兵が囲む。この兵達も元を辿れば旧日本軍の残党、その子孫達で構成された者達だ。いわば、この兵達は旧日本の亡霊である。
兵達は一切の躊躇いも無く、レイに銃口を向ける。そして———
「撃てーーーーーーーーーっっ」
レイに向けて放たれる銃弾の嵐。並の人間なら、一秒とて生きてはいないだろう。
そう、並の人間ならば・・・。
「・・・・・・ば、馬鹿な!!」
兵の一人が思わず呟く。それもその筈。其処には、空中で停止した銃弾と無傷のレイが居たからだ。
ありえない。こんな現象、兵達は誰一人として知らない。こんな現象、絶対にありえないのだ。
しかし、レイは並では無い。何故なら、レイは山奥の研究施設からリンネを連れ出した者だから。
何故なら、レイは今までリンネと共に世界を旅した者だから・・・。
レイはふっと優しげな笑みを浮かべた。優しげな笑み、しかし、その笑みは何処か冷淡で———
「これで・・・ようやく私も戦える・・・・・・」
何処か無機質にも聞こえるその声に、兵達は皆ゾッとした。
そして、今更ながらに気付く。レイが居た事でリンネが満足に戦えなかったのでは無いと。
リンネが居たから、レイが満足に戦えなかったのだ。
「うっ、うわああああああああああああああああ!!!」
日本のとある山奥で、兵達の断末魔が響き渡った。
・・・・・・・・・
異世界、ユグドラシル大陸。北西の国、ミズガルズにあるとある神殿。名を星蛇神殿という。
遥かな昔、神代の頃———星を取り巻く蛇神を鎮め、祀ったのがこの神殿だ。
広大なユグドラシル大陸の中でも最重要な霊場であり聖地、それがこの神殿だ。
その神殿の境内に、一人の巫女が箒を片手に掃除をしていた。巫女の名はクオン。
長く美しい白髪に透ける様な白い肌、そしてマリンブルーの瞳をした見た目17歳程度の美少女だ。
純白と緋色に金をあしらった巫女装束を着用し、金色に輝く髪飾りを付けている。
この神殿に住む唯一の住人であり、蛇神を鎮める封印の要であり、蛇神に仕える巫女である。
故に、クオンは人々からは巫女様ととても慕われていた。
・・・掃除も一段落し、一息吐いたその瞬間———ガサッと神殿の横にある雑木林から物音が聞こえた。
「っ、誰!?」
一瞬で警戒に入ったクオン。しかし、その瞳に驚くべき光景が映った。
身体中傷だらけの、ボロボロの姿をした少年が巨木に寄り掛かっていた。息も絶え絶えで、恐らく目もあまり見えてはいないだろう。焦点が定まっていない。
その凄絶な姿に、クオンは思わず息を呑んだ。
「・・・・・・・・・・・・っ」
少年の身体がふらっと揺らぐと、そのまま境内に倒れ込んだ。境内に血の水たまりが出来る。
「ちょっ、君!!大丈夫!?」
クオンは慌てて少年に駆け寄る。少年は、焦点の定まらない瞳でクオンを見た。
自身が血で汚れる事も構わず、クオンは少年を抱き寄せた。少年の呼吸が荒い。身体中泥だらけだ。
恐らく、かなり疲弊しているのだろう。
少年がクオンに手を伸ばす。その手をクオンは握り締めた。
「・・・・・・君は、誰・・・だ・・・?」
「私の名前はクオン。大丈夫?待ってて、今医者を呼んで来るから・・・」
そう言って、離れようとするクオンの腕を少年は取った。
「・・・・・・っ、あ」
「どうしたの?何か言いたい事があるの?」
クオンは少年の口元に耳を近付けた。すると、掠れた声で少年は言った。
「大、丈夫・・・この程度の、傷・・・なら・・・すぐ治る、から・・・」
「・・・・・・え?」
驚いて少年の傷口を見る。すると、確かにほとんどの傷は既に塞がっていた。
ありえない。異常な回復速度だ。
クオンは愕然とした表情で少年を見る。
「・・・・・・・・・・・・君は、一体」
神殿の境内に、クオンの声だけがはっきりと聞こえた。