顔面神経麻痺で顔の右半分が動かなくなっている
9月最後の三連休のことだ。
思い返せばそれは金曜の夜だった。なんとなく喉が痛かった。激烈な夏の暑さが急速になりを潜め、朝晩に唐突な寒さが顔を出した頃であったから、呑気な私なんぞは、「ああ、風邪をひいたかな。」なんてちょっと思っただけだった。
土曜日の夜、喉の痛みに加えて耳の辺りが痛くなった。ちょうど数年前に扁桃腺炎になった時と同じだと思った。「まあ、熱が出ているわけでもないし、症状が続くようなら連休明けに耳鼻科にかかろう」そんなことを考えながら、私は日曜日の長女の運動会の弁当の仕込みに余念がなかった。
日曜日の早朝、運動会の朝、私は弁当作りに必死であった。もう本当に忙しいので、何が何だかわからないくらいだ。弁当を作るだけならまだしも、下の子どもの身支度もあるし、義母様もいらっしゃるから最低限の掃除もしなくちゃなんないし、自分だって多少余所行きの身支度を整えなくてはならない。
てんやわんやの中で、ハッキリと「おかしい」と気づいたのは、化粧をしようと鏡に向かったときだった。
アイラインがひけない。
片目が、つぶれないのだ。
そういえば、今朝からやたらと目が乾くと思った。
そして、ふと頭をかすめたのは「脳血管障害」。慌てて手足の動きを確認する。これは問題なさそうだ。唾を飲み込んで見る。嚥下も大丈夫。呂律もまわる。ああ、大丈夫だな。勝手に決めて勝手に安心した。
とにもかくにも今日は運動会なのだ。運動会に行くのだ。
歯磨きをすると口から水が垂れ流しに出てしまって全然うがいができていないが、そんな瑣末なことに構ってはいられない。
このとき私は、この不調の原因は、扁桃腺が腫れたせいで三叉神経が障害された所為だろうくらいに考えていた。なにしろ耳と喉は相変わらず痛かったから。
夫と義母様は驚き心配したが、当の私はもう長女の運動会で頭がいっぱいだったので、何事もなく小学校に出発することにした。自分で自分の顔を見る事ができないおかげで私自身は本当になんともなかったのだが、今思い返すと同行の家族は1日ひどい顔の私を見ていなくてはならなかったのだから、正直申し訳なかったと思う。
さて、顔の右半分が動かないと何が不便かと言ったら、なんと言っても食事である。
口が閉まらないから、ダダ漏れなのだ。きたない。
しかも閉まらないくせに、開かない。全開のつもりでも、いつもの半分も開かないものだから、食べ物が入らない。イライラする。
すすれない。麺が全然、口に入ってこなくて唖然とした。
ストローも全く使えない。人生で初めてストローの仕組みについて真剣に考えてしまった。
これまで気に掛けたこともなかったが、口の中の頬の筋肉というのも食事をする上で重要な役割を果たしていたことに気づいた。いま食べ物が口の右半分に行ってしまうと、そのまま右の頬の裏に貼り付いて取れないのだ。仕方ないので舌を必死で伸ばして剥がそうと頑張るのだが、口の中って存外広いのですね。本当に疲れてしまいます。
もう、とにもかくにも食事が不便!!!そういうことなのだ。
そして、先程も少し触れたが、目が乾く。
目が閉じないのだ。右目単独では完全に無理。両目いっぺんでは、自分では閉じているつもりなのだが、最大限に閉じても半目らしい。夫に写真を取ってもらったところ、白目を剥いた恐ろしい顔が写っていた。
ついでに言うと、鼻も息苦しい。鏡で自分の顔を見ると、左右で明らかに鼻の穴の大きさが違う。そして、右の鼻がやたら詰まる。全然うまくかめない。
まあ、なんだ。全体的に不便なのである。
そんな不便さに耐えて三連休明け、私は朝一番で近所の耳鼻咽喉科にかかった。この時まだ私はそれが扁桃腺炎のせいだと思っていたし、とにかく何処でもいいから受診して大きな病院に掛かるために紹介状を書いてもらわばならないと考えたからだった。
結果から言うと、耳鼻咽喉科で正解だった。
三種類の聴力検査の後、顔面神経麻痺という診断と、(今から行けばまだ午前中の診察間に合うからと)地域で1番大きな病院の耳鼻咽喉科への紹介状を出してくれた。
ザックリ言うと、耳の奥が腫れて顔面神経が圧迫されているようだ。薬だけで治癒するのか、手術が必要になるのか、そういう判断をするための検査は大病院でないとできないということで、私はそのまま大きな病院に向かった。
ああ、なんかダラダラ書いててもつまんないし、読んでてもつまんないね。
なんやかんや検査して、ステロイド飲んで治療することになった。
三ヶ月くらい掛かるらしい。
ステロイドと聞いて、アホな私は考えた。
「あれ、これ私、いまドーピングしてる?!マッチョになれちゃったりする?!!」
ウキウキ気分で薬品名をググってみた。プレドニゾロン…残念。筋肉はつかないようだ。
なんだ、つまんね。やる気無くした。
ガッカリついでに、なにか一つくらい良いことはないのかと考えてみた。
「あ、もしかして、自分史上最高に上手くウインクできるんじゃないかしら?!」
なにしろ絶対に右目単独では閉じないのだ。
よし、鏡に向かって、渾身のウインクをしてみる。
「ハヅキルーペだあいすき!!」
ダメだ。全然ダメだ。眉と口が完全に死んでて不気味すぎる。
しかし、こうしてよくよく鏡をみると、顔の右半分には全然皺がない。右半分だけ10年前の顔をしているようだ。ああ、10年で随分老けたなあと溜息が出てしまう。まあ、老いないなんて想像しただけで怖すぎるけどね。
こうして、30歳の顔と40歳の顔のあしゅら男爵になってしまった…というのが私の平成最後の秋の記憶となるようであります。
もうめんどくさいから早く治ってほしいいいいい!!!!