夏はプール。そして水着。
それは、まだ日が落ちると肌寒い6月のことだった。
当時、デパートで働いていた私は、夜八時を過ぎ、閑散とした店内で商品の在庫確認を行っていた。
ジャージコーナーの分が終わり、次に向かったのはスイムウェア、水着コーナーだった。
そこに一人、お客さんがいた。
まだ若い、二十代前半か後半か。長い黒髪に真っ黒の服を着た女性のお客さんだった。
女性は一つの水着を吟味するのでもなく、次々と手に取っては一見し、すぐに棚に戻していた。
(何かを探してるのかな?)
あまり見かけない奇妙な探し方に首を傾げていると、
「すいません」
彼女が声をかけてきた。
「はい。何でしょうか?」
「水着を探しているんですが」
女性が手に持っているのは、女児用のスクール水着。それもサイズはかなり小さい物だ。小さな娘さんでもいらっしゃるのだろうか。
「どのようなものをお探しですか?」
接客には慣れたもので、笑顔を心掛けて女性に接していた。
「これ、男の子でも着れますか?」
……は?
笑顔も固まったと思う。
「ど、どういう意味でしょうか?」
「ですから。うちの子、今年からプールがあるんですけど、これは着られますか?」
女性が手に握っているのは、明らかに女児用スクール水着。ワンピース型。
Why?
「お、男の子用の水着じゃダメなんですかねぇ?」
なんというか、色々と、ひょっこりというか、もっこりというか。男の子は前に付いている物がくっきりと浮き上がってしまう危険性があります。
「息子の日焼けが心配なんです!」
私は息子さんが虐められないか心配ですよ!
「えーと、ほら、サイズの問題もありますし」
「大丈夫です。測ってきました」
大丈夫じゃないんですって。
やたらと自信満々のお母さま。一体何があなたの背中をそれほどに押すのですか。
あ。
「そうだ! ラッシュガードという物があるんですよ!」
「なんですか、それは?」
専門知識の無いお客さんに教えるのも店員の仕事ではあるのだけれど、何故こういう厄介なお客さんに限って家で下調べをしないのだろうか。
「水に入ることを前提にした服です。小さい子用もありますよ」
昔、学校で着衣水泳の授業をした事があったのだけれど、普通の服は肌に張り付くわ空気が入って膨らむわで泳ぐことも困難で、とても大変だった。
ラッシュガードは、そういった部分が考慮されている、専用の服だ。もちろん、透けたりもしない。
実物を見せて説明する。でも、一応の保険として、
「ただ、もしかしたら学校によっては校則で禁止していたりするかもしれませんので、確認した方がいいですね」
「は? 何で禁止なんてしたりするんですか?」
何故か若干キレるお母さま。
え、沸点そこなの?
「それはほら、持ってない子が不公平、とかなんじゃないですかね?」
私じゃなくて学校に聞いてくれ。
「とりあえずダメかもしれないんで、今日は何も購入せずに、一度学校に問い合わせしてみてください(先生、子供を守ってくれ!)」
「……そうですね。分かりました」
お母さんはしばらく悩んだようだけど、納得してくれたようだ。
「ご丁寧にありがとうございました」
お母さんは礼儀正しく頭を下げた。
よかった。私は男の子の未来を守った!
(もしかしたら男の娘の未来を潰してしまったかもしれないけれど!)
一人密かに勝利に打ち震えていると、去り際に女性が「あ、そうそう」と立ち止まり、振り返った。
「次は息子と来ますね」
信じるか信じないかは、あなた次第です。