幼馴染に蝉ドンしたら付き合うことになった
是非、ご笑覧下さい。
いろいろな意味で危険なので真似しないでください。
8月10日、午後4時。校舎裏に呼び出した幼馴染に蝉ドンした。
これに至った理由は単純だ。どうやったら好きな子と付き合えるか、久保田君に訊いてみたのだ。
久保田君は隣のクラスのモテ男である。彼は壁ドンが効果的だと言っていた。
インターネットで壁ドン調べてみたところ、確かにこれはキュンとするのかもしれない、そう思った。そして、壁ドンを調べるうちに俺はあるものを見つけ、確信した。そう、蝉ドンこそが最強の壁ドンであると。
片腕しか使わない通常の壁ドン。それに比べ、自らの四肢全てを使う蝉ドン。単純計算効果は4倍。4倍の胸きゅんが彼女を襲う。そう考えたら居ても立ってもいられなかった。
それから一週間、俺はひたすら蝉ドンを練習した。本番を想定し、この校舎裏で黙々と。
誰かに見られるわけにはいかなかった。俺は毎夜、学校に忍び込み(※)、本番前日は親友の佐藤にも手伝ってもらった。佐藤には勿論、幼馴染の役をやってもらった。
俺の蝉ドンを喰らった佐藤は「何か、スゲェ技を喰らった気がする」と大絶賛していた。きっと俺ならばやり遂げられるとエールを送ってくれた。やはり持つべきものは友だ。
而して、今に至るわけだが、これは本当に凄い効果だった。
まず、「え、何?」と、割と本気のトーンで言われた。眉間に皺も寄っていた。
全く予想だにしていなかった反応に、早速だが俺の心は折れかけた。やはり、練習と本番は違うということか。
だが、俺はそこでは終われなかった。何故なら俺は、彼女の事が真剣に好きだったからだ。彼女の本気な視線と、俺の本気の視線が交差した。
「ミ、ミーンミンミンミンミーン!」
「……は?」
とても冷たい声だった。この時点で既にもう完全に失敗のような気もするが、まだ俺の想いは伝えきれていない。それに、もしかしたら蝉の種類が悪かっただけかもしれない。
「ツクツクホーシ!ツクツクホーシ!」
「似てねぇよ。しかもなに夏終わらせようとしてんだよ」
まさかの駄目出し。そういうことならもう少し蝉の練習もしておけばよかったと悔やまれる。
こうなったら、ストレートに伝えるしかない。既に俺の四肢も限界が近づいている。
「美里、好きだ。俺と付き合ってほしい」
美里は凄く嫌そうな顔をしてから盛大に溜め息を吐いた。
「あのさぁ、アンタ」
こめかみを指で押さえ、出来の悪い生徒を叱るような態度を見せる彼女。解せない。
「何でこんなことした?」
「……C組の久保田君から壁ドンが効果的だと聞いた」
少し悩んだが、俺は正直に白状することにした。嘘は良くないし、その方が好感度が高いと俺の直感が囁いたからだ。まだ希望は捨ててはいけない。
彼女は更にこれ見よがしに溜め息を吐いた後、「フンッ!」と俺に渾身のボディブローを叩き込んだ(※)。耐えきれず後方に落下する俺。堪らずそのまま蹲る。
「壁ドンが何で蝉になんだよ!」
「うぐぅ、よ、4倍のゲインが……」
「意味分かんねぇんだよ!」
更に蹲る俺の脛を蹴る(※)。悲鳴を上げる俺。
「何で蝉なんだよ!ただでさえ本物の蝉がミンミンミンミン鬱陶しいのに、更に鬱陶しいことすんじゃねぇよ!馬鹿か!」
「す、すみません」
「しかも何だその背中の羽、無駄に凝った作りしやがって。……佐藤か、佐藤だろ?」
「はい、佐藤です」
すまない佐藤。
俺は心の中で謝った。
「……私が蝉と付き合うと思ったのか?」
「いや、付き合うのは蝉ではなく俺だ」
「お前今蝉だろ!」
そうでした。蝉でした。
「あー、もう何で本当にお前は本当にこう……」
「すみません」
「お前これ、何回目だと思ってんだよ」
「10回目です」
そう、俺は既に9回彼女に振られている。今回振られれば実に10回だ。ある意味で記念すべき告白だったのだが、この調子ではまた失敗に終わりそうか。
「蝉の声、我が恋散りぬ、校舎裏」
「……」
再度脛(※)。今度は無言だった。本気で痛いから、脛は止してほしい。
そして、彼女は深い深い溜め息を吐いた。そんなに俺の俳句が気に入らなかったのだろうか。
「今回普通にさ、お前がさ、普通にな、告白してくれたらな、ちょっとは考えてやろうと思ってたんだよ。10回もこんな女に告白してくる男も珍しいし、お前も馬鹿だけど嫌いじゃない。でもな、蝉は駄目だろう。これで私が「はい、付き合いましょう」とでも言ってみろ、私も阿呆の仲間入りだ。有り得ねぇだろう、「ねぇねぇ!彼氏にどうやって告白されたの?」「え?蝉ドン」……、馬鹿か!」
「ちょっとまて、お前今、ねぇねぇのところ、もう一回やってみろ。ちょっと可愛かったじゃないか」
「くたばれ!」
「脛!」
鋭い爪先が俺の脛を抉る(※)。俺の黄金の右足は死んだ。
「あーあ、もう本当にどうすんだよ。ちょっと期待した私が馬鹿みたいじゃねぇか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
少し泣きそうな彼女に対し、俺は制止をかける。このままでは、本当に俺の恋が終わってしまうかもしれない。俺の第六感が囁いた。
思い続けて10数年、ここで諦められる気持ちではない。
「すまなかった。確かに蝉はない。俺が間違っていた」
「……もう、今更遅ぇんだよ」
徐々に涙声に変わる彼女の声。悲しませたのは誰だ。俺だ。
「本当にすまない。だが、俺は本当にお前が好きなんだ。初めて断られた時、胸が裂けるような思いがした。諦めきれず、2度、3度。気がつけば習慣の様になっていた」
俺は痛む足を叱咤し立ち上がる。そして、背中に付けた羽をむしり取った。はらはらと落ちる羽。俺は今、蝉を辞めた。
「どうしたら俺の気持ちが伝わるか、どうしたら俺の気持ちを受け入れてくれるか、考えれば考える程分からなくなった。そのせいか、とにかく趣向を凝らし、お前の気を引くことばかり考えてしまっていたのかもしれない。だが、それほどに俺は、本当にお前が好きだ。好きなんだ」
うん、うん、と頷く彼女。俺は一歩前に踏み出たら、痛む足につい、よろけてしまった。
奇しくも壁ドン……ッ!!!!
近づく顔と顔。潤んだ瞳が視界に入る。
俺の中の神が告げた。今であると。
「好きだ、美里。俺の恋人になって欲しい」
「畜生、馬鹿野郎、どうしてお前は」
滔々と涙を流し始めた彼女は、しゃくり上げながらも言った。
「お前がさ、初めて私に告白した時のこと、覚えてるか?」
「ああ、覚えてる。あの時は、ただ普通にお前に思いを伝えたが、断られてしまった」
あの時、俺は初めて人に拒絶されて目の前が真っ暗になるという経験をした。
「あの時、私はビックリしちゃったんだよ。本当は、お前の気持ちを受け止めても良かったんだ。一度断っちまった手前、その後も断っちまった。それでも諦めないお前を見てさ、いつしか私もお前の事が好きになってた。でも、怖かった。お前の気持ちを受け入れて、もしお前に嫌われたらって思ったら、怖かったんだ。こんな、口の悪い暴力女だからさ、私。だから、10回目、10回お前が私に好きだって伝えてくれたら、その時私も覚悟を決めようと思ったんだよ」
「そう、だったのか」
俺は初めて彼女の想いを聞いた。嬉しかった。しかし、彼女を不安な気持ちにさせていたのかと思うと、俺は自分を不甲斐なくも思った。
ならば、もう俺は彼女を、美里を安心させるしかない。
「案ずるな。俺は何があってもお前が好きだ。お前の口の悪さなど、とっくに慣れている。今更そんな理由でお前を嫌うわけがないだろう」
「……信じていいんだな」
俺は強く頷いた。
「ああ、信じてくれ。そしてもう一度言おう。美里、好きだ。俺と恋人になってくれ」
「……ああ、分かった。私も好きだよ、夏樹」
10回目の告白。
俺は蝉ドンから始まる怒涛の告白(※)で彼女のハートを射止めた。
想い続けて10数年、俺は今、最高に幸せだ。
~Fin
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