第92話
◇ノーセンティア領騎士団団長・ジャウザー視点
ユグドラシル領へと入ってから、約一月。
私は、この土地へと足を踏み入れてから、初めて見る無事な建築物を外から眺めて、横で同じ様に眺めているカブラカン隊長へと問い掛ける。
「……カブラカン殿。コレは、恐らくは『罠』だろう?」
「……あぁ、多分そうだろう。と言うよりも、七割方罠だろうな」
やはりな……と言う気持ちを抑えながら、ある種の歓声すら上げながら、私達が外から眺めるだけに抑えている町へと駆け込んで行く兵達。
一見無用心であり、危険行為として見られかねない行動ではあるが、既に斥候部隊によって、町中には誰も居ない事と、建物の安全が確認されているため、本来ならば部下達を止めねばならない立場に有るはずの、小隊長を始めとする各隊長達も、苦笑を浮かべながら一応の注意はすれども、決して彼らをその場に留めようとはしていない。
まぁ、それも無理も無い事なのかも知れない。
何故なら、その『止めるべき立場の者』達ですら、自身の立場が無ければ同じ様に歓声を上げ、一月ぶりに目の当たりにした人造の建物へと駆け出して行く自信と自覚が有るからだろう。
何せ、たったの一月ぶりとは言え、屋根も壁も有り、周囲に怯える必要もなく屋内で安全を確保した上で、もしかすれば暖炉に火を入れた状態で部屋を温かくした上に、ベッドで布団にくるまり、安心して眠ることが出来るかもしれないのだ。
更に言えば、味気ない携帯食料や、弱くて味の悪い魔物の肉(強いほど味が良くなる)に軽く火を通しただけ(燃料の節約の為)の、はっきり言ってただただ『不味い』だけの食事とはおさらばして、久方ぶりにまともな食材を使い、ちゃんと竈で火を通して調理した、本物の『食事』にありつけるかもしれないのだ。
たったの一月とは言え、初めて入る土地で寒さに震え、襲撃する予定だった村や町は焼き払われ、その跡地で夜営しようものなら、一切の情け容赦無く夜襲を仕掛けられて多くの仲間を喪い、食料もまともなものにありつけているとは、とても言えはしない状況だったのだ。
そんな状況を経験した直後のまともな『人間』であれば、まず間違いなく彼ら一般兵と同じ行動に出るだろうし、それらの衝動を抱くなと言う方に無理が有る以上、隊長達が止めない(止められない)のは、当然と言えば当然なのである。
……だが、そんな『抱いて当然』な衝動を圧し殺し、自分達は未だに町へと向かいわせずに、外からソレを眺め、罠では無いのか?と検討を続ける二人。
「……ここの一つ手前の村跡では、夜襲は受けませんでしたが、それはどう見ますか?」
「……この状況で、彼処だけ仕掛けなかったってことは、多分ここでは仕掛けてくると思う。俺でも、多分そうするだろうな」
「では、一つ前では仕掛けてこなかった理由は?」
「お前さん、絶対に分かった上で聞いてきてんだろう?
……一つ前の彼処は『目眩まし』さ。彼処で教われなかったって言う前例を作っておいてやる事で、俺達に対して『村跡での襲撃率は100%では無い』と認識させて、油断や気の緩みを誘いたいんだろうさ。現に、俺やお前さんを含んだ一部の隊長格、その他のまだ生き残っている高ランク冒険者、後は一般兵の中でも、長いこと戦いに携わって来た経験の有る熟練兵何かは、警戒したままだが、それ以外の連中は、はっきり言って今晩は使い物にならないだろうな。……それは、俺の所の連中も同じでは有るがな」
そう言うと、カブラカンは苦虫でも噛み潰した様な表情をしながら、自らの部下達が待機しているハズの場所へと顔を向ける。
するとそこには、明らかに表情を明るくしながら、今晩はどんな飯が出るかな?だとか、酒が有ると良いなぁ……だとか、もしかして、風呂に入れたりするかな!?だとかを、やや興奮しながら会話を交わしている警備兵達の姿が有った。
「……国境付近の厳しい環境下での任務に慣れている彼らですらああなので有れば、やはり『罠かもしれないから町へは入るな』とは言えない、か……」
そう呟くジャウザー団長だったが、警戒心から入ろうとしていないだけで、心身共に疲労状態である事に変わりは無く、結局は町へと入って一夜を明かす事に決定したのだ。
見張りを厳にしておけば、町の周りの壁も有る以上、何もない外で夜襲を受けるよりは余程マシである。
それに、この町だけが焼き払われていないのは、この町自体に何か重要な役割等が有るのでは無いか?とも考えられる事も有り、ジャウザー団長指揮の元、隅から隅まで調べられる事になったのだった。
……当然の様に、それまで頼りにしていた『ガイドライン』には、その様な事柄は欠片も記されてはいなかったのだが、その事を気にする者は、既に一人として残ってはいなかった。
そして、その夜に、この町が『そのまま』で残されていた理由と、自らの直感の正誤、そして、この町へと入った事の意味を、彼らは知ることとなる。
******
◇第四部隊隊長・クズハ視点
『標的が罠に掛かった、準備されたし』
って連絡を司令官さんから受けて、僕と僕の部下として着いてきてくれている第四部隊の皆と共に、この辺では一番大きな町(街一歩手前の規模)であり、現在は人族のピーーーー(自主規制)達が、自分達が占領しているとばかり思い込んでいる『アルフの町』から少しばかり離れた(常人の足で走って10分、彼らは歩いて1分)所で、攻撃前の最後の打ち合わせをしている。
「~って訳で、僕達のお仕事は、本命の罠で取り零した連中、もしくは罠では仕留めきれなかった強めな奴等にトドメを刺して行くだけの簡単なお仕事だね。何か質問がある人はいるかな~?」
概要を説明した後、僕の目の前にいる彼らにそう訪ねると、猫の獣人族の女性が、恐る恐るって言う感じで手を上げた。
……確か、僕が司令官さんに会いに行くと、必ず着いて来る娘で……。
「ハイ、そこの君~。名前は、確か……メイちゃんだったっけ?」
「ハ、ハイ!えっと、その……今回の作戦って、ユグドラシル軍の方は動かずに、私達訓練兵組だけでやるって聞いたんですけど、本当何ですか……?」
なんだ、そんなことか。
もっと、何か重大な事を聞かれるのかと思っちゃったよ。
「うん、その通りだよ~?んで?それだけ?他には何かある?」
「……え?」
「ん?無いの?じゃあ、他に何かある人~?」
「ちょっ!ちょっと待って下さい!」
無さそうだったから他のメンバーにも聞いてみようとしたのだけど、実はまだ聞きたい事が残っていたらしく、少々食いぎみになりながら、さっきの彼女が発言してくる。
「本当に私達だけでやるんですか!?相手はまだ70000近く居るんですよ!?こっちは約500しか居ないのに、どうやって戦うんですか!!?」
……はて?彼女は、僕の説明を聞いていなかったのかな?
「いやいや、だから、さっきも説明したけども、この後アルフの町ごと巻き込んだ罠が発動するから、それから零れた奴等だけ叩けば良いだけだからね~?ちなみに、この罠を考えたのは司令官さんだし、実際に作ってくれたのは、第三部隊の皆だからね?後、発動した際の予想被害は、最大で全滅、最小でも八割は硬いって話だから大丈夫でしょう?それに、一応保険として、ユグドラシル軍もここら辺を包囲する形で展開しているらしいから、失敗は無いんじゃあ無いかなぁ?」
そんな僕の説明を受けても、何処か不安そうな表情を浮かべている彼女に僕は、おそらく効果が有ると思われる事を囁いてみる事にした。
「……確かに、不安になるのも理解出来るよ?僕達は、地獄のような訓練を受けてきたけど、基本的にはただの一般人だから、戦闘に関しての心構えなんて、予め出来ている訳が無い。おまけにこの人数の圧倒的な差だ。訓練を受けていなかってら、僕だって勝てないと断言しただろうね。でもね?」
そこで僕は、一度言葉を切って、更に囁く様な口振りで、彼女の耳元へと言葉を投げ掛ける。
「……でもね?そんな、圧倒的に不利だと思われる戦況を、ユグドラシル軍の力を借りずに、僕達だけで完勝したら、僕らをそこまで育て上げてくれた司令官さんの名声が、天井知らずに上がって行くと思わない?」
そう嘯くと、彼女の耳がピクリと反応を示す。
……行けそうだね。
「それに、さ?この状況って、訓練を受けている僕達でも、割とキツ目な状況だよね?
……そんな状況を打開して、完勝をもぎ取ったらさって前提なんだけどさ?……誉めてくれると思わない?」
僕達獣人族は、自らよりも上位の存在であると認識した人から誉めて貰うのが大好きだからね。
今までのアレコレからして、彼女が司令官さんに対してそう認識しているのは明らか何で、多分行けるハズ……。
すると
「やります!いえ、是非ともやりましょう!!あの人族共を皆殺しにして、教官に誉めてもらいましょう!皆さん!!」
って感じに張り切りすぎちゃったみたいで、他のメンバーも似たような感じになっちゃっている。
……これは、一回静めないとマズイかなぁ?何て考えていた時だった。
司令官さんから聞いていた、合図である足許から来る揺れを感じ取ったのは。
そこで僕は、普段は細めている目を気持ち見開いて、直前まで興奮していた部下達に指令を出す。
「さぁ、諸君。狩の時間だ。地獄を潜った経験もない様な、ひ弱な坊っちゃん達にくれてやる獲物は残すなよ?」
そして、その時から、僕達による一方的な『蹂躙』が始まる事になった。




