第90話
◇ノーセンティア領騎士団長・ジャウザー視点
「……そうか、この村もダメだったか……」
部下からの報告を聞き、そう溢しながら、手元の地図にバツ印を書き込んで行く。
その地図には、ジグザグと曲がった線が大きく引かれており、その線が曲がっている所には、黒い点が打たれていて、所々の黒い点には、先程と同じ様なバツ印が書き込まれている。
そして、その線の半ば辺りに駒が一つ置かれており、その駒を境にして、バツ印が書き込まれている黒点と、書き込まれていない黒点とに別れている。
……言わずとも分かってはいるとは思われるが、この線こそが、彼らがお馴染みの『ガイドライン』によって定められていた侵攻ルートであり、所々に打たれた黒点はユグドラシル内部の村や町、そして、侵攻ルートがジグザグしているのは、途中途中の村や町を襲って物資等を略奪しながら侵攻する事を前提に設定されていた上、村や町を結ぶ街道を通って進む予定となっていたからだ。
そして、駒が置かれている地点が、現在ノーセンティア軍が居る場所であり、そこに至るまでに本来であれば通過し、略奪していたハズの村や町は、既に五つ程になる。
そう、本来、ガイドラインに従っていれば、嫌でも略奪し、そこで英気を養い、物資を補給しながら行軍出来たハズの村や町があったハズのポイントが、既に五つのバツ印となって地図に書き込まれる事になっている。
事の起こりは、ユグドラシルへと国境を越えて、二日~三日程進んだ頃だった。
ガイドラインによって定められていた行軍予定では、そろそろ最初の補給予定の村に到着する予定であり、実際の地図に照らし合わせた行軍状況でも、村の近くまで来ているハズの地点まで進んでいたため、部隊から斥候を放ち、どの程度の規模なのかを探らせに出した時だった。
どんなに早くとも、調査を終わらせて帰還するまでに一時間以上は掛かるハズの一二有る村へと送り込んだ斥候部隊が、その半分ほどの時間で、息を切らせて本陣へと駆け込んで来て、こんな報告を上げてきたのだ。
『村があったハズの場所には、ただ焼け跡だけが残されており、住民は勿論として、食料等の物資や暖を取る為の薪、寒さを凌ぐための建物等も全滅しておりました』
何をバカな事を、と思いながらも、実際に軍を進めてたどり着いてみれば、現にそこには村の焼け跡と思わしき焼け野はらしか残されてはいなかったのだ。
おそらくは、ノーセンティア軍が近付いて来ることを察知した村人達が、自主的に避難した上で、彼らに使われる位ならば!と焼き払ったと思われる程度の事でしかなかったのだが、彼らにとっては『その程度』では済まされない事態となってたのだ。
まず、彼らの総数でもある約100000の軍勢、コレは、あくまでも軍の総数であり、=今回ユグドラシルへと攻め入る為の総戦力、と言う訳では無い。
勿論、食料等の物資を運搬する輜重隊を始めとする兵站関連の部隊を皮切りに、各村や町を襲って手に入れた亜人達を奴隷とし、ノーセンティアへと連行するための運搬部隊。更に、物資を略奪した後の村や町を占領し、ユグドラシル首都へと攻め入った後の帰り道を確保する役目の常駐部隊等の非戦闘部隊、その中でも、輜重隊等を除いた運搬部隊や常駐部隊は、こう言っては何だが、本来ならばいなくなるハズの部隊達である。
しかし、こうして『運搬するハズの亜人』も、『確保するべき拠点』も無くなってしまえば、本隊について行くしかなくなってしまっている。
言わば、『お荷物』を抱えている状態だ。
更に言えば、物資を補給できる前提で侵攻していたため、略奪による食料等の補給が出来なかった事により輜重隊への負担が大きくなってしまっていたのだ。
要は、『予定よりも多く消費』し『予定通り補給』出来なかった状態になってしまったのだ。
勿論、その村で補給出来なかったからとは言え、即座に行軍不能に陥る程に、お気楽な見通しであった訳では無いが、確実に行動選択肢を削られるハメになったのは、間違いではないだろう。
更に言えば、その村自体を夜営地として設定していたため、数日振りとは言え、屋根と壁の有る場所で眠れると期待を膨らませていた兵士達には、地味にショッキングな出来事として受け止められる事となったのだ。
しかし、彼らに降り掛かる悲劇は、それで終わることは無かった。
何もない所よりは、と言う理由から、最早廃村と成り果てたその村にて一夜を過ごす事に決めたノーセンティア軍。
そんな彼らが寝静まった真夜中に、唐突にそれらは、彼らの頭上から降り注ぐ事となった。
そう、ユグドラシル側からの夜襲である。
おそらく、エルフ族の弓手を中心として編成された部隊であったと思われるその部隊は、どうやったのかは不明だが、まず、円形に広がっていた夜営地の中心付近に火矢を撃ち込み、慌てて出てきた兵達へと、次々に矢を射掛けて行ったのだ。
彼らが射掛けて来る矢を防ごうと、果敢にも楯を構えて身を守ろうとする者も居たのだが、ある者は後ろから射たれ、ある者は楯ごと矢に射抜かれる事になったのだ。
時には、わざと手足を撃ち抜き、救いに来る味方への囮として使い、時にはある程度の重傷に止めておいて故意的に助けさせ、わざと回復魔法を使える相手を炙り出させたりする等の、ある種『残酷』と言っても間違いは無さそうな、それでいて『効率的』な攻撃手段を取って来たのだ。
その後少しした頃には、夜襲自体は終わったのだが、ノーセンティア軍はこの初回の襲撃で、既に少なくない痛手を被り、この先、事有るごとに、同じ様な襲撃を受けるようになるのであった。
それから一夜が明けた頃、大将として任命されているジャウザー団長は、決断を迫られていた。
ジャウザー本人としては、これらの流れはガイドラインには載ってはおらず、また、これまでのユグドラシル側の亜人族が行って来なかった様な手段による行動等が、かなりの割合で見受けられる様に思えて来たのだ。
これらは、ガイドラインの情報を前提とした行軍が不可能に近い事を、明確に示していると言っても間違いではない、いや、むしろここは『不可能である』と言い切った方が良いだろう。
だがしかし、今回こうして出兵しておきながら、何一つとして手柄の類いを上げられていない事を、首都でふんぞり返って居ただけの連中が、ここぞとばかりに攻め立てて来る事は、まず間違いは無いと思われる。
故に、彼に『後退』の選択肢は、そもそも与えられてはいなかったのだろう。
そして時間は冒頭のソレへと戻り、彼は、最初のソレを合わせる事の計四回の夜襲を始めとする各種妨害行為を受けながらも、辛うじて残っていた斥候部隊によって、これまでのそれらと同じ様に焼かれていた村へと、侵入する事を決定するのであった。
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◇主人公視点
「……んで?まだ、敵さん方は帰っちゃあくれない訳か?」
そう、『意志疎通』スキルで確認を取るのは、溜め込んだ魔石を鏃に仕込み、魔力を流す事で三種類の効果(射程強化・貫通強化・発火)を発揮する様に作った矢を『空間庫』で大量に抱えて、度々の夜襲を仕掛けて貰っている、シルフィがサポート兼連絡係として同行している第二部隊の隊長であるオベロンだ。
『まぁ、そうですね。敵さんの司令官が阿呆なのか、それとも周りがソレを許しちゃあくれないのかは置いておくとしても、まだまだ帰るつもりは無さそうな感じですね』
「……『やれ』って指示だしている俺が言うのはアレだけど、食料も乏しく、夜はくそ寒い中吹きさらしに加え、村や町に着いたと思えば焼け跡だけの廃村で、中に入れば夜襲がほぼ確定。目当ての奴隷は手に入らず、尚且つまともに戦闘さえさせて貰っていないのに、味方はバタバタと死んで行く。
……ぶっちゃけ、俺ならとっくに逃げ出していると思うんだけど、何でまだ軍として機能しているんだ?何か有るのかね?」
『さぁ~?そこは今一分かんねぇッス。まぁ、案外と何も考えていなくて、『このまま突き進めば、大した戦力の無い亜人共なんぞ一捻りなのだから、このまま首都を落としてしまえば、帳尻なんて幾らでも合わせられる!』とか思っていたりとか?』
「……既に三割近く削られていてソレって……。それはそれで、なんだかなぁ~。……まぁ、良いか。んで、確か次に入るのが、『五つ目』だったっけ?」
『そうですね。これから入るのが、五つ目になります』
「よし、じゃあ予定通りに『そこでは夜襲は仕掛けない』ってわけ事でよろしく!」
『了解ッス。じゃあ、予定通り仕掛けるのは『次』ってことですよね?』
「そう言うこと。ではでは、引き続き監視宜しくね?通信終了」
……さて、一応ギムリ達に、最後の確認をしておくとするかね?何せ、ノーセンティア軍の最期を飾る事になるハズの大仕掛けなんだから、ね。




