第88話
◇ノーセンティア領騎士団長・ジャウザー視点
「……これは、一体どう言う事だ……?」
そう、彼は呟くが、それも無理は無いだろう。
何せ、国境をエルフ側が破ったとの事態につき以前から定められていたガイドラインに従い、軍を率いてここまで来たのだ。
……来たのだが、そこには、彼が想像していたような、エルフ族の軍が展開していたり、街を落として立て籠っていたりするような光景は無く、少し前にに一当てあったと思われる戦場と、そこに残るこちら側の兵達が、勝鬨を上げている姿しかなかったのだ。
「おお!これはこれは、将軍殿!わざわざこんな所まで、『ご苦労様』な事ですな?」
そんな光景に呆然としていた彼に、故意的に目上の者が、格下の者に掛ける際に使うべき『ご苦労様』の言葉を掛けてきたのは、エルフ族の国であるユグドラシルとの国境付近を警備を行っている(と言う名目での奴隷狩りが主業務)部隊の隊長を務めているカブラカンだ。
そんな身分違いにも程がある様な相手(騎士団長>>>>>>警備隊長)から格下として扱われていることに、まだ年若いジャウザー団長は眉をひそめたが、それについて今どうこう言う事は、自分が出てくる事態になっているハズの現状とは、欠片も関係が無いハズなので、辛うじて抑え込み、カブラカンへと問い掛ける。
「……国境を警備していた部隊がエルフ族に襲撃されたと『遠話の宝珠』での通報が有ったハズだ。その件で我々はここに来たのだが、一体どうなっているのか、誰か説明しては貰えないかね?」
原則、ここの様な国境警備員やダンジョン付近に詰めるギルド職員等は、有事(他国の侵略や魔物の氾濫等)に備えて、『遠話の宝珠』と呼ばれる魔道具を携帯する事になっている。
今回、ノーセンティアがほぼタイムラグ無しに行動を始められ、たったの数日でこうして騎士団を中心とした軍勢が派遣することが出来たのは、規則として備える事が決まっていたのと、『遠話の宝珠』によって直接襲撃の連絡がもたらされた事が大きいと言っても良いだろう。
故に、ここではまだ、エルフ族との戦闘が続いている状況でないとおかしいのだ。
百年ほど前のモノとは言え、エルフ族の性質・性格・気質等を調べあげ、どう対応すればどう返ってくるのかを記した『ガイドライン』が制作された。
それの発起人は不明だが、それに記された内容は、約九割の確率で実際のモノと成り、そうでなかった例も、環境を変えて試してみたところ、ほぼ確実にその通りの結果が得られたと言われている。
そして、今までそれに記された内容に従い、エルフ族との大規模な戦闘はわざと行わず、世代交代や修練環境の悪化を誘い、全体的なエルフ族側の戦力低下を誘うと同時に、定期的にこちらから人を迷い込ませて誤情報を掴ませ、時たま故意的に小規模な軍勢で負け戦を仕掛けながら、エルフ族の数が増え、こちら側を脅威だと認識させない様に誘導してきたのだ。
なれば、ココで、こんな所で、こんな程度の小さな戦場・戦闘で、奴等が引っ込む訳が無い。
戦端を開いた以上は、もっと派手に突き進もうとするハズなのだから。
そんなエルフ族が大挙して攻め立てているハズのココには、それらが影すらも見当たらないのだ。
そんな、ほぼあり得ない様な光景に出くわせば、彼で無くても、説明を求めるのは当然の結論であると言えるだろう。
「……ハッ!これだから、現場を知らん若造は……」
しかし、そんな当然の事を求めているに過ぎない彼を、鼻で笑うカブラカン。
……ある意味、これは仕方の無い事と言っても、間違いでは無いのだろう。
片や年若いながらも、自身の実力で騎士団長へとのしあがったとは言え、戦場の体験が豊富な訳では無い、温室育ちの秀才。
片や中年に達してはいるが、その年まで敵対する他国との国境を守り続け、エルフ族との戦闘こそは今まで無かったものの、それ以外の脅威は一切通して来なかった、実戦で鍛えられてきた、一般には知られざる英雄。
そんな人物が、騎士団長とは言え、実戦の『じ』の字すら知らないような若造が、呼ばれたからと言ってノコノコやって来たは良いが、着いたら終わっていたので誰か説明して?等とほざいた所で、ハイそうですか、と教えてやる義理は無い、と思っても無理はあるまい。
何せ、実際に戦闘したのは、彼とその部下達なのだから、遅れてきた役立たずどもに、渡す情報も手柄も無いのである。
しかし、それらを理解した上で、再度ジャウザー団長が
「頼む、気になる点が有るのだ」
と頭を下げると、さすがのカブラカン隊長も、それ以上強硬な姿勢を取り辛くなったのか、渋々と言った感じで、戦場での事を話始める。
「……最初は、団長殿が知っておられる通りに、国境付近を警備していた部隊が、エルフ族と思われる戦力に強襲を受けた。……ココまでは良いか?」
「ああ。続けて欲しい」
「そこでの生き残りは極少数。まだ生きているのは、一人か二人だ。それでも、『遠話の宝珠』で咄嗟に流した情報と、そいつらが持ち帰った情報とで考えると、エルフ族側の戦力は数千は硬い、多くて万って所だ。更に、指揮官はAランク冒険者相当の強さだったらしい。……結局その後、奴等には他の警備部隊を幾つか襲われ、それらは全て壊滅させられた。その結果だけ見れば、奴等は一時的には国境線付近は完全に抑えていた事になるな」
「……ならば、何故奴等はココに居ない?そこまで、ガイドラインにて予想された通りの動きを見せていながら、何故?」
「……それは分からん。森から攻め出てきた所までは同じではあったが、ある程度戦闘し、こちらの被害が一定のラインを越えた途端に、森へと引き返してしまったからな。最後まで、報告に有った指揮官は見当たらなかったし、ガイドラインとの食い違いも大きい。おまけに、予想よりも手強そうだ」
そう、エルフ族が攻めて来る事も、初動である程度の被害を被る事も、ガイドラインで既に予想されていた事なのだ。
そしてその後、初動で勝利を納め、我々の強さを侮り・勘違いしたエルフ族は、全戦力を持って国境線を踏み越え、こちら側へと雪崩れ込んで来るハズだったのだ。
そこをこちら側の大戦力にて叩き、半数は死んでしまうことになるだろうが、残りの半数を捕らえられれば、弱体化の進んだエルフ族を家畜化し、強制的に増やして管理することも可能である!と、ガイドラインは締め括られているのだ。
そのガイドラインが、今まで外れた事の無かったソレが外れつつある。
その原因を突き止めなければ、この先はどうなるか分からなくなる。
……それはあまり歓迎出来る事では無い。
「……この事態、兵達は?」
「こちらは、一部の上級兵だけだ。他は見ての通り、浮かれて騒いでいるだろう?」
「……そうか……」
そこで、カブラカンはどうでも良さそうな風に、肩を竦めながら続ける。
「まぁ、一部の連中は、エルフの連中が誰も残っていない事にがっかりしている様子だったけどな」
「……誰も残っていない?」
「ああ、そうさ。死体をおいて行く処か、怪我人一人残っちゃ居なかったからな。それを期待していた奴等は、肩を落としていたよ」
……確かに、異様と言えば異様だが、何か関係が有るのか……?
そうやって出てきた不審な点について考え込んでしまうジャウザー団長だったが、周りは彼をそのままにしてはくれなかった。
「……んで?どうするんだ?団長殿?ガイドラインでは、一当てして蹴散らした後は、森の奥の奴等の国まで追撃することになっていたハズだが、やるのか?」
「……やるしかあるまい。幸いにして、こちらの戦力は、私が合流したことにより、減るどころか増えているからな。ならば、やって出来ない事は無かろう。基本的には、こちらの方が強いのだから」
回りに急かされる形で思考を放棄してしまったジャウザー団長。後に彼は、この選択を死ぬ程(文字通り)後悔することになるのだが、それはもう少し後のお話。
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◇???視点
「……予想通り、森へと入り出したね」
「……ああ、あの方の予想通りに、な」
「本当に、あの人(?)が敵でなくて良かったよ。……成りかけたらしいけど」
「……止めろ、そんな文字通りの地獄は考えさせるな。さて、さっさと行動を開始するぞ」
「もちろん、あの人に起こられるのは嫌だからね」
そんな会話を最後に、その場から消える影。
彼らが居たのは、森へと入って行く軍勢のすくそばだったが、人族は誰も彼らの事に気付いていなかった。




