第86話
実戦訓練と称して、訓練兵達をアニマリアへと放り込んで(俺達教官も含む)から、早くも数日が経過していた。
「ん~、くぁ~~っと」
朝早く、まだ早朝と言っても良い時間帯に覚醒し、シルフィの『空間庫』に入れてもらい、この野営地まで持ってきた、お気に入りベッドから這い出る。
南部とは言え、季節は冬相当故に、さすがに朝方は多少肌寒く感じる事が多いらしく、本日もその例に漏れず肌寒い。一度ブルリと身震いしてから、用意しておいた衣服を急ぎ目に着込んで行く。
俺と似たようなタイミングで、同室のメフィストも目を覚まし、モゾモゾとベッドの中から身を起こすと、サイドテーブルに置いてあったシルクハットを、何よりも先に頭に被り、それから寝間着を着替えだした。
もちろん、ベッドに入っていた時も、仮面は着けたままだったのは、言うまでも無い。
……まぁ、こいつにとっての顔面と同じモノ(魔力によって形成しているので、体と同化している。むしろ顔その物……らしい)なので、外し様が無いのだけれども。
元より生きていない俺(注・アンデッドです)や、魔力生命体たる悪魔であるメフィストが同室で寝起きしている理由なのだが、活動開始の時間帯が同じ(炊事担当)+気心の知れた野郎同士でお気楽に、って事も有るりはするのだが、最大の理由としては、彼女達(ガルム・シルフィ・ウカさん・ウシュムさん・レオーネ)による逆夜這いを未然に防ぐ為だ。
実は、この騒動が始まり、直接ユグドラシルへと乗り込む?誘き出される?前に、半ば無理矢理とは言え、関係を持ってしまっている事への責任を取る為に、五人とは正式に婚約したのだ。
……まぁ、幾ら『悪逆・外道』が当たり前(?)な魔王を名乗っているとは言え、同時に五人もお嫁さんを貰うのはどうかと思わなくも無いけれど、本人達からの希望でもあり、結果的にはそうして話が纏まった。
別段、俺とて彼女達が嫌いな訳ではないし、むしろ好きなのだが、元々の倫理観的にどうなのだろうか……?と思わなくも無いのである。
尚、現在『婚約』止まりである理由だが、一応はまだ戦争の最中なので、終わったら正式に結婚する予定である。……死亡フラグな気もするが、多分大丈夫だろう。だって、もう俺死んでるし。
で、その婚約したまでは良かったのだが、問題となっているのはその後の事だ。
彼女達からは、それまでも『夜のお誘い』等はそこそこの頻度(ただし五人も居るのでほぼ毎日)で誘惑される程度で、希にアニマリアの時みたいに、激しく求められるって感じだったのだが、婚約してからはほぼ全員(比較的シルフィが少な目、その他四人はマシマシ)から毎日の様に求められ、毎晩処かまだ明るい内からも襲撃される事が増えるようになってしまったのである。
……いや、ね?
身体も骨だけでナニも無し、精神も常に賢者タイムで波立たずだった死霊聖騎士までの時よりも、魔力で作られた肉体とは言え、身体があり、精神も生者に近付いた(……のか?)為に、色々と欲求も出てきているので、感覚的には普通の男と変わらない事もあり、求められれば応じるのも吝かではないし、実際にその手の欲求も存在する上、正直言ってそれだけ慕ってくれるのは、かなり嬉しい。それに、ぶっちゃけた話、俺自身もそう言うこと(意味深)は嫌いじゃあ無いしね。
……嬉しいし、嫌いでは無いのだが、時と場所を選ばずに、複数人掛かりによって襲撃して来た為、俺の書類仕事だとか、その他諸々の業務に様々な打撃を与える結果になってしまったのである。
その結果を受け、ウチの宰相の様なポジションに収まっているアルヴさんから
『そちらを方向で励む(意味深)のは結構ですが、仕事は仕事で励んで頂かないと、国が回らなくなるのですが?』
と、目だけが笑っていない極上の笑顔を、彼女達諸ともに貰ってしまい、昼間は禁止、それ以外も控える様に、と決まったのだが、あまり守るつもりも無いようで、それ以降も普通に襲われていた訳です、ハイ。
で、そんな彼女達なのですが、さすがに他の人が居るときまでは、襲い掛かって来ることは無い(さすがに見せたがりでは無い様子)ので、こうして虫除け……では無いにしても、本拠地以外の場所では他の誰か(主にメフィスト)と一緒に行動するようにしているのだ。
……只でさえ訓練兵達全員に『禁欲』を強いている状況なのに、それを強いている側である俺がイチャコラなんてしていた日には、訓練兵達全員掛かりでフルボッコにされかねないしね。まぁ、されてやるつもりは欠片も無いけど。
以上が、俺とメフィストが同室で寝起きしていた理由だ。
……別段BL的な意味合いは含まれていないし、いた過去も無いので悪しからず。
もっとも、訓練場でも同じ様な状態だったのだが、メフィストが席を外している僅かな隙や、俺が単独行動をしていた時なんかに、数回拉致られて致す事になったのは、ここだけの話。
普段の訓練服への着替えを終えて、まだ欠伸が混じっている状態ながらも部屋から出て行き、朝食の調理の為に二人で食堂へと移動を開始する。
別段、睡眠を取る必要の無い俺達だけど、必要が無いだけで取る事は可能だし、それによって精神的な疲れは癒せるので、何か有る時以外は基本的に、夜には寝てしまう。元々俺は人間であった(ハズ)ので、何となく眠く感じるって事も有るのだけど。
そんな感じで、眠気眼な状態のまま、食堂へと向かっていると、外から掛け声が聞こえて来た。気になってそちらへと視線を送ると、まだまだ早朝にも関わらず、起き出して剣を振るっている人影が幾つか見受けられた。
どうやら、朝練の類いらしいね。
遠目にも、頭頂から生えた耳だとか、腰から生えている尻尾だとかが確認出来る上、何人かで固まって剣やら槍やらを振るっている所を見ると、どうやら第四部隊の隊員達のようだ。
少々確認したい事も有ったし、こうやって見かけたのだから挨拶位はして行くかね?まだ朝食までは時間が有るし。
「よぉ、朝から精が出てるな。調子はどうだ?」
「「「あ!お早うございます、ジョン教官!メフィスト教官!」」」
「ハイ、お早うさん」
「ええ、皆さんお早うございます」
そんな感じに近付きながら声を掛けると、皆が素振りを中断して挨拶をしてきたので、俺もメフィストもそれぞれで返事をしておく。
すると、一人だけ少し離れた所で、武器を持たずに一人稽古をしていた獣人が、こちらに気付いて近寄って来る。
「……アレ?教官達?何でこんな時間にこんな場所に?取り敢えず、お早うございます?」
そう挨拶してきたのは、第四部隊の隊長にして、俺の婚約者でもあるウカさんのお兄さんでもあるクズハさんだ。
いつもの通りに目を細め、口許に笑みを浮かべているその顔を、先程の台詞と同期させる様に傾げており、同じ様な角度で尻尾も傾けている。……ちょっとモフりたくなってきた。
「ハイ、お早うさん。朝飯の用意のために起き出したら、ここで剣を振っているのが見えたんでね。ついでに、ちょいと聞いておきたい事も有ったんでね」
そう返事をすると「ふーん、そうなんだ?」と分かっているのかいないのか、よくわからない返事をしながら、嵌めていた籠手を外し、首に掛けていたタオルで汗を拭っている。
「まぁ、端的に言えば、ソレの具合だな。ちゃんと作動して、予定通りの効果が出ているか、とか、副作用の類いは出てないか、だとかを聞いておきたくてね」
そう言いながら、俺はクズハさんも着けているイヤーカフスを指差して聞いてみる。
一応は試しに使ってみた事も有るのだが、何分急拵えな作品故に、思いもしていない効果が出ないとも限らない。
それはさすがに寝覚めが悪いから、アフターケアはしっかりとね。
だが、そんな心配は杞憂に終わる。
「あぁ、コレ?いやー、凄いよね!このアイテムって!僕も一時期外に出ていたから解るけど、基本的には魔物を倒した人にしか入らない経験値が、同じアクセサリーを着けている人達の間なら、誰が倒しても手に入るんだもの!他の隊員が魔物を倒したタイミングで、僕のレベルが上がった時はびっくりだよ!おまけに、もう片方の効果でレベルもグングン上がっていくし、本当に凄いよね!」
案外と好評らしいね。
「副作用って言うか、何かよろしくない事なんかは起こってないかね?」
「ん~?……特には無い、かなぁ?僕自信は感じた事は無いし、僕の所の隊員達からも、今のところは聞いてはいないかなぁ?
……あ!でも、かなりあっという間にレベルが上がっちゃうから、今現在のレベルが把握し辛いって所は、ちょっと面倒なところかなぁ?」
成る程、副作用の類いは特には無いらしいね。
レベルの把握何かは、戦闘自体が終わってから確認すれば良いのだし、それ以外に苦情の類いが無いのであれば、まずまず成功って事になるのかな?
……改めて考えてみると、我ながら中々に恐ろしいブツを作り出してしまった可能性が有る……か?
毎度【主従契約】で縛るのも面倒だし、いきなり経験値ネットワークに繋ぐと、急激に強くなりすぎる事も有り、何となく装飾品の類いで出来ないかなぁ?なんて思って弄っていたら、何故か出来てしまったブツ故に、そう簡単には外へと出すつもりは無いから、まぁ大丈夫……か?
ちなみに、何でそんなモノ作れたの?とかは聞かない方向でお願いします。……本人的にも、何で作れているのかよくわかっていないので。
この後、2~3質問してから、クズハさん(義兄さん?)と別れて食堂に向かい、飢えた獣と化して雪崩れ込んで来るであろう訓練兵達の為に、朝食の準備に入ったのだが、調理場に着いたらウシュムさんがエプロン姿で待っていてまずビックリ。ついで、ウシュムさん含めてで調理を進めて(手伝いを申し出られたので、それを了承)いると、いつの間にかレオーネまで混ざっていて二度ビックリ。更に言えば、どうにか地獄の様な忙しさを切り抜けたと思ったら、ウシュムさんとレオーネの二人掛かりで建物の影に引きずり込まれそうになって、三度目のビックリである。
……その後?……さすがに致す(意味深)訳にも行かなかったので、泣く泣く(重要)脱走させてもらったよ。
そんな感じでドタバタとしながらも、確実に訓練兵達が強くなって行く中、アニマリアにて行っていた本訓練が半月を少々過ぎた頃、とうとうその知らせが北部へと潜入させていたハサン(例のゴーレム・サブリーダー。名無し故に、無理矢理着けた)によって入ってきた。
人族とエルフ族の軍がぶつかり合いを始めた、と。
今回で訓練回は終了
次回からエルフ戦編に入ります




