第83話
俺達教官によって行われた会議によって、訓練兵達を『戦士』から『殺戮マシーン』へと更なる進化を強制的に行なわせる事が決定した翌日の早朝。
まだ夜も明けきっていない時間帯に、俺は、訓練兵達が寝泊まりしている寮へと足を踏み入れていた。
……しかし、アレだね。
全員が、モノの見事に寝こけたままだね。
全員が、とは言いはしないけど、何人か位は、外から入ってきた俺に反応して、『何やら気配が!』みたいな感じで飛び起きて、反射的に迎撃でもしてくるのを期待していたんだけど、そうもいかんか……。
うん、プランαは不採用で封印だな。
予定通りに、プランβで行くとするか。
そう心の中で決めると、俺は持ち込んでいた鉄鍋とお玉を取りだし、左右の手に持った後、自身の聴覚を保護するために、両耳に耳栓を突っ込む。
……うん、準備完了。
そして俺は、思い切り息を吸い込み、少しの間『溜め』を作ってから、両手に持ったモノ同士を、壊れない程度に手加減しつつ、思い切り打ち付けあって『ガンガンガン!!』と騒音を響かせながら、寮内に響く様な大声で叫び出した。
「オラ!!お前ら!!とっとと起きろ!!いつまで寝こけてやがる!!俺が敵だったら、全員もう死んでんぞ!!!さっさと起き出して、広場に集合しろ!!!いつまでもグズグズしてやがると、戦場で敵に殺される前に、俺がこの手で直接ぶち殺してやるぞ!!!さっさと動け!空~襲~!!!!」
……最後のは、何か違う様な気がしなくもないが、それでも俺の声に反応して、全員が飛び起きたらしく、そこら中でドタン!バタン!と騒音が響いている。
中には、寝ていた格好のまま、寮の部屋から飛び出して来たバカちんまで居り、更にその中には、「寝るときは全裸派である!」って奴まで居たので、その手の阿呆は、全力で元居た部屋へと叩き込んでおいたが。
……まったく、何が悲しゅうて、早朝からゴリマッチョの全裸ブラ~リ(意味深)なんぞ拝まねばならんのか。
思い出したら、酸っぱいモノが込み上げて来たでござる……。
……あ、アカン。
ウップ、オロロロロロロ……orz。
――――暫くお待ちください――――
……さて、むさ苦しい野郎共の方は、何事も無く叩き起こす事に成功し、俺の担当の厄介事は、一つ消化された訳だ。
……何か見たはずだ?
……私は、何も、見なかった。良いね?
あと残っているのは、女性寮の方で寝泊まりしている女性兵達を起こし、全員を集合させる事だけだ。
どちらかと言えば、俺もそっちが良かったのだが、さすがに、一応は男性 (ただしアンデッド)である俺が入って行って、全員起こして回るのは躊躇われるので、そこはガルムを始めとした女性の教官達にお願いしている。
逆を頼む訳にもいかないからね。
それに、いくら訓練兵だからと言ったって、さすがに起き抜けの所を、意中の男性でもない様な男に見られるのは嫌だろうし、何か『お決まり』のハプニングでも発生しよう(させよう)モノなら、俺が五人掛かりで塵にされる未来しか見えないからね。
さすがにまだ逝きたくは無い。
そんなこんなで待つこと約5分。
身支度に時間が掛かる女性(ただし軍人)ならばともかく、そうでないむさ苦しい野郎共ならば、とっくに準備が終わっているであろうだけは待ったのだが、未だに誰も出てきていない。
……アレか?
全員が全員、腹でも下したか?
それとも、間違えて食堂にでも行ったか?あの間抜け共は。
飯炊きしてやる俺もメフィストも、既にココ(広場)に居るのに、誰も居ない食堂で朝飯が出来るのを待ってました!とか抜かしやがったら、マジでぶち殺してやろうかねぇ?
……そろそろ待つのも飽きてきたし、いっそのこと寮や食堂を含んだ建物ごと、広域殲滅魔法で吹き飛ばしてやろうか?
なんて物騒な方向へと思考が傾いてきたタイミングで、男女両方の寮の玄関扉が開け放たれ、中から訓練兵達が広場へと向かって歩いて来た。
いつもなら、『遅いぞ、馬鹿者!』だとか、『いつまで歩いている!さっさと駆け足!』だとかの声を掛けるのだが、今回はそれが出来ずにいた。
何故なら、寮から出てきた訓練兵達、その全てが訓練服姿ではなく、訓練服の上から戦闘訓練を開始した際に支給しておいた、『刃引き』された訓練用の武器ではなく、刃の付いた『真剣』の武器や『実戦』用の装備品等を全身に装備した姿で出てきたからだ。
………………え?どういう事?
俺、そんな指示出して無かったよね?確か。
そんな感じで、軽くパニックを起こしていると、元第一から第五班の班長達を先頭にして、自分達で勝手に整列し出した。
……何だろう。何かモノ凄いすれ違いが有るような気がしてきたぞぅ……?
そんな俺の頭の中は完全に無視する形で、さっさと整列を終えると、訓練服の上からローブを羽織り、左手に長杖を握りしめ、腰にも長剣を吊るし、身体中にステータスを引き上げる類いのアクセサリーをこれでもか!と付けまくったジョシュアさんが俺の前へと進み出てきた。
「陛下!全員、準備完了しました!!」
そう俺へと報告しながら、教えてもいないのに、ビシッ!!っと敬礼をキメてくるジョシュアさん。
……以前も、こんな光景見たこと有るような……。
なんて考えていて、咄嗟に『お前ら何やってんの?』と問う事が出来ず、反射で
「ウム、ご苦労」
と答えた後に、改めて問い詰めようとした時だった。
それまで、いつも通りに穏やかな表情をしていたジョシュアさんが、突然に目を血走らせ、地獄の鬼の様な形相となって、逆に俺を問い詰めて来たのは。
「やっとですか!?やっとですね!!やっとなんですね!!!遂に!遂に我等500名が、陛下の指揮の元、悪逆かつ外道・卑劣の代名詞たる人族のゴミ共を粉砕し殲滅する時がやって来たのですね!!それで!?何処ですか!?何処に行き、どれだけの屍を我等は積み上げればよろしいのでしょうか!!?さあ!ご指示を!!陛下!!!」
……どうしよう。
何かヤバい方向に勘違いしてんだけど……。
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「……なんだ、ただの勘違いでしたか!まったく、それならばそうと、早目に言って下されば良かったのに」
完全にイッちゃっていたジョシュアさんに、『まだその時ではない!』と説明して、どうにか狂気を収めさせる事に成功した俺は、何であんな反応をするに至ったのかを、推定ではあるが、おそらく犯人であろうジョシュアさんへと問い掛ける事にした。
「……まぁ、あんな起こし方をした俺が言えた事じゃあ無いとは思うが、あの反応なさすがにどうかと思うよ?」
「確かに、少々やり過ぎだった感は否めませんね。しかし、それも無理は無い事かと思われますよ?
何せ、そろそろ教官の仰られていた、訓練開始時から数えて『三月』になります。そのタイミングでのアレですから、私も含めた皆が『決戦の時が来た!』と勘違いしても、仕方が無かったと思いますよ?何せ、ようやくこれまでの訓練で、教官達から授けて頂いた力を、存分に振るい、その力を授けてくださった教官達が如何に偉大な存在かを、世の中に轟かせる事が出来るのか!と思った訳ですからね」
そう言って、少し残念そうに笑うと、気を取り直すかのように表情を引き締め、言葉を続ける。
「では、一旦失礼しまして、今着けている装備等を外して来ますね。さすがに、コレらを着けたまま訓練を受けるには、些か邪魔になりますからね」
そう言って、他の訓練兵達に指示を出そうとしているジョシュアさんに対し
「いや、待て。そのまま良い。むしろ、そのままの方が都合が良い」
と声を掛けて止めさせる。
何故に?と顔にバッチリと出ているジョシュアさんに、全員をアソコへと誘導するように!と広場の片隅にこっそりと設置しておいた魔方陣を指で示しながら、指示を出す。
それに首を傾げながらも、俺の指示にしたがって、皆を陣の内側へと誘導して行く。
そして、訓練兵達が全員内部に入り、俺達教官も中へと入ると、ジョシュアさんに陣を起動するように!と指示を出す。
自分が起動する事、陣のサイズ、書き込みの細かさ等から、これから何が起こるのかを覚ったらしいジョシュアさんだったが、一瞬だけ遠い目をした後、指示に従い陣を起動させる。
それにより、俺達は強い光に包まれ、それが晴れた時には、まだまだ寒く厚着が必要だった北部の厳しい気候帯から、逆の意味で厳しい気候帯である、アニマリアの奥地へと転移が完了していたのであった。
舞台は北限から南部へ!訓練兵達の運命や如何に!




