第8話
ガサリと茂みの揺れる音と確かな殺気に気が付いて振り替えると、そこには錆びの浮いた剣を降り下ろさんと飛び掛かって来るゴブリンの姿があった。
(マズイ)
そう思いはしても、既に彼我の距離は1mを切っており、行動を起こせるとしても、ワンアクションが限界だと思われる。
回避?否。
振り返っての微妙な姿勢からではろくな回避もままなるまい。
剣による防御又はカウンター?否
そもそも先程のアレで既に腰へと戻してしまっている。抜いて構えてを挟む余裕はない。それに、左側の肩から振り返っており、左腰に差してある剣では対応の仕様がない。
では魔法はどうだろうか?否。
いくらスキルを持っている上に使用実績があるとはいえ、準備して発動するまで少々時間がかかる。それでは、こちらが射つ前にゴブリンの一撃で頭骸骨ごと魔核を叩き切られかねない。
では、仕方がない。最終手段を使うか。
覚悟を決めて意識を現実へと戻す。
するとそこには、変わらずに殺意剥き出しのゴブリンが眼前へと迫っていた。
死を直前としているせいなのか、『思考加速』のような状態になっている。
そもそもがそんな状況でなければ、先程みたいに悠長に考え事なんぞ出来る訳もない。
だが、あくまで『思考加速』だ。
『時間停止』ではない。
よくよく観察すると、ひどくゆっくりとではあるが、周囲の木葉や茂みが風で揺れているのが分かったり、ゴブリンの刃が迫りつつあるのも視認できる。
もののついでに、ゴブリンが飛び出して来たと思わしき茂みの中から、追加でもう3~4体出て来かけているのも確認してしまった。
出来てしまった……。
どうしろと……?
そんなこんなでプランA・B・Cと立てて、全て自分で却下して来たので、出来れば絶ッッッ対に使いたくなかった、それこそ本当に絶ッッッッッッ対使いたくなかった(大事な事なので二度言いました)最後の手段、プランDを選択・決行する事にする。
やることは単純
1・左腕を盾にして初撃を回避する。
左腕は叩き切られるかもしれないが、刃が腕に食い込んだタイミングで刃筋をずらしてやれば、最悪でも頭骨損傷程度で済むハズ!……多分。
まぁ、魔核さえ無事なら死にはしないから、どうにかなる!
2・初撃で仕留められなかった事に慌てるゴブリンに反撃する。
魔力で腕力を強化して殴るか、余裕が有る様なら剣を抜いて切りつける。どちらにするかは状況次第って事で!
何?行き当たりばったり?
それが何か?
3・運良く一撃で仕留められたら、骨食で損傷を復元して、残りのゴブリン共の出方を見る。駄目なら逃げる。
ちゃんと一撃で仕留められるのか?
……知らん!
良し!これで行く!
……と言うより最早これしかないのだけれどね?
覚悟を決めて腕を動かす。
……なんかヤツが剣振るよりも、俺が腕動かすほうが早くないか?微妙にだけど。
そんな事を考えていると、徐々に加速が解除され始めたらしく、周囲がその速度を取り戻し始める。
それに気付いた彼は慌てて体勢を整え、予定の位置に左腕を当てはめる。
待ち構えた左腕と
降り下ろされる剣が
互いにぶつかり合い
硬いモノ同士がぶつかり合った様な高音を立てる。
その直後
ゴブリンは空中から地面迄剣を振り抜き
彼はその場で腕を掲げたまま呆然としている。
半ばから2つに分かたれたソレは
風切り音を出しながらクルクルと回転し
ドサリと地面へ落下した。
地面へと落ちてきたモノは
中心付近、やや根元よりから
真っ二つにへし折れた
ゴブリンの長剣だった。
******
数瞬ではあるが、意識に空白が生まれてしまう。
でも仕方があるまい
何せ予想とは真逆の結果が出て来たのだから。
だって考えてみて欲しい。
いくら錆びているとはいえ、金属である長剣とただの骨がぶつかり合って、骨が負けずに剣が負けたのだ。
思考停止の一つもするのは当然だろう。
アレか?
こちらも腕を振り上げる形になっていたから、攻撃行動として『クリティカル』でも誘発したか?
と、そこまで思考して現状を思い出す。
(っと、考え事はこの程度にして、この場をどうにかしないと殺されかねん)
視線を眼前のゴブリンへと向けると、どうやらこちらも思考停止しているらしく、折れた剣をただ見詰めている。
ならば再起動する前に一撃入れてやる!
左側を前に出す形で半身になっていたので、上から下に腕を降り下ろしつつ、ゴブリンの頭部へと狙いを付けて右から左へと裏拳を振り抜く!
ゴシャッ!!
……なんだか硬めの果物を鈍器で叩き潰したような音がした気がする……。
うん、気のせいだな!
気のせいだと思う。
さっき殴り飛ばしたゴブリンは、茂みに突っ込んで動きがないので放っておくとしても、残りの連中はどう動く?
出来れば、このまま帰ってくれないかなぁ?
……駄目か。
なんかエキサイトしてるっぽい。
……あ、突っ込んで来た!
(ええぃ、ままよ!)
こちらも抜刀し、駆け寄りながら敵の現状を観察する。
相手の装備は近い順に、長剣と盾・槍・弓・杖となっている。
前の3体は置いておくとしても、最後の杖持ちはマズイ。大変いただけない。
既に魔力を集中させ始めてるし!
とにかく、魔法を放たれる前にどうにかしないと大変な事になる。
取り敢えず、急ぐしかあるまい。
わざと剣を上段に構えたまま盾持ちと接敵する。
敵はこちらが剣を振り上げているので、盾を上方に構えたまま突っ込んで来る。
こちらもそれに合わせてそのまま降り下ろす……事はせずに、肘関節を回転させて振り上げへと変化させる。
突然の軌道の変化に反応出来なかったのか、構えたままの状態で切り捨てられる盾持ちゴブリン。
おそらく、そうなる事を予測はしていたのであろう槍持ちが身体ごと突き込んでくる。
まぁ、『まさか』の気持ちがあったのか、幾分か動きが鈍くなっているけれど。
しかし、それもこちらは予想していたので、準備していたダークボールを放つ。
クリティカルが発生していた為である(多分)とはいえ、3発でゴブリンが死ぬ攻撃を、5発全弾食らった槍持ちは、その場で四散する羽目になった。合掌
残っているのは弓と杖だが、両方ともに攻撃準備が出来てしまっているようだ。
……ってアカーン!
急いで距離を詰める。
杖持ちが魔法を放つ前にどうにかしないと、本当に殺されかねん。
視界の端で弓持ちが矢を放って来たのを確認したが、今は優先順位的に放置するしかない。
しかし、矢は既に放たれているので、こちらにどんどん近付いて来る。
止まってかわす事は出来ないので、避けるしかない。
集中して避けろ
避ける
避けた!
そのまま杖持ちへと突撃する
しかし、既に放つ直前らしく、魔力が杖に集中しているのが視認できる。
このまま突っ込めば、まず間違いなく食らう事になる。
なので、速度を落とさず直前まで近寄って
フェイントをかけた上で後ろに回り込み
背後から胴を薙いだ。
背骨で少々抵抗があったが、どうにか薙ぎ払い倒しきる。
あと残っているのは弓持ちだけ。
さらに先程矢を放ったばかりなので、今は攻撃手段が無い。
ならばさっさと畳み掛けるのが上策!
なので、先の2体と同じように距離を詰めて切り捨てました。なんか柔かったです。
こうして、俺の2戦目にして最初の地獄は幕を引いた。
二度とやるものか、こんな事!