第76話
あれから少し経ち、どうにか訓練兵全員が腕立てを終え、鉄塊を抱えて走り出した。
ちなみに、第二から第五までの中で、一番素早く腕立てを終わらせ、ロードワークに移行したのは、意外な事に第四班だった。
女性も多く、戦闘経験も一際無いハズの班だったのだが、他の三班とは違い、俺の言葉に疑念や反感を挟まなかったせいなのか、ひたすらに腕立てに励み、他の班をおいてけぼりにする勢いで終わらせてしまっていた。
尚、残りの班の順位としては、職人気質でこの手のノリになれていたと思われる第三班が黙々とこなして三番目。
第五班は俺に対して恨み節全開(只の逆恨み)であり、嫌々感マシマシで割りとたらたらしていたので、時間内(二分)以内に終わらなければ、100回追加するが構わんよな?と脅してやったら、戦闘部隊としての意地に火が着いたのか、そこからカウントして、30秒で全員終わらせていた。……まぁ、終わった後に、プルプルしていたけどね?
そして、最下位で、つい今しがた腕立てを終わらせ、走りに出て行ったのが、王族(推定)率いる第二班。
一体何をどう吹き込まれたのかは知らないが、班長以外も結構なヘイトを俺に向けているようで、第五班を上回る勢いでダラダラとやっており、かなり目障りになっていたので、「そんなに嫌なら、とっとと帰れば?お坊ちゃん達?」(かなりマイルドに翻訳)と言ってやって、ようやっとやる気を出したらしく、かなり殺気立ちながらどうにか終らせ、今しがた走り出して行った。
……まぁ、途中から班長のペースがガタガタになっていたし、それに他の班員が合わせていただけかも知れんが気にしない気にしない。あの王子様(?)、かなりヒョロかったからなぁ……。
服の上からでも分かるレベルでモヤシだったけど、何でまたこんな訓練に参加したんだ?
……もしかして、あの班の連中が殺気マシマシで俺の事睨んでいたのって、『王族にこんなことをさせるとは、この無礼者め!万死に値する!!』だとか、そう言うノリか?だったら参加させんなよ……。
まぁ、血縁関係が有る事が確定レベルで二人(ティタルニア&シルフィ)に顔と雰囲気が似ている奴を、そうと分かった上で苛めている俺も、その時点で大概かねぇ?
さて、と。
第五班のお陰で、大分時間を食ったが、ようやっとこの『訓練場広場』(そのままである)から人が居なくなった事だし、俺も向かうとするかね。
そうして、無造作に歩き出し、山を拓いて作られたコース(障害物・段差等々をマシマシでお送りしております)へと向かう。
今回、訓練場として使用するために、ティタルニアから強請って手に入れたこの山……と言うか、ここいら辺の土地一帯だが、実は殆んど魔物が生息していない。
もちろん、居なかった訳ではないが、それでも他の国、アニマリアの周辺と比べると明らかに少なかったし、俺の初期出現位置でもあった『魔の森』と比べると、皆無に等しい位しか生息していなかった。もっとも、その少ししかいなかった魔物も、訓練施設の建築ついでに『気配察知』で反応が拾えなくなるレベルの範囲で殲滅しておいたから、もうこの辺りには基本的に居ないのだけどね。
まぁ、元々そんな感じの土地(起伏に富み、魔物が少ない土地)を『お願い』していた結果では有るのだけどね。
もっとも、このユグドラシル近辺は、元々魔物があまり生息していないらしいのだが。
その理由としては、人族の領地に大規模なダンジョンが在り、そちらに魔物が生まれてくる原因と成る、大気中の魔素(魔力の元でもあり、魔物の発生源でもある謎粒子)が集中しているからだと考えられているが、実際の所はよく分かっていない。(多分ヘルプなら何か知っているとは思うが、今のところはあまり関係無いので聞いていない)
だが、そのお陰でこうして訓練場なんて作ることが出来た訳だし、訓練兵達も、訓練そのもの以外からの命の危機に怯えながら訓練する必要性が無いのは、良い事だろう。
もっとも、領内での魔物の発生が少ない為、レベル自体が上がりにくく、それが原因になって全体的に弱体化していたとも考えられるから、一概に良い事とは言い辛いかな?
まぁ、弱体化の原因としては他にも、人族側がわざと戦争行為を、小規模かつ回数を抑えて行う様にした為、それまでメインのレベリングの場でもあった戦場が減少したことにより、亜人種全体の世代交代が進んだ結果、高レベルであった者達が第一線を退き、まだ低レベルな者達が大半を占めるように成った事も挙げられると思われるけれど。
そんなことを考えながら移動していると、他の建物と同様に、今回作り上げたとある建物の近くに差し掛かる。
……まだ『鞭』ばかりで『飴』を見せてもいなかったし、ちょっと仕込んで行くとするかね。
俺はその場で『意志疎通』を行い、コースで監督している教官へ『少し遅れる』と連絡を入れると、少々寄り道をするべく、その建物に歩み寄って行ったのだった。
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建物への寄り道を終わらせ、『飴』の準備を完了させてから、特に急ぐこともなくコースへと歩いて向かう。
途中で寄り道やその他をしていたため、コースに到着した頃には、既に太陽が中天に差し掛かり、時間的にも昼飯時と言って間違いない様な時間になっていた。
そんなタイミングで到着した俺は、俺や訓練兵達と同じく迷彩服を身に纏い、コースで直接訓練兵達を監督する、教官の役割を果たしていたシルフィへと声を掛けた。
「よぅ、どんな感じだ?」
俺の声に反応し、コースを指差すシルフィ。
「見ての通り、こんな|様《ざま
》よ。まぁ、初日だから仕方ないのかも知れないけど」
するとそこには、ある意味予想通りの光景が広がっていた。
正しく死屍累々。
まともに訓練を続けられているのは、第一と辛うじて第三。気力と根性でギリギリ第四、って所かね。
もっとも、『まともに』と表現した第一にしても、班長を務めているジョシュアさんが、他の班員を励まし、檄をとばして発破をかけている為そう見えるだけで、ほぼ限界であろう事は明らかだ。第三班は、持ち前の根性と、鍛冶仕事等で鍛えた体力でどうにか走っているが、多分何人か限界を超えつつあるな。顔が死にかけてるし。
第四は多分慣れだろうな。こう言っちゃあなんだけど、『元奴隷』って来歴の持ち主が何人か混じっている事もあり、そいつらが『もっと酷い時もあった』と周りを励まして(?)いるから、ギリギリもっているって感じか。獣人族の方がドワーフやエルフよりも身体能力は高くなりやすい傾向に有りはするが、現役の軍人だったり、バリバリに働いている鍛冶師達と比べると、ほぼ素人に近い彼ら(勿論現役の軍人も混ざってはいるが)では、まだこんなものだろう。むしろ、予想外に粘って食い付いてきていると言って良いかも知れない。……何でだろうか?
あれか?
恩人補正が掛かっている俺からの命令だから、遮二無二になって遂行しようとしているのか?
……あり得そうで嫌だな。
後で然り気無く、限界が近かったら言う様に言っておかないと、本当に人死にが出かねん……かも?
まぁ、ここまでは良い。
実際の処、何人か死にかけているが、それでも俺の命令通りに、一応『走っている』と言っても間違いではない状態だからね。
俺やシルフィが見ているココだけやっている振りをしている訳でなく、途中もしっかりと走り通していることは、密かにコース外から監視しているガルムからの報告で確認済みだからね。
うん。合格、合格。
こいつらは、もう既に根性は大丈夫だな。
あとは、『それ以外』だね。
だが、後の二つの班。
こいつらはアカンな。
まず、まだマシな第五班。
走れている者・約半数
早歩き程度の速度の者・約1/4
歩いて着いて行っている者・残りの約1/4
……まぁ、呆れたね。
お前さん達、元特殊部隊だろう?
一般人だって、死ぬ気で頑張って(一部本当に死にかけながら)走っているのに、お前さん達のその様は何だ?おい。
こんなのが都市攻略用の決戦戦力だったとは、この国マジでヤバかったんじゃあないかしらん?
そして、問題の第二班。
走れている者・0
早歩き程度の速度の者・0
辛うじて歩いている者・約一割
ダウン・班長含んだ残り全員
……もう、ね。
これは、アレだね。
入れ換わりを疑いたいね。
お前ら、アレだろう?
実のところ『一般人』だろう?
本当は、第四班と立場や来歴が逆なんだろう?
そうでもないと、この結果は説明出来んぞ……?
なんだろうか、この凄まじい残念感。
そう言えば、班長からして凄まじいモヤシっぷりだったっけか。
……もうこいつらには、期待しない方が良いかな……?
……まぁ、良いや。
取り敢えずは、まだまともに走れている三班に対してのケアと、そのあとの『ご褒美』だな。
俺は、第一と第三、第四班の班長に、『意志疎通』スキルで通信を入れる。
『お前ら、後一周したら終わりで良いぞ!その後は飯だ!とっとと終わらせて来い!!』
『『『!!……り、了解しました!サー!!』』』
……うん、ちゃんと覚えていた様で何よりだ。
これで忘れていたならば、昼飯から一品没収してやろうかと思っていたからな。
さて、後は『路上のゴミ』を掃除しておくか。
「……第二班並びに第五班!!直ちに整列せよ!!!」
割と俺の居る所の近くのポイントに二班とも居たため、実際にこえを出して収集を掛ける。
すると、完全に潰れていたハズの第二班がさっさと立ち上がると、さも「やっと終わったか!」とでも言いたげな顔でこちらへと近付いて来る。
……こいつら、サボっていただけか……?
俺が呆れていると、班長がニヤニヤしながら、俺とシルフィに視線を送っている。
俺に対しては半ば馬鹿にした様な感じに、シルフィに対しては、下劣な感情と共に、「分かっているんだろうな?」と言った感じの優越感と言うか、自分が上位の立場から命令していて、それが完遂されることを疑っていない雰囲気が感じられる。
……何かあったのか?
そう思って、『思考加速』も併用しながら、シルフィへと『意志疎通』を入れてみる。
『んで?このバカちんは、何でこんなに偉そうなんだ?それに、お前さんへの態度も変な気がするけど?』
すると、シルフィは思考に呆れの色を乗せながら、答えを教えてくれた。
『……あの阿呆、自分は王族だから、私から第二班はこんな下らない訓練を免除する様に要請しろ、その礼として、お前を側室に入れてやる!……だとさ。私がそれに従う事が、さも当然と言わんばかりにね』
……こいつ、仮にも王族なら、今回どうしてこうなって、何でこんな事しているのか聞いていないのか?
『私が直接『ヤキ』を入れてやっても良かったのだけど、その手の事は貴方の方が得意だからね。任せても?』
『おう。任せろ』
シルフィとの会話を終えた俺は、第五班が合流してくるのをそのまま待ち、揃った二班に対して口を開く。
「……貴様らは、教官である俺の命令に従わなかった罰として、今日の昼飯は抜き!だが、他の訓練兵達が食事を終えるまで、食堂から移動する事は許さん!!その後の後片付けもお前達の仕事だ!そして、第二班班長!前に出ろ!!」
俺の発言を聞いて、肩を落とす第五班。
……こいつらは、まだ磨き様が有るかもしれんな……。
しかし、第二班は駄目だな。
まったく堪えた様子が見られない。
おまけに、呼び出された班長は、まだニヤニヤとにやけている。
そんな奴の無駄に整った顔面に俺は、
決して死なず、歯が砕け、顔の造りが変わる程度に抑えた拳を、全力で叩き込んでいた。
「……教官への暴言、命令の無視、訓練場外での権力の行使、その他諸々合わせて死刑……と言いたかったが、初日の昼前から死人を出すのも面倒だ。まぁ、初回ってことで、その程度で見逃してやるが、次からは容赦はしないから、肝に命じておけ!」
……まぁ、悶絶しているからって聞いてないかも知れんけどね。
しかし、意外と頑丈だったのか、少しすると起き上がり、俺に対して指を差しながらこう宣ってくれる。
「貴様!王族たる俺に手を出して、只で済むと思っているのか!!」
その言葉に俺は
「勿論」
と、簡潔に返してやる。
「貴様は終わりだ!」とか続けたかったんだろうとは思うが、予想外の返答に固まるお馬鹿さん。
そんなお馬鹿さんに近付いて、そいつにだけ聞こえるように、耳元へと囁いてやる。
(……俺は、『魔王』だ。お前程度でどうこうなるハズも無いし、この国でも無理だろうな。それに、お前がちょっかい掛けていたのは、この国の直系の王族で俺の女だ。お前程度にどうこう出来るハズが無いだろう?ちなみに、疑うのならティタルニアにでも確認することだな)
そう囁いてやると、顔を青くしてへたり込む班長。
さすがに、これ以上は悪さをしないと良いのだけど……なんて思っていると、コースの向こう側から、こちらへと突進でもしてくるかの様な足音が聞こえて来る。
どうやら、まともな組がようやく戻って来たみたいだ。
最後だからと、残った体力を全部突っ込んでいるみたいだが、あんまりやり過ぎて死ぬんじゃないぞ?
まぁ、奴等は頑張っているし、時間的にも丁度良いから、そろそろ『飴』をくれてやるとするかね。




