第68話
「では、皆さん。こちらになります」
そう言って、俺達を空間移動魔法の魔方陣まで案内してくれているのは、ここ最近お馴染みになりつつある、ユグドラシルからの手紙を運んでくれていた、エルフ族の『ジョシュア』さんだ。
元々は、ユグドラシルの王城で文官を勤めていたらしいのだが、独身かつ空間移動魔法への適性が有ったとの事で、今回の件での使者として白羽の矢が立った為、泣く泣くこっちとあっちを行き来する事になったのだそうな。
……何でそんな事知っているのか?
ただ単に、仲良くなったら話してくれた、ってだけだがね?
ゆるーく、こちら側の文化レベルだとかの情報を流させる為に、一緒に食事したり、酒呑んだりしていたら、幹部連の男衆(俺含む)と仲良くなったのである。
……まぁ、いきなり使者に指名された上に、行き先は聞いたことも無い様な出来たばかりの国で、おまけに、言われて行ってみれば、両者はいきなり喧嘩寸前の状態。その二国間を、上からせっつかれながら、行ったり来たりを繰り返させられて、かなりストレスが貯まっているらしく、最近はこっちでの食事が最大の癒しなんだそうな。
職場の雰囲気や待遇もあまり良くないとの事で、近いうちに向こう(ユグドラシル)からこちら側に移住して職探しでもしようかな?とも考えているらしい。
こちらとしては、アニマリアからの移住組から、幾らか補給出来たとは言え、未だに全然足りなていない文官が手に入るのなら大歓迎だし、ぶっちゃけ、俺達が彼のストレスの源泉の片割れでも有りはするので、出来るだけの便宜は図ってやりたい。もちろん、友人としても手を貸してやりたい。
そんなジョシュアさんについて行くのは、今回ユグドラシルへと行くことになっている、こちら側のメンバー四人。
内訳は
・俺
・シルフィ
・ウカさん
・メフィスト
となっている。
一応、それぞれの理由を上げると、
・俺:一応は国同士での会談って事になるし、正式に招待もされている以上は、俺が出ない訳にはいかないから。
・シルフィ:本人曰く、ユグドラシル内部でならある程度の『力』(権力なのか腕力なのかは不明)が有るので役に立つとの事もあり、動向を許可。
・ウカさん:可能であれば、久方ぶりに故郷である『狐人の里』に顔を出しておきたいのだとか。ついでに、里の皆にもこちらへと移住するように誘ってみたいとの事。
・メフィスト:本人の立候補により、同行することに。最後まで最後の同行者の枠をウシュムさんと争っていたが、最終的に枠を勝ち取った。本人曰く、護衛に託つけた観光が目的だとか。
最後まで、四人目をウシュムさんにしようか、メフィストにしようかで悩んでいたが、一番最初に俺と同行しようとした際の約束(一緒に色々やらないか?)から、メフィストに決定した。
……別段、信仰の対象にもなっているらしい、竜であるウシュムさんでも良かったのだが、それだと俺との同行組が戦力過多になりすぎるので、国の方に残ってもらう事にした。
ちなみに、この『四人』に拘る理由なのだが、今回設置された魔方陣の許容量が『五人』だからである。
陣を起動させ、実際に魔法を行使するジョシュアさんと、一応の本命である俺は確定していたが、残る三枠をどうしようか?と言うことで、地味に熾烈な争いが有ったのだが、今回は割愛しておくとしよう。
まぁ、この四人の縛りが無ければ、皆が際限無く着いてこようとするので、良かったと、言えば良かったのかな?ぶっちゃけた話、今回同行するメンバーだけでも、国一つ位なら軽く陥落させられる自信が有る。やる予定は無いけどね?……本当だよ?
そんなこんなで、ジョシュアさんに案内されて、魔方陣へと到着する俺達。
場所的には、イストリアから少しした森の中で、予めシルフィに調べてもらっていたそれで間違いは無さそうだ。
「では、この陣の中に入っていただきます。よろしいですね?」
ジョシュアさんの指示に従い、陣の中に入る。
今更な感が絶えないが、ここで軽く、この世界における『魔法』のお復習だ。
この世界では、魔法を発動させるのには、『魔方陣』も『呪文の詠唱』も必要は無い。
必要なのは、消費するだけの魔力と、どんな魔法を使いたいのかを正確にイメージする『想像力』だけだ。まぁ、正確に言えば、『想像力』で正しく魔法の術式を構築するのに必要な『ワード』(俺が魔法を使うときに使っていたアレ)等も有ったりするが、場合によっては無くても行けたりする。(その魔法を何度も使って慣れている等)
ここまでが前提。
先程も言ったが、この世界において、魔法を行使するのに『魔方陣』は必要ではない。
ならば、何故俺達は、現在こうして、地面へと描かれた魔方陣の中に居るのか。
それは、これから使われる『空間移動魔法』には、魔方陣が必要だからだ。
矛盾した表現かも知れないが、別段嘘を言っている訳ではないし、からかっている訳でもない。
ただ単に、必要ではないだけで、使わない訳でも、存在しない訳でもないだけである。
この世界における魔方陣の用途は大別して二つ。
一つは、魔法の規模や威力の増幅。
基本的に魔法は、魔力を注げば注ぐ程、同じ構成のモノだったとしても、規模と威力が上がって行く。
もちろん、きちんと制御してやれば、見かけは同じでも、威力は段違い!だとか、威力はそのままで、効果範囲は数倍に!とかも出来る。……ムズいけど。
そんな魔法だが、魔方陣と併用することで、魔力の消費は抑えて、威力は上昇させつつ、効果範囲も倍増!なんて事も割りと簡単に出来る様になる。
但し、一々魔方陣を設置する必要性が有るので、あまり使われない。
まぁ、戦争だとかみたいに、予め設置出来る場合は、使われる事も有るみたいだけどね。
そして、もう一つ。
それは、魔法を使用する際の『目印』である。
魔法の中には希に、空間移動魔法の様に『点Aと点Bを指定して~』みたいな効果を持っているモノが有り、その手の魔法を行使しようとすると、大概は魔方陣を使ってのターゲット指定を要求される事になる。
まぁ、その手のブツの場合は、基本的に大規模魔法に分類される事になるので、やっぱりあまり使われない。
まぁ、当然と言えば当然なのだけど。
そして、空間移動魔法では、両方の用途で必要になるので、魔方陣を使っているのだ。
移動する距離や量に比例して、消費する魔力が多くなるのと、入り口と出口の設定が求められるからだ。
ちなみに、今俺達五人が入っている魔方陣だが、直径が3m程で、内部にはよく分からない文字?の様なナニカが細かく書き込まれており、細かすぎて一見真っ黒になっている部分すら有る。
なお、何を使って書き込まれているのかは、よく分からなかった。
ジョシュアさん曰く、魔方陣の大きさで、同時に移動出来る最大人数(or重量)が決まり、書き込みの細かさで、移動出来る距離が決まるのだそうな。
……これだけ細かく書き込んであるってことは、結構遠いんだろうか?
「では、移動開始します!」
そう言って、ジョシュアさんが陣に触れ、魔力を流し入れる。
すると、少しずつ、魔方陣が光を放ち出した。
そして、一際強い光を放ったタイミングで、フワッとした浮遊感に包まれ、光が引き、周囲が見える様になると、そこは外ではなく、中央に魔方陣が描かれた部屋になっていた。
「ようこそ、魔王陛下!亜人諸族連合国家・ユグドラシルへ!」
半分近く、捨てる方針で心を決めているとは言え、自らの故国に客人を招くのは心が踊るらしく、若干テンションが高めにそう言うと、ジョシュアさん自身が先導しながら部屋の扉を開く。
すると、そこに待っていたのは
鈍い金属光沢を放つ槍の穂先による槍衾と、鎧に全身を包んだ兵士達による熱烈な歓迎であった。
……あぁ、やっぱりこう言う事ね?




