第62話
俺達が双眼鏡で人族側の陣地を観察していると、潜入していたお馴染みのあいつから、『もうすぐ開戦するハズです』と通信が入り、それとほぼ同時に陣地内でテントが引き払われ、兵達が隊列を組み、ほんの一時間程で戦闘体制が整えられた。
もちろん、アニマリア側もそれを黙って見ている訳が無く、それに対応する形で拠点から出撃し、人族側と相対する形で横に広がって行く。
こうやって眺めていると、身体能力に優れるアニマリア側はある程度の人数で編成された小隊の単位でバラけているのに対して、平均的な身体能力では劣る(レベルによっては逆転する)サウザン側は、きっちりと隊列を組み、小隊を幾つか纏めた中隊単位で展開している。
ぶっちゃけ、軍としての練兵に関して言うのならば、圧倒的にサウザン側に軍配が上がるだろうな。……ここまで兵の練度が違えば、そりゃ個人の力で勝ってはいても、国が滅ぶ一歩手前まで追い詰められる事に成るわな。
前方に展開されている両軍の観察は出来たので、今度はアニマリア軍の後方に展開している遠征軍(偽)の方へと双眼鏡を向けてみる。
すると、そちらには攻め込んできた遠征軍の連中から剥ぎ取った鎧などに体を押し込み、馴れず・馴染まず・不恰好の三拍子が揃ってしまっている様子ではあるが、遠目には、隊列を組み、鎧を輝かせながら進んで来る遠征軍の英雄達に見える事だろう。
さすがに近づけば、練兵がなって無かったり、鎧のサイズが合って無さそうだったり、覗いている地肌が毛皮だったりするので、一発で分かるだろうが、そこそこ離れているアニマリア陣の更に向こう側の軍の事なぞ、詳細に見る事はまず不可能なので、まぁバレることは心配しなくて大丈夫だろう。
もっとも、バレた処でどうなるものでも無いとは思うがね?
全ての軍勢を観察し終えたタイミングで、念のため発動させていた『気配察知』スキルに、サウザン側にて動きが有った様に感じられたので、そちらに視線を向ける。
するとそこには、馬に騎乗し、立派な鎧等で武装した人族が二人進み出ていた。
片方は、毎度お馴染み、サウザン側へと潜入しているあいつ扮するナントカ将軍。
……どうやら、俺が覗いている事に気付いたらしく、俺とバッチリ視線を合わせた上で、軽く目礼までしてきたよ……。何で分かったんだ?
『一応ではございますが、私めも陛下の従僕の端くれでございます故』
……こちらの思考を読んだ様なタイミングで通信して来やがったぞ、あいつ……。
『契約』関係下に有るから、俺がどの辺に要るのかは分かる、とか言いたいんだろうけど、何で見てたって事まで分かったんだ?そこの処の説明が抜けてますよ?もしもーし?
やるせない気持ちを胸に抱えたまま、隣で同じ様に双眼鏡を覗いているメフィストの方を向くと、丁度彼もこちらを向いており、多分全てを察した上で俺の肩に手を置きながら、もう片方の手に双眼鏡を持ったままでサムズアップを決め、「慕われている様で、何よりです!羨ましい限りですな!」と宣いやがった。
「そんなに羨ましいなら、お前さんの隊に編入させておこうか?」
と言ってやったら、不変のハズの仮面の笑顔が、心なしか引き釣っている様に感じられ、メフィストにしては珍しく動揺している様でも有った。
……珍しいモノ見たなぁ……。
なんて考えていると、メフィストとは逆隣で同じく双眼鏡を覗き込んでいたジェラルドが、「……んん?」だとか「え~っと……」だとかを呟きながら考え込んでいたのだが、「あっ!」と一声洩らしながら、納得した様子で『ポン』と手を叩いていたので、何か有ったのかと声を掛けてみる。
「どうしたよ?さっきからぶつぶつ呟いて。何か面白いモノでも有ったかよ?」
「おっと、声に出てましたかね?いや、俺の所の副長と一緒に前に出てきたのがいるじゃないですか。ほら、アレです」
そう言いながら指差すので、それに従って双眼鏡を覗き込む。
すると、これまで良く見て無かったが、確かにあいつの隣にもう一人一緒に前に出てきていて、アニマリア側へと、何かを叫んでいる。……降伏勧告か、はたまた絶滅宣言か何かかね?
……なんだ、ただの狂信者か。
いや、訂正しよう。
『ただの狂信者』ではなく、『イケメンの狂信者』だな。しかも、ムカつく事に『超』を付けても構わない位のイケメンだ。
……ちっ、爆発しねぇかな?
「……で?あのムカつく糞イケメンがどうしたってか?俺は別段、野郎に興奮する趣味は無いぞ?
……それとも、アレか?お前さん、実は同性愛とかそんな性癖が……」
ジェラルドに対して尻を向けない様に注意しつつ、静かにしかし確実に距離を空けておく。
「……旦那?俺はちゃんと女が好きですからね?
で、アレなんですが、実は俺の生前の知り合いっぽいんですよね」
フム?
「お前さんと?て事は、あいつ強いのか?」
「俺の見立てでは、旦那と戦った時のレオン王とタメ位ですかね?一応、あいつも冒険者ランクSSSのハズなんで」
成る程、天から二物も三物も与えられた口か……。
チッ!死ねば良いのに……。
そんな事を思っていると、アニマリア側から一際大きな人獣族が前に進み出る。皆さんお察しの通りにレオンだ。身長だけで分かる。アレだけデカイのはレオンしか居ないだろう。以前測った時は、300近く有ったからな。最早巨人だろう、アレは。
そんなレオンは、以前俺と殺り合った際に付けていたのと、ほぼ同じ装備でこの戦場にも立っている。唯一違う点は、得物が『断頭の剣』から、俺達が予備として持ち込んでいた大剣に変わっている位である。
まぁ、俺がアレを真っ二つにしたからなんだけどね?
そのレオンが糞イケメンとあいつに何やら話し掛けている様だ。
恐らく、開戦前の口上とかそんな感じのアレなのだろう。この世界的には、当然の行為なのだろうけど、俺みたいな別世界からの移住者からすると、かなり変な光景として写るのは、仕方がないのだろうか?
……ぶっちゃけ、邪教の儀式かロハの阿呆にしか見えん。
こいつら、今から戦争するって事分かってんのかね?そんな仲良しこよしでお喋りする位なら、目の前の敵の首でも跳ねるべきじゃあ無いのか?……そうでも無いか?
そんな事を思っていると、レオンに何か言われて激昂したらしい糞イケメンが、突然抜刀する。
つられて、隣にいたあいつも抜刀し、最後に、敵として相対していたレオンが、強者のオーラたっぷりに、背中に背負っていた大剣を抜き放つ。
それを見た糞イケメンは、嘲笑を顔に張り付けて、レオンへと騎馬ごと突撃する。
自信たっぷり・余裕綽々なその表情を見るに、恐らく『断頭の剣』を持っていないレオンなんぞ恐れるに足らん!って感じなのだろう。
対するレオンは、右手に大剣を持ったまま、構えることもせずに、ダランと脇に垂らしただけの姿勢で、突撃してくる敵を見つめている。
それを見た糞イケメンは、レオンが打つ手がなくなったので諦めたと判断したらしく、更に調子に乗って真っ直ぐにレオンへと向かって行く。
……馬鹿だねぇ……。
糞イケメンがレオンの間合いにあと一歩の所まで来たが、レオンは動かない。
糞イケメンがレオンの間合いに入ったが、レオンはまだ動かない。
糞イケメンの間合いにレオンが入り、 喜悦満面で剣を振り上げるが、そこでもまだまだレオンは動かない。
そして、糞イケメンが剣を降り下ろし始めた時に、初めてレオンが動きだし、糞イケメンが剣を振り切る前に、レオンが敵を切り捨てていた。
……まぁ、こうなるだろうとは思っていたけれど、やっぱりこうなったか。
双眼鏡を顔から外して、隣にいるジェラルドに視線を向けると、こちらはこちらで、「やっぱりなぁ~」と溜め息一つついている。多分、メフィストも似たような感じになっているのだろう。
そんな感じで、見学組が呆れていると、今度はアニマリア陣から何やら歓声が上がる。
なにかと思って双眼鏡を向けると、そこには、レオンがナントカ将軍に扮していたあいつを切り伏せている様だった。
……死んだ、のか?
『陛下のご命令であれば、死すらも望むところではありますが、まだその時ではないと判断して、レオン王と一芝居打たせて頂きました。後は適当なタイミングで離脱致します』
お、おう。
つまり生きてんのね。
……仕損じたか……。
そんな事を考えていると、レオンが敵の首を取った事により、アニマリア側の士気が最高潮へと到達したらしく、敵陣へと突撃を慣行するレオンに続いて、我先にと突っ込んで行く。
それに対して、サウザン側は、魔法や弓等で遠距離から迎撃し始めるが、あの糞イケメンとナントカ将軍が、あっさり殺されたのを見て動揺したのか、今一纏まりが無く、散発的な印象を受ける。
まぁ、今までならば、これでも十分に倒しきれたのだろうけど、この戦場にいるアニマリア軍は全て俺との契約下に有る。つまり、経験値ネットワークに接続されているので、アホみたいなレベルに到達している(もしくはさせられた?)ので、そんな豆鉄砲は文字通りに『蚊ほども効かない』。
そんな超ステータスを持ち、戦意で真っ黒に染まったアニマリア軍の突貫を見て、両隣にいる野郎共にこう問い掛ける。
「なぁ、この戦闘、後何分位で終わると思う?」
ちなみに、俺は30分にベットした。
さて、何分持つかな?




