第58話
この日、統一王国南部サウザン郡の首都であるサウザン、その大会議室は、今までに無い位のざわめきを内包していた。
「どう言う事だ!」「何故あの街が落ちている?」「あの蛮族共を圧倒していたハズではなかったのか!」「遠征した戦力はどうなっている?」「完全に想定外だぞ!」「やはり、防衛戦力にもう少し残しておくべきだったか……」
まぁ、そうなって当然と言うものであろう。
何せ、今回の遠征で獣人国を完全に滅ぼし、獣人族は労働用・戦闘用の奴隷として確保し、こちら側で管理しながら、他の郡への輸出品として扱う予定すら立てていたのだ。
その為に、主戦力として常駐させていた軍だけでなく、防衛用の守備部隊や最精鋭たる近衛兵団、更に、極めつけとして、予め囲い込んでいた人外クラスの英雄達すら惜しみ無く投入し、サウザンの持てる全戦力の大半を討伐軍として編成し、送り込んだのだ。
その総数は100000を超え、あっという間に獣人国を蹂躙してくる予定だったのだから。
事実、主人公が獣人国へと加勢するまでは、この討伐軍は破竹の勢いで侵略を押し進め、首都陥落まであと一歩の所まで来ていたのだから、ここまで混乱するのも解らないでもないが。
その軍勢を皆殺しにされ、僅かな時間で戦力を立て直し、こうやって攻め込んで来るなどとは、考えてもいなかったのであろう。
しかし、気付いて予防する術は、実は半月程前から有りはしたのだ。
まず、定期的に来るハズだった連絡要員が来ない事による音信途絶。
これは、戦場ではまま有ることではあるのだが、この時点で不審に思い、警戒を厳にしておくか、もしくはサウザン側から偵察要員でも送っておけば、まだ少しはまともな状態に出来た可能性は有ったのだろう。
次に、サウザンとアニマリアとの間に存在し、アニマリア侵攻の拠点として利用していた街との音信途絶。
まぁ、ここまで事態が進んでしまっていては、最早どうにも出来なかったであろうが、この時点で行動を起こしておけば、まだ現在よりはマシな対応が出来たハズである。
そして、現在アニマリア側によって占拠され、既に拠点として稼働してしまっている、首都サウザンまで僅か半日の距離に有った街との音信途絶。
ここを、夜半に紛れてではあるが、僅か数時間で占領されてしまったのが、現状を作った最大の要因であると言って良い。
もし、アニマリア側から攻撃を受けた際に、そこが最終防衛線となるである事を見越して、緊急時の連絡手段を確保しておかなかった事が、今回の事態を招いた理由の一つとして上げても良いだろう。
何せ、その街を攻略する際に、魔王である主人公から直接(と言っても『意志疎通』スキルによってだが)、攻略部隊にいた、部隊長のジャックに対して
「良いか?静かに、しかし確実に、そして徹底して、を心掛けろよ?そこでの結果が、今後に響くからな?」
と、釘を刺した程であるのだ。
その指令が有ったお陰か、はたまた指令を達成出来なかった場合のオシオキに恐怖したせいか、とても密やかに事を進められ、占領が発覚するまでの数日間を稼げたのだから、その効果はとても大きかったと言って良いだろう。
「ええぃ、静まれい!!!」
ざわめく会議室を、その一言で強制的に静めたのは、サウザン郡総領主であるゼクス・フィア・サウザンだ。彼は、この会議の議長も務めている。
「既に脅威は目前に迫っているのだ!下らん事で無駄口叩く前に、現状を把握しろ!ノイン将軍!!」
「ハッ!!」
そう言われて、返事をしながら立ち上がる、儀礼用の騎士服を着た男性。その鍛え上げられた体は、既に中年に差し掛かっているのに、一切の弛みを見せない程の引き締まりと力強さを感じさせる。
「かの街は占拠されていると聞いたが、敵の戦力や目的等は判明したのか?」
「いいえ、まだ詳しくは判明しておりません」
その返答で、会議に参加している貴族達の半数近くが、失笑や嘲笑、落胆の色などを浮かべたが、議長たるゼクスを含んだ上位数名は、逆に顔を強ばらせる事となった。
「……それは、『探るべき情報が集まらなかったから』なのだろうな?」
先程まで嘲笑を浮かべていたメンバーは、「何を当然の事を?」と言いたげな表情を浮かべたが、当のゼクス議長は真剣その物の表情でノイン将軍を見詰めている。
「……いいえ、正確には『詳細な情報として伝えられるだけの精度を持った情報を持ち帰ってきた斥候や諜報員が居ない』為です」
それを聞いて、それまでノイン将軍を見下していたメンバーからは驚愕の、それ以外のメンバーからは『嫌な予感が的中した』と言わんばかりの表情をそれぞれ全員が浮かべている。
何せ、今回の遠征では出陣はしなかったが、今まで幾度となく部下を率いて前線に立ち、外敵を撃ち破ってきた歴戦の武人であるだけでなく、彼の率いる斥候部隊や諜報機関は『探れぬ敵は無し』と言われる程の能力を持っていることで有名なのだ。
そんな彼の部下をして、潜入や調査が出来ない、または情報を得ても持ち帰ることが出来なかった、と言うことは、敵はかなり本腰を入れて斥候狩りや諜報対策を行っていると言う事であり、それだけ力を入れていると言うことには、本気で攻めてきていると言うことになる。
俄にまた騒がしくなる室内だったが、彼がポツリと続けた「ですが……」の一言で、再度静かになる会議室。
「……ですが、何人かは、幾つかの情報を持ち帰る事に成功しており、それらの情報から敵の戦力や目的を『推察』する事は可能です」
と続けた彼の一言により、また別の意味で騒がしくなる会議室内。
それを再び強制的にゼクス議長が黙らせると、ノイン将軍へと続ける様に促す。
「……良いのですか?確証の有る情報と言う訳では無いですし、半分近くは推察や推測等で補っている状態であり、とても伝えられるモノでは……」
「構わん、それしか現状を把握する術が無いのだ、例え多少間違っていたとしても構わんから、早く話してくれ」
「……解りました」
そう言って、渋々と言った感じで口を開くノイン将軍。
元より『確証の有る情報以外は偽物だと思え』と部下達を教育して来ているので、その確証の無い情報、しかも半分近くは情報ですらない推測で補ったモノを話さざるを得ない現状は、彼にとって実に屈辱的であったのだ。
「……まず、現在、街を占領している敵戦力は、おそらくですが、多くても10000程でしょう」
「その理由は?」
「これは、どうにか潜入し、敵兵の立ち話を盗み聞きしてきた諜報員からの情報ですが、奴等はアニマリアから僅か十日程であの街まで辿り着き、占領したらしく、いかに精強な人獣族を中核に据えての行軍であれ、たったそれだけの時間でここまで到達しようとすれば、そこまで大人数では動けません。
そして、別の所では、あの街以外にも、幾つか途中で陥落させていると言う話でした。
それらの情報から察すると、おそらく敵は最精鋭の秘蔵部隊、約5000~10000程で殆ど食料等は持たず、途中の街等を強襲しながら、あの街まで到達したものと思われます。
敵兵数に関しては、スムーズに街の占拠や物資の強奪等を行おうと考えると、最低限この程度の人数は必要であり、それ以上だと、今度は大人数過ぎて動きが鈍くなるので、大体この辺りでは無いかと推測出来ます」
たったあれっぽっちの僅かな情報で、ほぼほぼ正解を導き出しているのだから、サウザンにおいて最も厄介な相手はこの男だったかも知れない。
ノイン将軍によってもたらされた情報により、息を吹き返す会議室。何せ、現存している防衛戦力は、遠征で激減しているとは言え30000から存在しているし、出陣させずに温存していた英雄達も、まだまだ残っている。しかも、その英雄達の中には、サウザン最強と謳われる人物すら残っているのだ。
そして、敵の戦力は多くても10000程度。ならば、撃って出れば簡単に殲滅出来るでは無いか!とメンバー内での気運が高まるが、それに待ったをかけたのは、情報をもたらしたノイン将軍だった。
「……今、あの街に攻撃を仕掛けるのは、得策ではないかと」
「馬鹿な!敵の戦力はこちらの1/3以下なのだろう?ならば、敵が強行での疲れを残し、こちらが気付いている事に気付かれていない今こそが攻め時であろうが!それとも、歴戦のノイン将軍ともあろうお方が怖じ気付かれたかな?」
そうやって挑発してくる貴族を完全に無視して、視線で議長であるゼクスに発言を求める。
その視線を受けて、何かしらの理由が有るのだと察したゼクス議長は、彼に発言を許可するのだった。
「ノイン、発言を許可する。お前が止めておけと言うからには、それなりの理由が有るのだろうな?」
「ハッ!ありがとうございます!
はい、率直に申し上げれば、『攻めるな』と言っている訳では有りません。もう少し待つべきであると言っているのです」
「何故だ?彼の言う通り、今こそ攻め込む絶好の機会では無いのか?」
自らの意見を重視してもらえたと勘違いして嬉しそうにしている貴族を横目に、まだオープンにしていなかった情報を公開するノイン将軍。
「……実は、これも潜入に辛うじて成功した、数少ない諜報員からもたらされた情報なのですが、あの街を占拠した彼らは、あくまでも先行部隊であり、もう少ししてから本体が到着するとの事でした」
「……では、尚の事先に叩いてしまわなくてはまずいのでは無いのかね?」
「はい。ただ叩くだけならば、疲労が残り、数も少ない今の方が良いでしょう。しかし、私が得た情報ですと、本体はそこまで多い訳ではなく、しかもあの街を占拠している部隊の将軍格よりも上位のモノが率いているとの情報でした。つまり王族であろうと推測されます。更に、その本体の後ろから、我等が遠征軍が追いたてているとの話も有りました。
それらの情報から推測すると、遠征軍はアニマリアの首都を落とす事に成功はしたが、王族が率いる最精鋭部隊は取り逃がしており、手薄になっているハズの首都サウザンへと一矢報いる為に向かっている。あの街を占拠している部隊は、王族が率いる部隊の一部であり、本体に先行して拠点の確保の為にあそこに留まっている。もう少しであそこに本体も合流するが、そこまで数が増える訳ではない。そして、王族を取り逃がした事に気付いた遠征軍は、本体を追いかける形で後ろから進軍して来ている。
あくまでも推測等で補った情報ですが、これから考えるに、今攻撃してしまえば、部隊を率いている王族を取り逃がし、反抗の目を残す結果になりかねません。ならば、多少敵戦力が増えたとしても、本体が合流してからの方が良いと思われます。それに、万が一敵の反撃が厳しく、攻め切れなかったとしても、そう遠くない内に遠征軍も合流する事になりますから、心配は無用かと思われます」
そう言い切って、ゼクス議長へと視線を向けるノイン将軍。
今までの説明を聞いて、深く考え込んでいたゼクス議長だったが、己の中に答えを見つけたのか、一つ頷いて会議室にいるメンバーに向かって発言した。
「では、ノインの提案を採用し、敵の本体が合流するまで待機!各自、いつ本体が到着しても即座に出撃出来るように、準備を怠るなよ!では、解散!!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
議長の掛け声にて、各自の持ち場や部下への指示の為に散らばるメンバー達。
もちろん、それはノイン将軍とて代わりはせず、己の執務室へと向かって行く。
執務室の扉を開き、椅子へと座り、机の上へと出しっぱなしになっていた、今回の報告書とノイン将軍直筆の取り纏め書類を眺めて、その正確さに思わず溢す。
「僅か数人をわざと忍び込ませて得させた情報で、ここまで正確に纏めるとは、こいつはとんでもない奴だったんだな……」
と。
そして、時計の魔道具を見上げ、指定された時間になった事を確認すると、彼は自らの敬愛する主へと、その主から貸与されたスキルで連絡を入れた。
「マスターへ、こちらゴーレムサブリーダー。フェイズワン完了、次なる指示を求む」




