第56話
俺達がアニマリアの王城に滞在を始めてから、一週間程が経った時、レオン王から面会を申し込まれたのだ。
実は、滞在が決まり、彼女達に部屋へと引きずり込まれたあの日から、ある意味酒池肉林(意味深)状態で過ごす事を半ば強要され、五人掛かりで搾り取られる毎日を送って居たのだ。
何度か脱走を試みたのだが、その度に捕獲され、連れ戻されるのを繰り返しており、この面会の申し込みは、正に『天の助け』となったのだった。
もちろん、一も二もなく許可を出し、その場で時間等を打ち合わせ、レオン王との面会の約束を取り付ける事に成功したのだった。。
一応、予め伝えてみた所、『必要な事だから』と彼女達からも、外出の許可を得ることに成功し、晴れて一週間ぶりに外(但し屋内)へと出る事に成功したのだ。
「……嗚呼、これが、久し振りの外の空気、って奴か……」
誰かが常に近距離でへばり付いているわけでも、誰かに貪られている訳でもない、久方ぶりに味わう自由な解放感に酔いしれる俺。
そんな俺に、憐れみと労りの色が伺える視線を送ってくるのは、俺達の世話係にして初日に部屋まで案内してくれた狼系人獣族の執事さんだ。
「……お疲れ様です、魔王陛下。随分とやつれられましたが、お身体は大丈夫ですか?」
……どうやら、心配される程に憔悴している様に見えるらしい。
一応、この体は魔力によって擬似的に形造られているモノだ。
故に、仮に傷付いたとしても、それが部位欠損の類いでなければ、魔力を消費して、半ば自動的に回復する。
先日の一件みたいに、完全に切り離されてしまった場合は、魔力を流すだけでは、暫く時間が掛かるため、闇ゼリー等で接着しきるまでは補強してやる必要性が出てくるが。
ちなみに、この『身体を構成する分の魔力』は、俺のステータス等として表示される魔力とは別枠で管理されているらしく、万が一魔力が尽きる事に成っても、いきなりスケルトン状態に、って事にはならない……らしい。もちろん、こっちの魔力も時間経過で自動回復する。
で、そんなシステムになっているのに、俺が『やつれている』のかと言う話なのだが、言ってしまえば単純な話である。
実は、この『身体を構成する分の魔力』は、動けば動いた分だけ、失えば失った分だけ消費されるのだが、その消費量が回復量を上回っていたため、身体を構築するための魔力が不足し、こうやって表に出てきているのである。具体的に言えば、頬が痩けるだとか、元々そんなに有る訳では無い血の気が更に失せたりだとかである。
……まぁ、五人掛かりで一週間もじっくりたっぷりねっとりと搾り取られれば、やつれるのは当然なのだが、同じように激しく動いている(意味深)ハズの彼女達は、疲れる様子も無く、逆に肌が艶々していたりするのだ。解せぬ。
……実は、あの面子の中にサキュバスが紛れてました!とか言われても、俺は驚かない自信が有る。むしろ納得しそうだ。
「いや、大丈夫だ。別段死にかけている訳ではないから、早く行くとしよう。案内を頼む」
こちらを心配そうに見つめる執事さんに返事を返し、大丈夫だとアピールしておいてから案内を頼んでおく。
実に間抜けな話だが、会談を受けて、どうにかあの淫獄から抜け出す事を最優先にして、思考をフル回転させていたため、何日後の何時頃に、まではこちらで決めたのだが、何処で、までは決めるのを忘れていたのだ。なので、俺は何処で会談が行われるのかは知らないし、仮に知っていたとしても、『~の部屋でやる』と言われていた所で、城の内部に詳しくない俺では、どの道こうやって案内を頼むハメになったのだろう事は、まず間違いは無いのだけどね。
暫くの間、俺に先行する執事さんの、ユラユラと揺られるモフモフの尻尾による誘惑と戦っていると、とある扉の前まで誘導されていた。
俺の感覚的に、おそらく城の上層に位置し、その中でも中央部に近い場所であると思われる。
その扉をノックし、俺を連れてきた旨を執事さんが告げる。すると中から入室を許可するレオン王の声が聞こえ、それに従い、扉を開いて俺に入室を促す執事さん。
「よく来てくれた、ジョン殿!今回の会談を受けて頂き感謝する。……しかし、以前会った時よりも、随分とやつれてはいないか?こう、ゲッソリと頬が痩けている様に見えるのだが?」
……顔を会わせる度に、体調を心配されるとなると、本格的にヤバい顔色をしているってところかね?
「……ああ、その事に関しては、大丈夫だ。まぁ、どうしても心配だと言うならば、お前さんの娘に『もう少し控え目にしておけ』と注意してくれれば、それで元気になれると思うがね?」
「アッ、ハイ。……なんと言うか、我の娘が迷惑をかけているようで……。なんと言うか、スマヌな」
何で俺がこんなにやつれているのかを瞬時に理解したらしく、なんだか微妙そうな表情で軽く頭を下げるレオン王。
そんな俺達のやり取りを横目に、部屋の中央に有る応接テーブルにお茶と茶菓子を用意する執事さん。
「では、レオン陛下、魔王陛下。私はこれにて失礼致します。ご用の際はお呼び下さいませ」
そう言って、俺達に一礼し、静かに扉を閉じて部屋の外へと出て行く執事さん。……ヤベェあの執事さんマジ執事。
「……ウチにも、あんな執事さん欲しいな……。引き抜いてって良いかね?」
「それは止めてくれ。あいつは我の所の文官長も兼任している。奴に抜けられると、流石に仕事が回らなくなるからな」
とマジレスされた。残念。
「まぁ、冗談はこの位にしておくとして、んで?今回わざわざ申し込んで来たってことは、何かしら有るんだろう?どうしたんだ?」
「うむ。取り敢えずではあるが、中間報告をな。それに、その他にも、少々相談したい事も有るのでな」
フム、んじゃ、聞くとしますかね。
俺が先を促すと、「了解した」と一つ頷いてから、こっちサイドの近況を報告しだした。
「まず、統一王国に押し下げられていた、我が国の国境線だが、今のところ、今回の侵攻が始まる前までのラインまでは確保が出来たそうだ」
「まぁ、それくらいは出来て貰わないとな。何せ、こちらからはアンデッド部隊を貸し出しているんだ、むしろ当然だろう?」
まず最初に俺達が行ったのは、統一王国に攻め立てられ、押し下げられた国境線を今回の侵攻が始まる前までの状態に押し戻す事だった。
拠点として利用されそうな町や街なんかに、アニマリアの軍から選抜した精兵5000と、今回連れてきたアンデッド部隊から隊長格数名を含ませた2500にて強襲・制圧し、使えそうな物資や情報等を強奪し、こちら側の攻撃拠点にするのが主な任務となっている。
……まぁ、こちらから出した面子の中に、ジャックやらジェラルドやらが混じっている段階で、敵さんに勝ち目は存在しなくなっているので、流石に糞ッタレな人族共でも、多少同情するがね。
そうやって確保した町や街には、首都まで避難してきていた住人を順次帰還させ、内部の再調整や復興等をお願いしている。もちろん、それらに必要な資源の類いは、フレッシュ・ゴーレム部隊によって、人々を護衛しながら各ポイントへと運び込んで有るので、大丈夫だろう。護衛が終わり次第、復興の手伝いをするように言って有るから、そこまでかからないんじゃないかね?
そして、強襲部隊として編成されなかった残りのグールナイト部隊で、これまでの戦闘での、散発的な盗賊と化していた人族の脱走兵や敗残兵等への落武者狩りや、定期的な魔物狩りによる治安維持兼食料確保によって、そこそこ環境も整い出した様だ。
「まぁ、そうであろうな。おそらく、この速度であれば、後数日の内にサウザン攻略の為の橋頭堡として利用する予定の街も落とせるだろう。我は、その一報を待ってから行軍すべきだと思うが、どうだろうか?」
「まぁ、それが無難だろうな。それに、このスピードで確保を繰り返しているとなると、多分だが、俺の所のアンデッド部隊が先行して攻略。その後から、必死こいて追いかけているアニマリア軍が確保、って感じになってるんじゃないか?それだと、早めに動かした方が良いかも知れないぞ?こっちと違って、そっちは生きてる軍隊なんだから、休ませないと、先行している部隊は過労死しかねんぞ?」
「フム、やはりな。では、我がアニマリア軍は、一報が入り次第、即座に動ける様にしておくとしよう。先行させている部隊には、合流次第休息を与える事としておくか。
さて、次だ。食糧等の戦時物資だが、一応はかき集める事には成功した。これで、今回出す予定のアニマリア軍25000の全てを、終戦まで維持出来る。……だが、予想通りに、民衆には多大な負担を強いている状態だ。このままでは、下手をしなくても餓死者が出かねない」
「まぁ、そりゃそうなるわな。で?俺が探すように言っておいたブツは有ったか?この辺りの気候帯なら、多分有ると思ったんだけど?」
そう俺が問い掛けると、レオン王は微妙そうな顔をしながら小袋を取りだし、テーブルへと置いた。
「一応な……。ジョン殿の言っていた、『湿地帯に生え、麦の様な穂を付ける草』とは、これの事かね?しかし、こんなものを探させて一体どうするのだ?こんなもの、家畜の餌程度にしか使い途の無い、ただの雑草だろう?」
そう言って、彼は袋をこちらへと押しやって確かめろ、と促す。
俺は、無言のままそれを受け取り、袋の口を開けて少量を手のひらへと出して確認する。
するとその中からは、茶色い殻に被われた、文字通りの米粒が掌へと零れ出てきた。
「……レオンよぅ」
「なんだ?」
「……これって、どの程度手に入るモノなんだ?」
「どの程度と言われても、それは雑草として扱われるモノであるからに、沼等の湿地帯には、それこそ嫌に成る程生えているモノだぞ?あえて言うならば、幾らでもだな」
それを聞いた俺は、笑みを浮かべてレオン王にこう断言した。
「安心しろ。これで、餓死者は出さなくても済むぞ。コレ、食えるから」
「は?」
そう言って、固まるレオン。
まぁ、普段から雑草として扱っていたブツが、実は食糧です、と言われて驚かないハズが無いか。
「……食える?それが?どうやって?」
「論より証拠、ってことで実際にやってみるかね。執事さん呼んでもらえるか?」
「ウム、ならば頼もうか。それが本当ならば大変な事だからな。ウォルター!!」
「こちらに」
うおぅ!いつの間に湧いて出やがった……?
「お呼びと聞きましたが、どのようなご用件でしょうか?」
「あ、ああ。取り敢えず、そこそこの大きさのボウル、これは出来れば木製を、後は先端が丸みを帯びている棒、これはそこそこ太めの奴をお願い出来るか?」
「畏まりました、少々お待ちを」
そう言って、部屋を出てから数分後、丁度使えそうなボウルと棒を持ってきたウォルターさん。……てかこの人ウォルターって名前だったのか。知らんかった。
持ってきて貰った道具を受け取り、米をボウルへと移し、棒で上から優しく叩いて脱穀をして行く。
すると、殻が身から外れ、玄米が姿を表す。
これらを精米出来れば白米になるのだが、それは追々と言うことで、玄米だけを回収し、それを持って場所を台所へと移動する。
水で磨いで糠を落とし、鍋に移してから指先で水位を計り、蓋をしてから、火加減を調節しながら炊き上げる。
「ジョン殿、なにやら良い匂いがするな」
「そうですね。私も、何処と無く甘い匂いがする気がします」
人獣族の二人は鼻が良いからか、少し前から気になっている様子だ。
炊き上がりからの蒸らしを終えた段階で蓋を取ると、フワリと米特有の香りが立ち上がる。
しゃもじは無いのでヘラを借りて皿によそい、スプーンと共に二人へと渡す。
二人は、スプーンで少し掬い、軽く匂いを嗅いでから口へと入れる。
数度咀嚼してから、再度掬い、同じように口へと入れる。
「……これは、確かに食えるな。しかも、そこそこ美味い」
「これは良いですね。噛んでいると、次第に甘味が感じられます。この粘り気も中々に口を楽しませてくれています」
白米の味を知っている(知識として)俺としては、まぁ、こんなものかね?程度ではあるが、この辺りの米がジャポニカ米に近いものであったようで何よりだ。……タイ米の類いだったりすると、調理法がガラッと変わるからな。
「こんな感じで処理と調理をすれば、結構美味しく食べられるからな。これで、食糧問題は解決って事で大丈夫かな?」
と聞いてみたが、レオンは食うのに夢中だし、ウォルターさんは農業として確立させる事と、国民に対して食糧であると普及させる方法について考えている(呟きから推測)ので反応が無い。
暫く放置して、二人共が再起動してから、まだ何か問題は有るのか、と聞いてみたが、相談したい事は食糧についてだったし、その他の問題も、既に解決の糸が掴めているそうなので、今回はこれで大丈夫だとか。
ちなみに、この後、部屋に戻った際に、シルフィに「米が見つかったよ?」と言ってみた処、感動の余りその場で泣きながら変な踊りを踊っていた。
……解らんでもないけど、そこまで過激に反応する程かねぇ?
もう少し日常回?が続きます




