第51話
脱ぎ捨てたガウンを羽織直し、佇まいを正してから、再度口を開くレオーネ姫。
「では、改めまして。人族の手により、滅亡の危機に在る我が祖国、獣人・人獣族連合国家アニマリアを滅びの運命より、救って頂きたいのです」
そう言いながら、ベッドの上に正座し、三つ指を付いて頭を下げてる彼女だが、俺はぶっちゃけた話、どう返事をして良いものか悩んでいた。
……いや、別段アニマリアを助ける事が嫌な訳ではない。一応、人族の衰退に直結するであろう事柄だし、レオーネ自身もある意味既に身内の様なものだ。そんな相手の頼みなら、聞いてあげるのも吝かではないのだが、今は状況が悪すぎる。
だって、国一つ奪い取ってまだ一月経っていないのだ。流石に反乱だとかは心配していないし、別段起こされても気にしないが、ソレ以外がかなりの問題だ。
まず、物資が足りない。しかも、圧倒的に。
理由?そんなの決まっている。先住の人族共が、後先考えずに湯水の如く使いまくっていた為だ。
奴等にとっては、亜人諸族は生きようが死のうが関係無いし、足りなくなったら補充すれば良い程度の認識しかなく、食糧とて、生産からして丸ごとぶん投げており、土仕事なぞ奴等がお似合いだ、足りなくなったら奴等の分を巻き上げれば良い、程度にしか考えていなかった様だ。……ちなみに、これは気まぐれに捕虜にした人族から聞き出した話であり、奴等にとっての『常識』であるらしい。そいつ?無論、聞き出した後、生きたままゴーレムの材料に成って貰いましたが、何か?
もちろん、こちらには、これまでの戦い等で奪った分の食糧もまだまだ貯蓄は有るし、収穫の早い作物の類いを作付けし、周辺の森等で採集して行けば、本格的な収穫期迄余裕で全員が食い繋げる見通しは立っている。治める以上は餓死者なんて出させませんよ?
だが、今のタイミングで大規模に軍を動かせば、食糧確保に使える人員の減少だけでなく、兵糧等として莫大な物資を消費する事になる。
それはいただけない。そんなことをすれば、確実に住民の何割かが餓死する事になる。これはほぼ確定事項だ。
確実に、敵方の物資を大量に強奪出来るのならば、話は多少変わりはするが、そこまで話が上手く行くはずもない。
かと言って、小規模に動かすのも論外だ。
そもそも、地理的にアニマリアへと行こうと思ったら、アニマリアを覆う形で存在する統一国家南部の連中の領土と、周囲に展開している軍を突っ切る必要が有る。俺達ならば不可能ではない処か普通に出来るとは思うが、その程度の数では、根本的な解決にはなるまい。
……それに、最低でも三月は前に奴隷と成っている(アニマリア近辺から東部であるイストリア付近迄最低一月)レオーネの口から『滅びそう』と言われている国が、まだ存在しているのか、と言った問題も有る。
正直、助けるつもりで軍を出したのに、既に滅んでました、では、笑い話にもなりはしない。
そこまで考えて、ふと気になった事が有ったのを思い出したので、この際聞いてみる事にするかね?
「……まぁ、その事に関しては、貴女も知っての通り、そうそう出来る事では無いです。しかし、何故貴女の様な貴人が、奴隷なんかに成っていたのですか?しかも、こんなに離れた場所、イストの街で」
そう、いくら間抜けな奴等とは言え、戦っている相手の王族を捕らえたのなら、取り敢えず捕虜として扱うか、もしくは奴隷にするにしても、一奴隷として売り払う様な真似はしない……とは言い切れないが、流石にそこまで阿呆じゃあ無いと思うのだけど?
「ええ、それに関しては、私が前線に出ていた時に、強襲を受けまして。その時に捕らえられ、奴隷にされた訳です。で、私が王族だとバレなかった理由ですが、ココと同じで、聞かれなかったので、自分から言わなかったら、ただの強めの一般兵だと勘違いされたらしく、こうして一般的な戦奴として出荷されました」
予想以上の阿呆でした……。
身元位は聞いておけよ、現地指揮官……。
「……王女だとバレなかった理由は分かりました。しかし、何故戦奴に?こう言ってはなんですが、貴女なら、ぶっちゃけソッチ系の方が需要はありそうですが?」
長身であることと、いくらか筋肉質であることに目を瞑れば、スタイルは凄いし、顔立ちも整っている……様に見えるから、わざわざ戦奴にする必要性が無さそうだが?
「……あー、その事なのですが、私が捕まった時に、前線で戦っていたとお話しましたよね?まぁ、少数の部隊で行動していた時に、敵の本隊に強襲されまして。その時は死に物狂いで戦っていたのですが、そのお陰で目を付けらた様なのです。女であるとか、それらよりも先に、戦闘力の方に目が行った様で、最初の段階から、生け捕りに出来たならば、戦奴として扱うのが確定していたらしいです……」
お、おう……。
なんと言うか、ドンマイ?
まぁ、『戦奴』って、最低でも強くないと、ならない奴隷だからね。
労働だとかは免除されるし、性的な奉仕だとかを拒否出来る、やろうと思えば戦闘への参加も断れる。まぁ、もちろん拒否すれば待遇は悪化するけど。
その代わり、一般的な兵士や、並の冒険者より余程強いのだけどね?むしろ、その位の戦闘力が無いと、戦奴指定はされないらしいけどね。
「で、私がイストに居た理由ですが、それは私が『人獣族の戦奴』だからですね。私達は、同胞に刃を向ける位なら自刃するので、いくら戦力が欲しくても、獣人国方面では使い物になりません。なので、対魔人族戦を予定されていたイストリアへ、更に言うなら、最前線の基地として使われる予定だったイストへと送られた訳です。
まぁ、そこで陛下にお会い出来たので、私的には、そこまで悪い事だったとは思っていないですけどね?」
そう言えば、そうでしたね。
さて、じゃあそろそろ、本気的に行こうか。
「フム、成る程。大体分かりました。しかし、こちらとしては、まだ聞かねばならない事がいくつか有ります。
単刀直入にお聞きします。貴女が居た段階で、既に王族が最前線に出なければマズイ状況に追い込まれていた国が、今現在まで存続していると確信している理由は何ですか?普通そこまで追い込まれているならば、そのまま滅ぶのが道理と言うものです。違いますか?」
多少意地が悪い聞き方だが、これを聞き出しておかないと、空振りになる可能性が高過ぎて、軍は動かせないからね。
「それは、もっともな疑問だと思います。
最大の根拠は、ティーガ将軍からの話になります。彼は、私が捕らえられた後に敗北して捕まったらしいのですが、捕まって直ぐにこちらに送られ、到着後数日と経たないうちに、あの戦闘になったのだそうです。そして、彼の話と私自身の記憶から計算して、後一月は持つだろうと予測出来ました。更に言うならば、まだ獣人国が落とされた、と言う類いの流言を聞いていないから、と言うのも上げられます。既に落としているならば、獣人国の出身の者達の心をへし折る為に、わざと大々的に流布するハズです。違いますか?
あと、王族である私が前線にいたのは、習慣として、『王族こそが、最前線にて戦うべし』と言うモノが有ったからでして、別段追い込まれて仕方なく、と言う訳では無いですよ?」
成る程、まぁ、説得力は無くもないな。
それに、生存予想も、距離的にギリギリ間に合うかどうかのラインでは有るので、間に合わない、とバッサリ切り捨てる事は出来なくなっている訳だ。
流石は王族、何が何でも言質を取りたいって所かね?
さて、では最後に、最も大事な事を聞いておかなくてはいけないね。
「成る程成る程。それならば、直ぐ様軍を動かし出せば、獣人国を救える可能性は確かに存在するでしょう。こちらのレベルやステータスを鑑みれば、かかる時間も半分程度で済むでしょうから、可能性としては、十分過ぎる程に有ると言っても、間違いでは無いでしょうね」
「!でしたら!!」
「しかし!」
そこで俺は、一度言葉を切り、それまでの比較的友好的な立場からの視点や立場を捨てて、再度口を開く。
「しかし、貴女の口車に乗って軍を出したとして、我々が得るものは何ですか?こちらは、リスクとして『軍兵の命』と『兵糧等の物資』、更に『物資不足による餓死者』までテーブルにベットしなくてはならない。貴女は、それらの犠牲や消耗等を帳消しに出来るだけのナニカをこちらに提示出来るのですか?」
そこまで言われて、初めて言葉に詰まるレオーネ姫。全く考えていなかった訳では無いのだろうが、元々支配層に居た人物では、そこら辺に考えが回らなかったかね?
「……それ、は、……人族から奪い取った土地は支配権を……」
「却下。こちとら一気に支配域が拡大したんで、それらを管理できる人材が全く足りていない。そんな時に、実入りが0で土地の管理だけ増えました、何て言った日には、こちらの内政担当が暴動を起こしかねん」
「……では、出兵の際に消費した物資の援助を……」
「ん~、却下。それが出来るなら、助けてくれ、何て言ってくる必要性は無いよね?それに、ソレを請求されたら、多分獣人国は干上がると思うけど?」
「……クッ、では、金品で、報酬としての支払いを……」
「それも却下。金なんざ貰っても、一体『何処で』『誰相手に』使えと言うのかね?それに、『金さえ出せば、良いように扱える』と勘違いされては、あまり面白く無い。むしろ不愉快だ。この条件が本気だったなら、俺が今すぐ行って獣人国壊滅させて来るけど、構わないよね?」
いや、そこで驚愕の表情で固まられても困るのだけど?
てか、俺、今まで一度も『亜人諸族ならば、無条件で助けます』何て言った事有ったか?多分無かったと思うけど?
それに、個人としてならともかく、こうして仮にも国のトップとして話しているのだから、こちらにも利益が出るように話をもって行くのは当然だし、国として舐められるのは、かなりよろしくない。
大方、俺に色仕掛けでわざと抱かせて、他国の王族に手を出したのだから、責任取ってね?とでも言うつもりだったのだろう。次点で現在みたいな交渉なんかで泣き落とし、って所かね?
まぁ、こちらが利益を求めて来たのは想定外だった様だけど。
そのお陰か、完全に援軍は望めないだろう、と半ば諦めて俯いてしまっているしね。
そんな意気消沈している彼女を見ていると、嗜虐心なんぞ欠片も湧かずに、ただただ罪悪感だけがのし掛かって来る。……ちと虐め過ぎたかなぁ?
はぁ~、と溜め息一つ付いてから、頭をガシガシ掻きながら彼女に新たな選択肢を提示する。
「……さて、ここまでが、『魔王』としての俺、『国を預かる者』としての俺の意見だ。
ここからは、直属ではないにしても、お前さんの上司としての俺。同じ戦場に出て、同じく戦った仲間としての俺だ。この立場からなら、仲間や部下のちょっとした我が儘だとか、実家が危ないだとかの話も聞いてやれるし、手伝ってもやれる。丁度、それらについての諸問題を丸ごと無視できる部隊も有ることだしね?その後の見返りは、まぁ、その時で良いだろう。
で?どうする?と言うより、お前はどうしたいんだ、レオーネよ?」
俺がそう言うと、暫くポカーンとした表情をしていたが、言いたいことを理解したのか、徐々に泣きそうな顔(多分)になり、そして、そのまま頭を下げながら、途切れ途切れにこう言ってきた。
「お願い……します……。私の国を……皆を、助けて、下さい……お願いです、ジョンさん」
それだけ言うと、彼女は落涙でシーツを濡らし始めた。
……まったく、王族として交渉なんぞしようとするからこんな事になったってのに。
最初から、一部下として、色仕掛けなんぞせずに、頭下げて「助けて」って言えば、ちゃんと助けてやったってのに。
泣く彼女を横目に、俺は部屋の外へと話しかける。
「てな訳で、もう少ししたら、獣人国に出兵するから、諸々の調整しておいてね?」
すると、扉が開いてアルヴが顔を出す。
「承知しました……と言いたい所ですが、ご自身で言われていた諸問題は如何されるおつもりですか?流石に私でも、丸投げされて解決出来る問題と出来ない問題とが有りますよ?ちなみに、今回は後者です」
まぁ、そうなるわな。
でも、一つ忘れてないかな?
「アルヴよ、詰まり現在から、『人手を減らさず』『食糧も持ち出す必要が無い』ならば、大丈夫なのだろう?」
「?それはもちろんそうですが……ってもしや?!」
気付いたっぽいね。
「そう、今回はアンデッド部隊を主戦力に据えて行軍する。何、そうそう殺られない処か、簡単に蹂躙する様が目に見える様じゃあ無いかね?」
これより三日の後、魔王ジョン・ドウは自らが造り出したアンデッド兵団を率いて、獣人国へと出立する事になる。
後の歴史書では、この出立が無ければ、現在まで獣人族は存続出来なかったであろうと書かれており、同時に、魔王にこの出立を決意させたレオーネ姫の事を、ある種の英雄として記しているモノも存在する。
次回の更新は九日の夜か、十日になる予定です。
ご了承下さい。




