第49話
◇とある兵士視点
ああ、今日は朝から騒がくて困る。
どこぞの阿呆がここに喧嘩を売ってきたらしい。
実際に少し前に口上も聞いたが、かなり無茶苦茶な事を言っていた。アレは確実に狂人の類いだな。
聞いたところによれば、敵の数は10000程しかいないとか。こちらの軍は、正規兵合わせて100000の大軍だ。
これで負ける方がどうかしているだろう。
……しかし、こうやって城で見回り巡回をしていた俺にまで、口上が聞き取れるとは、どんな魔法を使ったんだろうか?
出撃から数時間は経過しているし、少し前から少々門の辺りが騒がしくなっていた事から、おそらく戦闘は終わったのだろうな、とぼんやり考える。
窓から外を覗けば、城門の辺りに人が集まっているのが分かる。多分、出撃した兵達が凱旋でもしてきたのだろう。
……なんだか数が少ない様な気がするし、城に向かって突撃してくる様な速さで通りを進んでいる様にも見える……いや、むしろこちらの軍が迎撃するために、出動した感じか?まぁ、んな訳が無いか。
兵の数が少なくなって見えるのは、外で敵の処理や戦利品の仕分けなんかをしているからだろうし、速度にしても、敵である訳が無いのだから、別段気にしなくても大丈夫だろう。こちらから向かっているのも、軍ではなく知り合いだとかの民衆が、出迎えに行っているだけだろうし。
それに、出動したやつらの中には、確か最近魔物共に滅ぼされた(一般人的にはこう言う認識)エスタやイスト出身の奴らがいたハズだ。あの魔王とか名乗っている阿呆が首謀者だったらしいし、良い憂さ晴らしになったんじゃ無かろうかね?
それよりも、もうすぐ交代の時間だ。そしたら、俺も見に行ってみようかね?
そんな事を考えていた時だった。
雲一つ無く、陽光を遮るモノなんて何も無いハズの好天だったのだが、突然に、俺のいた窓際が暗くなった。
何があった!とパニックになりかけたが、次の瞬間には、また元通りに明るくなっていたので、只の影だったらしいと安堵する。
まったく、ビビらせやがって……と思いながら移動しようとした時だった。
何処からか、何か女性が悲鳴を上げている様な声が聞こえて来るような気がするのだ。
咄嗟に周囲を見回す。
しかし、今いるのは見晴らしの良い通路なので、そんな状態の女性が居れば、まず間違いなく、俺なんぞが見つける前に誰かが助けているし、俺とて見逃すハズもない。
では、聞き違いの類いか?とも思ったが、現に今も聞こえているし、徐々に大きくなって来ている気すらする。
後残っている可能性としては、俺が関係の無い位に離れた場所での悲鳴か、もしくは……。
と言うことで、窓際へと移り、外を覗き込む。
いまだに、悲鳴を上げ続けている事から、おそらく中ではなく外にいる可能性が高い。そう考えての行動だ。
視線を下げれば、相変わらずの人だかりしか見えてこない。……門の近辺から、広場にまで移動しているが、何か凄い戦利品でも有ったのかね?
が、しかし、肝心の悲鳴の発生源は見つからない。
視線を上げて、窓と同じ高さを見回す。
まさか、こんな高さにいるハズも……等と思っていたが、現実にはもっと別なモノを見つけてしまった。
そう、ドラゴンだ。
何でこんな所に!だとか、そんな馬鹿な……だとかが脳裏を駆け巡るが、幸いにもここは首都イストリア。ドラゴンを倒しうるランクの冒険者も多数常駐しているし、出陣した連中も先程戻っているハズだ。
ならば、俺は自分の仕事をしなくては、脅威の発見を知らせなくてはならない。
そう思い、一歩下がって踵を返そうとした時だった。
又しても、自身のいる場所に、影がさしている事に気付いたのは。
先程の影は、おそらくあのドラゴンだ。
であれば、この影も同じドラゴン、しかも別の個体の可能性が高い。
ならば、報告するためには、確実な情報でなくてはならない。ドラゴン一頭の襲撃、と報告したのに、実は二頭以上いましたでは、笑い話にもなりはしない。なので、確認が必要だ。
緊急事態に逸る心を抑え、再度窓から外を覗き、確認を開始する。
「ぁぁぁぁあああああ!!!!!」
これは、今まで聞こえていた悲鳴か?
しかも、大きくなっている!
聞こえて来る方向……これは、上か!!
そう判断して、今まで確認していなかった上方へと視線をやる。
するとそこには
仮面を被り、脇にステッキを抱え、手袋の嵌まった手で帽子を抑える燕尾服の紳士と
白い軍服に蒼い髪を持ち、おそらく今まで聞こえていた悲鳴の上げ主(?)であると思われる獣人のメス
そして、紫黒の外套を纏った、この辺りではあまり見ない顔立ちの男が空中におり、俺がこの世で最後に見る光景となる靴裏をこちらへと向けて、窓へと飛び込んで来る所だった。
******
◇主人公視点
「良し!着地成功!」
俺は、身体に付着した窓の残骸を叩き落としながら、周りを見回す。
……うん、まだ誰も来ていない様だな。
飛び込んだ拍子に、ナニか踏み潰した様な気もするが、まぁ気にしない気にしない!
そう言えば、同行した二人がやけに静かである事に気が付いたので、後ろにいるハズの二人の方へと振り返る。
するとそこには、パッと見は普段と変わらないが、流れてもいない汗をハンカチではなく服の袖で拭い、よく見ると足がカクカクと震え、ステッキの持ち方が逆さまになっているメフィストと、尻尾を腹側に巻き込み、俯せになり大の字で床にしがみつき何やらブツブツと呟いているガルムの姿が有った。
何を呟いているのか気になったので、耳を澄ませてみたが、上手く聞き取れなかった。……決して「……ヤ、ヤベェ……、危うく漏らす所だったであります……」だとか、「自分は地面が大好きであります」だとかを呟いていた訳ではないのだと、彼女の名誉の為に言っておく。
「さて、潜入(?)にも成功したし、そろそろ行くべ?」
そう言って、どうにかショックから立ち直っている様に見えるメフィストと、床からは剥がれたが、まだ尻尾を巻き込んだままのガルムと共に移動を開始する。
……おっと、約束の連絡を忘れてた。
『HQ、こちらスケルトン。応答願う』
ノリでミリタリーチックに言ってみる。分かるかな?
『こちらHQ。スケルトン、状況を報告せよ』
……流石シルフィ、良く分かったな。
まぁ、取り敢えず報告しておくか。
『こちらは、城への侵入に成功した。そちら側の状況の報告を求む』
『こちらは、門の制圧に成功、部隊も門も損害は0。既に部隊の引き込みを行い、解放へとフェーズを進行している。……ちなみに、いつまでコレ続けるんで?てか何故にミリタリーチック?』
『いや、なんとなく?突入した時に、空中から窓蹴破って入ったから、そんな気分だったってだけなんだけどね?
そっちの状況は把握したよ。こっちも適当に片付けるから、そっちも頑張ってね~。通信終了』
さて、向こうは順調そうだから、大丈夫だろう。
こっちもさすがに、侵入された事に気付いた様で、人が集まりだしたし、さっさと片付けるか。
「門の方は無事に確保出来たらし、鬱陶しい雑魚も集まって来たから、こっちも早めに確保してしまうとしよう。
てな訳で、そろそろ行くよ?」
「……あ、ああ、了解した。もう、大丈夫だ。しかし、なかなかに刺激的な体験だったと思わないか?」
「……自分も、一応大丈夫であります。でも、途中で御手洗いに寄って頂けると有難いであります」
「ん、了解。まぁ、見つけたらだけどね?」
少々内股気味になっているガルムに返事をしながら、数だけは呆れる位に沸いて出てきた雑魚共へと向き直り、全員で蹴散しにかかった。
******
三人で、延々と涌き続ける雑魚共を蹴散らしながら、上へ上へと上って行く。
何故に上か?そんなもの決まっている。洋の東西や世界を問わず、王様って奴らは上に住み着きたがる習性が有る。そして、ここの親玉は、元国王……と言うと語弊が有るが、とにかくその類いだ。故に、上にいるであろう事はほぼ確実である、QED。
とふざけてみたが、実際は『気配察知』での索敵に、それっぽい反応が上階にしか無かったから、上に登っているってだけなのだけどね?
そんな訳で、登りに登って最上階。
いい加減、欠伸しながら処か、凸ピンの一発で昇天するような雑魚共の相手をするのは飽きているので、ある程度以上のやつに出てきて欲しいところだ。
「さて、反応が固まっているのはこの先なのだけど……まともな奴は居るのかね?」
「……いや、無理だと思うでありますよ?」
「然り。貴方の言う『まとも』ランクが居るとするならば、それは先程までの戦場でしょうに。少なくとも、こんな所には居ないでしょう」
ですよね~、と半分諦めながら角を曲がる。
するとそこには、今まで涌いて出てきた雑魚共とは明らかに格が違うと分かる集団と、更にその集団よりも格上であるとはっきり分かる偉丈夫が、背後に有る扉を固めていた。
ヤベェ、あのゴツいの強そうだな!
そんな感想を思っていたら、そのゴツいのが話し掛けて来た。
「貴様らが賊か!ここまで来れたのは誉めてやる!いや、むしろお前たちの様な有望なモノ達を、正道に導いてやれなかった事を謝罪しよう……。しかし、貴様らが何を思ってこんな事をしたのかは知らないが、我等が領主様に仇為すならば―-」
……うん、何やら勘違いした上で、演説ぶちかましているけど、もう殺っても構わないかねぇ?
「--もの慈悲として、近衛隊隊長にして、この郡の騎士の中で最強を誇る私が相手をしてやる!!さあ、何処からでも掛かって来るがよい!!」
……あ、終わった?んで、何でもアリアリの許可も出たね?
……んじゃ、チョーっと本気で殺しに掛かっても良いよね?
「フッ!この私に怯えて声すら出ないか!弱者をいたぶるのは趣味ではない、こちらから行くぞ!!食らえ「はい、ドーン!」ぐべらぁぁあ!!!」
……おいおい、最強の騎士さんよ?何でただ単に、真っ正面から近付いてぶん殴っただけなのに、壮絶に戦死してんのかなぁ?
おまけに、俺が最強(笑)の騎士さんの相手をしていた、僅か数瞬の間に全滅しちゃっているのかね、近衛隊さん方?
これは、蘇らせてでもぶち殺し案件かなぁ?
……はぁ、もういいや、とっとと殺してしまおう。
そう思い直した俺は、守る者のいなくなった扉を蹴り開け中へと入ると、手当たり次第に中に居た人族を切り捨てて行く。
もちろん、一太刀であまり損壊させずにだ。そうしないと、後で検分する人が可哀想だろ?
そんな訳で、この部屋に居た連中は全て死体となり、この城で生きている奴の反応は殆ど無い。
この部屋に居た連中の誰かが総領主だったのだろうから、この戦争は俺達の勝利であると言って良いだろう。
そこまで考えた時だった。
俺は、重大な事を見逃していた事に気が付いた。
何故にこんなに簡単な事を見逃していたのだろうか。
そう、それは……
この三人の中に、総領主の顔が分かる奴が居なかった事に、皆殺しにしてから気付いたのだ。
結局、俺達が総領主の首をしっかり取っていた事が確認出来たのは、他のメンバー率いる門攻撃部隊が城まで攻め上がって来て合流してからだった。




