第46話
魔王編(仮)?開始です
イストリア前の草原で対峙する、イストリア軍と我等が魔王軍。
こちら側は、首都へと繋がる街道と森との境界で、一ヶ所に固まって陣を張っている。
こちらの最高……いや、準最高戦力である、フェンリル隊とドラゴン隊は、後ろの森にて潜伏中である。
……いざ投入の段階で、間に合うのか、と?
フェンリルは、馬なんて目じゃない位のスピードで走るし、ドラゴンは言わずとも分かるとは思うが、空路での移動になるので、距離はあまり関係が無い。
不安が有るとすれば、ドラゴン隊が移動中に攻撃されないかだが、上空を移動するドラゴンへの攻撃出来る人間や、上空からの突然の強襲に対処できる人間が、この世界に軍単位で居るとは思えないし、ヘルプに聞いてみたらそんなには居ないと言われたから、多分大丈夫。……多分。
まぁ、それに、あの手の破壊兵器はそうポンポン投入するモノじゃあ無いしね?
そんな訳で、こちらに有利な場所に陣を張れたし、現在約100000の軍と相対しているのだが、正直期待外れも良い所だ。
こちらは予め『数日以内に~』と豚に手紙を持たせて、相手の陣地まで突撃させ、それを受け取ったのを確認していた為、こうして有言実行したのに、相手さんは、全くといって良いほど準備していなかったと見える。
確かに、こちらは手紙を回収されたのが確認出来てから(手紙がトップに渡る前から)動き出したのは事実だし、少しでも見つかるリスクを減らすために、夜陰に乗じて設営したりしたが、こちらが陣を張っているのを確認してから、一時間近く経って漸く兵を外に出したり、そのやっとこさ出てきた兵だって、取り敢えず出てきました感満載での出撃である。
……考えてもみて欲しい。漸く出てきた敵兵が、欠伸混じりだったり、装備を中途半端にしか着けて居なかったり、挙げ句の果てには、他の兵が出てくるのを待つ間に、手に持った槍を支えに居眠りまでしだす始末である。
……嘗めとんのか、こいつら……?
ちなみに、これまでの敵兵の様子だが、別段ガルムやウシュムさんに見てもらったモノでは無い。
もちろん、自分で見たものだ。肉眼で、とは少々語弊が有ると思われるが。
そう、鍛治が得意なドワーフ達に依頼して、作ってもらったのだ。
この、双眼鏡を!!
本体を金属加工で作ってもらい、レンズは水魔法で同じ形に発生するように細工してもらったのだ。
一種の魔道具である。
仲間達に見せてみたら、シルフィは懐かしげに、その他は使いながら歓声を上げていた。
そんな訳で、実際に、奴らのやる気の欠片処か、緊張感が1mmも無いような面を見ているのだが、それに輪を掛ける様に不快なモノまで見えてしまっているのだ。
それは、『隷属』が付与されていると思われる首輪を嵌められた獣人・亜人族の人々が、俺達の軍とぶつかった際に最も被害の出るであろう中央部最前衛に、録な装備処か、まともな服すら着せられず、襤褸を纏った状態で立たされて居る光景だ。その数、ざっと見た限り、10000から15000程。
……奴ら、俺達の情報については殆ど知らない(知っていたら、ここまでトロトロ出来ないハズ)のに、俺が一番嫌なパターンとして想定していた事を、平気でやって来やがった。
これはアレか?嫌がらせか?
だが、こちらを知り、理解していなければ取れない選択だが、それらを含めて知っていれば、現在のようにこちらが既に展開を終えているのだから、奴らはあんなにもトロトロと展開なんぞせずに、出撃しないで籠城を決め込むのが、最上の手なんじゃないのか?
解・おそらく、これは通常の対応だと思われます。
……なんですと?
解・兵がだらけているのは練度不足。並びに、まず奴隷兵を突っ込ませて相手の数を減らす、又は装備や兵の消耗を待ってから騎兵で突撃、その後に歩兵での面制圧に移るのが常、と思われるので、ハナから気を抜いているのでしょう。
……成る程、本格的に嘗められているって訳か。
相手さんの展開が終わるのをわざわざ待ってから、シルフィの『空間庫』に放り込んでおいた、イストの時にガルムが使ったアレを取り出してもらう。
……まぁ、御大層にアレと言っても、只の闇魔法で加工して作った拡声器なのだけどね?
その拡声器を片手に、ガルムへと跨がって前に出る。
相手さんには、こちらが圧倒的少数なのに仕掛けて来たのは、こいつが居るからだと勘違いしてもらおうかね。
自陣から、100mほど離れた位置で止まり、取り敢えず宣戦布告と降伏勧告を告げておく。
『え~、こちらは魔王軍であり、俺がこの軍を統括する魔王ジョン・ドウであ~る!
我々は~、獣人・亜人諸族を不当に弾圧・差別する人族を打倒すべく立ち上がった者達であ~る!
高慢なる人族へと告ぐ~!今すぐ降伏し~、奴隷となっている獣人・亜人諸族を全て解放し~、首都イストリアを棄てて逃げるのならば~、命までは取りはしな~い!
しかし~、あくまでも戦うのであれば~、我々は貴様らを最後の一人まで殲滅し~、彼らを解放するだけであ~る!
なお~、先日の~、イストやエスタの様に~、慈悲を掛けて貰えるとは思わない事だ~!
さぁ~!返答やいかに~!!』
さて、どんな反応が反って来るかね?
『主殿、敵陣はかなりざわめいている様であります』
『……俺には、多少騒がしい程度にしか聞こえないんだけど?』
何せ、まだ敵陣との距離は2~300m位有るからね?
本当に聞こえているのか?
だが、ガルムはあっさりと返答してくる。
『自分、フェンリルであります故』
あ、そうでしたね……。
『ちなみに、どんな感じでガヤってるか分かる?』
『そうでありますね……』
聞くことに集中しているのか、ピンと立ったガルムの狼耳がピクピクと動いている。
……いかん、戦場に居るのに、ガルムの耳をモフりたくなってきた。
必死に内なる情熱と戦っていると、ガルムの調査が終わったらしく、こちらに通信してくる。
『取り敢えず判断出来た範囲でありますが
・指揮官等の上層部『奴らの主張など知ったことではないが、あのフェンリルは厄介。しかし、兵力で磨り潰しが可能。故にこちらの勝利は間違いなし』
・兵士『奴らの主張など知ったことではないが、あのフェンリルとは戦いたくはない。ほぼ死ぬのが確定するから。多分勝つだけは楽勝、ただし自分が生きていられるかは不明』
・奴隷兵『あの宣言が本気ならば、あちらに付きたいが、隷属状態ではそれも叶わない。出来れば、このクソッタレ共に一矢報いたいが、無理そうだ。いざ戦闘になったら、迷わずにこちらを切り捨ててくれれば有難い。躊躇われて被害を出すよりは、自分達の為に戦うと言ってくれたあちら側に被害を出したくない』
って感じであります。奴隷兵達のは、声が小さかったので、聞き取りに苦労したであります』
『ご苦労さん』
貴重な情報を集めてくれたガルムの頭を撫でながら、跨がったまま返答を待つ。
……まぁ、どんな返事が返ってくるのかは、大体予想出来ているけれど……。
そんな事を考えていた時だった。
その矢が、俺の脳天目掛けて飛んできたのは。
……いや、食らって無いからね?気付いていたし、見えていたから、普通に掴んだよ?ちょっと油断して、鏃が額に刺さりかけたりしてないよ?ホントダヨ?
……しかし、敵陣とこれだけ離れているのに、普通に狙撃してくるとは、意外と腕の立つ奴が居るのかね?
……あ!高ランクの冒険者か!
……うん、一部が慌ててるから、多分彼処が冒険者部隊なんだろうな。
しかし、コレって、開戦の合図と見て良いんだよな?
再度拡声器を手に取り、相手さんに声を掛ける。
『そちらの返事は受け取った~!では~、一人も残さず皆殺しにするので~、覚悟しろ~!!』
こちらが返事をすると同時に、最前衛の奴隷兵達だけが進んで来る。
皆一様に命令を下されているらしく、全員が同じ様に進んで来る。下手な軍隊よりも規律正しく10000人を越える人数が行進してくる。
それと同時に、首都の城壁の外側に出来ていたスラム街?から、雲蚊の如く人族が逃げ出して行くのが見える。
……あいつらはアレか?俺が追い回した奴らか?なら、納得だな。それと、初期の作戦は成功したってことか。
さて、現状は想定外だったが、ある意味チャンスかね?
まだ試したことは無いけど、ちょっとやってみるか。
俺は、彼ら全員を対象にして『意志疎通』を発動させた。
『あ~テステス。奴隷兵の皆さん、聞こえてますか~?どうぞ~』
『『『『『『『?!?!?!?!?!』』』』』』』
『こちらは、貴方達の目の前、約200m程に居る魔王です。……アレ?ミスったかな?』
『いや、聞こえてるぞ!』『アンタ、さっき言っていた事本気なのか?』『頼む、助けてくれ!』『それよりも、アンタすぐに逃げろ!』『そうよ、今は逃げて!』『こんな所で死んじゃいけない!逃げてくれ!』『貴方みたいな事を言ってくれる人を、俺達に傷つけさせないでくれ!!』
……成功と言えば成功だが、コレはちと煩いな……。
『悪い、一斉に言われてもよくわからん。誰か代表で話してくれ』
『……では、俺が』
『アンタは?』
『俺は、元獣人国将軍のティーガと言う者だ。丁度、最前衛の真ん中に居る虎の人獣が俺になる』
双眼鏡を覗くと、確かにど真ん中にかなり厳つい虎の人獣がいた。
……アレはアレで、ちとモフってみたい気がする。
『それで?こうやって話しかけて来たのだから、何か用が有るのではないのか?あまり時間が無い、早めに頼む』
確かに、彼我間の距離の残りは、100を切っている様だ。
『なら、単刀直入に本題に入るかね。諸君、その隷属状態から解放してやれるとしたら、どうする?』
『『『『『『『!!!!!』』』』』』』
『……どうする、とは具体的には?』
『そうだね。まずはそのまま解放されずに残る。コレはあまりオススメ出来ない。さすがに、こちらも殺しにかかるからね?
次に、解放されてこちらの非戦闘民になる。この場合は、しっかりと保護してやれる。ただし、裏切りはノーセンキューなので、その場合はバッサリさせてもらうけどね?
最後に、こちらの軍に加わって、クソッタレな奴らに一矢報いてやること。この場合は、悪いけど俺の配下として『契約』してもらう事になる。その時は、諸君らに一騎当千の力が授けられるのは約束出来る。ただし、場合によっては『人間』を辞める事になる。
俺が提示出来るのはコレだけだ。で、どうする?』
少しの間、『意志疎通』ネットワークは静かになっていたが、覚悟を決めた様にティーガが話し出す。
『……俺は、戦いたい。あの糞共に報復出来るのであれば、アンタに……いや、貴方様にこの魂を売り渡しても、構いません!ですので!俺に!俺達に!!自由を!戦う力を下さい!!!』
……まるで、血を吐く様な、決死の覚悟が分かるソレを聞き、改めて聞き直す。
『……良いんだな?俺の配下に成るってことは、この世界の『理』から外れる事になる。皆もそれで良いのか?』
残り50。
『『『『『『『『『『構うものか!俺に、俺達に力を!!!』』』』』』』』』』
残り30。
『よろしい、では、まずは皆の軛を取り払おう』
そう言って、俺は、全力で光魔法【浄化】を、彼らが全て範囲に入る様に発動した。
残り10。
俺を中心に強烈な閃光が辺りを満たす。
思わず目元を腕で庇う奴隷兵達だったが、まだ誰もその行動を取れる事の意味に気付いていない様だ。
閃光が収まり、何が起こったのか確認する為にその場で立ち止まり、自身の体を触って怪我の類いを確かめている。
そんな彼等に、ガルムから降りて近付いて行く。
残り0。
「んで?諸君、調子はどうかね?一応、既に隷属は解除されているハズだけど?」
そう言われて、漸く首元へと手を当てる元奴隷兵達。すると、そこには既に首輪は無く、隷属にて強制されることはなくなった事を示している。
ソレを確認し、暫し放心していたが、一人が歓声を上げたのを皮切りに、全員が大歓声を上げ出した。
……うん、嬉しいのは分かったけど、今は騒いで居る暇は無いからね?
手を叩いて、皆の注目を集めてから話を始める。
「ハイハイ皆さん、騒ぎたくなるのは分かったから、今は静かに!
取り敢えず、非戦闘民を選択する場合、あの街道沿いに進めば、こちらが奪取したエスタの街が有るから、そこで待機していてくれ。こちらからも先触れを出しておくから。
行かずに残った者は、俺の配下に成ると見なすから、素早い行動を期待する。
では、行動開始!!」
結果を言えば、非戦闘民に成る事を選択したのは、殆どおらず、ほぼ全員がこの場に残り、俺の配下に成ることを選択したのだった。
……まぁ、相手さんがソレをボーッと見ていてくれる訳でもなく、追撃の為に騎馬戦力を投入してきた様だ。
元奴隷兵達は、弱って録に戦う力も無い体で戦おうとしたので、『オーダー』を使用して、半ば強制的に本陣まで下がらせた。
どの道、彼らが活躍するのはこの後だから、何も問題が無いのだけどね。
そんな訳で、現在殿を勤めている魔王様。
まぁ、予定通りなのだけどね?
わざとゆっくり目にガルムを走らせる。
すると、虎の子のフェンリルの調子が悪いと見たのか、歩兵等の戦力も前に出てくる。
……うーん、もうちょっと掛かるかと思ったのだが、まぁ、良いか。
そして、俺はガルムを自陣から50m程の所で待機させると、その段階で迫っていた騎馬戦力15000を覆う形で術式を展開する。
闇属性上級魔法『カタストロフ』。
効果は単純、展開した範囲内に存在する生命を、下から貫き磔刑にする。
ソレを、予め地面に仕込み、後は範囲を指定して魔力を注ぐだけの状態にしておいたのだ。
この術式の良い点は、食らった対象があまり傷まない事だ。
「さて、始めるか」
そう呟いて、俺は術式に流しておいた魔力の質を変化させ、追加で、ある魔法を使用した。
そう、『死霊魔法』だ。
殺したての死体から作り出した、馬のアンデッド『ナイトメア』と騎士のアンデッド『グールナイト』を敵軍へと突っ込ませる。
まさか、ここまで上手く填まるとは思わなかったが、これで数の差も大分埋まっただろう。
さて、人族諸君、しっかりと踊ってくれよ?




