第99話
「……まぁ、流石に、そこまで上手くは行かんわな……」
いや、むしろ、ここまでが上手く行き過ぎた、と言うべきかね?
そんな事を考えながら俺は、手当たり次第に周辺の市民を襲いながら、奴隷にされていた亜人族達を救出しつつある、俺が鍛えた訓練組とユグドラシル軍との混合部隊に視線を向ける。
そこには、訓練組一人に付き、ユグドラシル軍が数名部下として配置され、それぞれが役割を持った一個の小隊として行動する、彼らの姿があった。
……フム?急拵えの割には、まぁまぁ良い感じに動けている、かね?
まぁ、少し気になる点を挙げるとすれば、訓練組のテンションが際限無しに点元突破しているのに対して、ユグドラシル軍側の連中は、未だに檻に入って囚われた『フリ』をしていた時並みに死んだ魚の目をしたままだし、時たま俺に対して怯えた色が濃厚に滲んでいる視線を向けてくるんだよなぁ。
……しかし、そんなに怯えられる様な事何て、した覚えは無いんだがなぁ……?
やった事と言えば精々、今回参加する連中全員に、『基礎訓練課程』一月分を72時間で全行程終了するように凝縮したヤツを受けて貰ったってだけなんだがなぁ。
その程度で、あんな凶悪な肉食動物を目の前にして、捕食される寸前になってしまった哀れな草食動物みたいな怯え方をされるのは、甚だ心外ってモノだろう。
たったあの程度の強行軍で、そんな拷問を受けた様な反応をされても、正直困る。
実際、最初の計画だと、『全課程』を72時間で終わらせる凶行軍を実践させようか、とも考えていたのだが、流石にストップが掛かったので、仕方なくあの程度に落ち着いたのである。
……普通はそれを『あの程度』で片付けない?
いや、『あの程度』で十分でしょう?
本来予定していた凶行軍の方だったら、半分位は死ぬか発狂するって前提で考えていたけど、実際の強行軍だったら、全員キチンと生き残っているのだから、十二分に優しいって。
それに、強行軍は訓練組も半ば強制的に受けて貰ったけど、大半の連中が笑いながら、残りの連中も割合と余裕寂々って感じで完走していた程度の難易度でしか無いのだから、まだまだ安全だって。
尚、本来予定していた凶行軍の方は、訓練組の連中でも、泣き叫びながら「お願いだから殺してくれ!」と自分から懇願するレベルの難易度(鬼畜度?)になる予定だったのは、ここだけの話。
と、そんな感じで実行出来なかった楽しい愉しい凶行軍について想いを馳せていたのだが、そう言えば、とほぼ完璧に忘れていた事が有ったので、それを解消するために、少し移動する。
「何処に行くのでありますか?主殿?」
そう言いながら着いてくるのは、普段の服装(軍服の様な何か)から、冒険者風のそれに着替えているガルム(ver.耳と尻尾無し)だ。
今回の作戦では、一応、遠征軍に同行した冒険者って感じで一緒に侵入する予定だったので、人族っぽい格好に変装出来る面子だけ同行が可能だった為、ガルムには頑張って耳と尻尾は引っ込めてもらっている。
ちなみに、どうやっても人族っぽくは見えない上に、ユグドラシルには居ないタイプの人獣なのでレオーネはお休み。また、本人的な拘りで、外見を変えることを拒否した(ほぼ魔力の塊みたいな存在故に、その気になれば見た目は変え放題)仮面の変態も居残りとなっている。
そして、俺に着いてガルムが移動し出したのを見て、一緒に侵入していたウカさん(幻術によって耳と尻尾は隠している)とウシュムさん(地味目な鎧に換装)も合流し、偽装の為に用意した馬車の列の先頭へと向かって行く。
その途中で、それまで偽装用にと、窮屈そうに着込んでいた鎧や、長い耳を隠す為に被っていた兜等を脱ぎ捨てているオベロン(第二部隊隊長)や、種族(血族?)特性の幻術で隠してはいたが、実際に触られる等のハプニングを防ぐために、鎧の背中側や兜の中に隠していた耳と尻尾を出しているクズハさん(第四部隊隊長)、そして、パッと見柔和なイケメンと、目付きが鋭いイケメンにしか見えないジョシュアさん(第一部隊隊長兼訓練組総隊長)とレゴラス(第五部隊隊長)が、偽装の為に被っていた兜を外して、小脇に抱えている処に遭遇した。
「よ~ぅ、君達~。調子はど~ぅだ~ぃ?(某アナゴ風)
兵士のフリ、お疲れさん。エルフ族や獣人族だってバレない様に、兵士役をやらせようと思ったら、君達訓練組しか見た目的(ムキムキのゴリマッチョorガチガチの細マッチョ)に使えなかったからねぇ。
……エルフ族って基本ヒョロイから、一発でバレるんだよねぇ……。
で?現状はどんな感じかね?」
「お疲れ様です、司令官。今は取り敢えず暴れさせているだけですね。騒ぎを聞き付けて、駆け付ける様な奴等が居たら、ついでに殲滅って感じですかね?まぁ、アレが完成するまでの時間稼ぎで良いのだから、楽なモノですよ」
そう言ってジョシュアさんが指差すのは、比較的真ん中の方にある檻で、その中では、あるエルフ族が何やら床板の部分へと座り込み、あーでもない、こーでもないと呟きながら、何やら作業をしている様に見える。
実はあのエルフ、今回の行動の為に城から拉致って来た、王家の血筋のエルフさんである。
そして、わざわざそんなけったいな奴を連れてきた理由だが、恐らく既に分かってはいるとは思われるが、一応種明かしをしておくと、あの檻に『転移魔方陣』を作ってもらう為なのである。
そもそも、今回の作戦では、例の通信(第96話参照)を、ここのトップが信じてしまったらしい事を利用して、通信の通りに、奴隷(ユグドラシル軍+訓練組女性兵達)を確保して戻ってきた兵士達(訓練組の野郎共)って偽装して近付き、外側からでは取り扱いが面倒な城壁の内側へと入ってしまい、報告の為だとかの理由を付けて、城まで接近する。
そして、『囮』を使って何人かを、城の内部深くまで潜入させ、トップを暗殺。それと同時に、パッと見は鍵がかかっている様に細工しておいた檻から集団脱走&暴徒化して大暴れ。そうして混乱が発生した段階で、今やらせている『転移魔方陣』から、今回お留守番をしているメンバーを呼び寄せて、ノーセンティア壊滅、って感じに行く予定だったのだ。
……だったのだが、城の着いた段階で使う予定だった『囮』に、何処ぞの馬鹿貴族が引っ掛かってしまい、敢えなく作戦変更を余儀なくされてしまった訳である。
そして、『転移魔方陣』を敷いているエルフの様子を見ていることにも飽きてきた俺は、当初の目的でもあった『囮』の様子を見るべく、移動を再開する。
そして、馬車列の先頭に位置し、他の檻よりも大きく、そして内装として床には絨毯が敷かれ、クッション等も置かれた豪華な檻……の様なナニかへと到着すると、目当ての『囮』へと声を掛ける。
「……では、『囮』さん。御自身の二つ名の元にもなった美貌により、馬鹿な貴族が引っ掛かった事で、作戦の内容を大幅に変更せざるを得なくなった気分はどんなモノでしょうか?お答え下さいな?『美貌の賢姫』様?ん?」
そうからかい半分に言ってやる(弄ってやる)と、こちらをジトリとした目で見ながら
「……アンタ、絶対分かってやってんでしょ……」
と、返してくる、我らが残念エロフのシルフィさん。
そう、この場に置ける『囮』とは即ち、『たまたま』侵攻先の町に居て、『偶然』捕らえられた『王族らしき』エルフである彼女の事であり、城へと到着し次第『王族らしい』って部分を強調しまくり、更に偽造した団長からの命令書にも
「このエルフは王族らしいので、総領主様に確認していただき、その後は献上致したい」
って感じの事を書いておいたので、後はそれっぽい態度の演技でもさせておけば、勝手にトップの処まで案内させ(『最後まで見届けろと命令されている』等ごねて、何人か同行させる予定だった)れば、その後はやりたい放題になる予定だったのだが、どうやら道中で『囮』を見せびらかせ過ぎたらしく、何処ぞの阿呆まで釣れてしまったのである。
まぁ、それも仕方の無い事かも知れないが……。
なんて考えながら、檻の中で胡座をかきながら、頬杖を突いてむくれてしまっているシルフィへと視線を向ける。
そしてそこには、普段ならばまず身に付けないドレス(本人曰く、『着たまま動くのが面倒になるから嫌い』だそうな)を身に纏い、所々にイヤリングやネックレスと言ったアクセサリーを付け(『王族』だったので、奪わずそのまま連れてきた設定)て、薄く化粧まで(『王族』だったので、侍女を付けて、化粧も許可してある設定)した、これまで見たことの無い彼女の姿が有ったのだった。
……ぶっちゃけた話、この状態になってから初めて顔を合わせた際にガチで
「……え?誰?」
って言ったからね?
この時改めて、『化粧』とは、『化け』て『粧おう』と書くのだったか……と実感したからね?
そんな、シルフィが入ったままになっていた檻を開けてやり、からかって悪かった、綺麗だよ?と言って(真っ赤になってクネクネしていた。喜んでいたのかね?)から手を差しのべ、降りるのを補助してやってから、先程の『転移魔方陣』を敷いていた馬車へと目を向ける。
すると、転移の際特有の強い光が発生し、一度につき100人近い人数が、完全武装状態で転移してきて、先に暴れていた連中へと合流して行く。
そして、魔方陣が開通するまで待機を食らっていた、体格的にどちらの役も無理(こんなにゴリゴリの筋肉達磨なドワーフを、どうやったら捕らえられるのか?)だったギムリ(第三部隊隊長)や、レオーネ、メフィストと言った面子も、魔方陣を通って合流してくる。
……さて、こちらの戦力は揃ったし、粗方の相手戦力は殲滅したっぽいから、そろそろ城を落としてお仕舞いかねぇ?
ま、そっちは訓練組に任せて、俺達は奴隷達を解放でもあったしておくとしますかねぇ。




