最終回(仮) さらば暮田伝衛門、また会う日まで
我輩は、陽子さんと一緒に地元の商店街を歩いていた。日用品の買い物であり、大事な最終回を迎えるためでもあった。なおもう一人の妻であるエミリアは芸能人のお仕事で、海外ロケにいっていた。なんでも映画に出演するそうな。端役からチャンスを掴むことだってあるからがんばってもらいたい。
「今日でこのお話も一区切りですね」
珍しく陽子さんがメタ発言をした。黒髪と童顔に活力がない。最終回が悲しいんだろう。
「長かったな。思ったよりも」
我輩は尻尾を腰に巻いた。ぐったりと垂れ下がっていてはかっこ悪いからだ。せっかくの最終回なんだから、背筋を伸ばして終わりたい。
「長かったですね。出会った当初は暮田さんと結婚するとは思わなかったですよ」
陽子さんは、ぐぐっと背伸びをした。さきほど買ったばかりのネギ入り買い物袋がメトロノームみたいに揺れた。
「我輩だってまさか地球で家庭を持って暮らすことになるとは思わなかった」
我輩は通り過ぎていく商店街の人々に挨拶をした。すっかり顔なじみだ。グレーターデーモンの見た目を不思議に思う人は誰も居なくなったし、犬に吠えられることもなくなった。完全に地元に馴染んでいた。
本屋の前を通過したところで思い出した。
「ああそうそう、作者はこの物語の長編版を作るつもりらしいぞ。ウェブ上に公開するかどうかは決めていないらしいが、どこかの賞にでも出すんじゃないか。まぁカテゴリーエラーで弾かれる可能性が高いが」
「仕切りなおしみたいなものでしょうか」
「きっとそうなんだろう。その際に長屋のメンバーが変化するかもしれない。口調や名前や背景なんかに」
「ちょっと寂しいですね。わたしたちだって、意志を持ったキャラクターなんですから」
「勢いで書く連載版と、じっくりかける長編版だと最適化が違うんだろう」
「本当に寂しいですね。ずっと続いてきた物語なのに」
「どんな物事にも終わりはある。受け入れる必要があるんだろう」
買い物が終わったので、我輩たちは商店街のパン屋に入った。適当なパンを購入するとイートインスペースに座った。最近の家庭内の流行だった。いつもだったらエミリアも一緒なのだが、本日はお仕事なのでしょうがない。
「本当の本当で寂しいですね。せっかく家族が増えて、これからってときなのに」
陽子さんはため息をつきながら、アンパンを食べた。
「今作者の気持ちを受信したが、なにかきっかけがあれば、続きが生まれる可能性はあるらしいぞ。あくまで可能性だが」
我輩はコーヒーをすすった。いつもより苦く感じた。だが舌の上には甘みが残った。もしかしたら未来への希望なのかもしれない。
「なら読者のみなさんと再び会える日まで、長屋のみんなが幸せに暮らせますように」
陽子さんがゴマ粒のついた手で祈りを捧げた。
「家族が無病息災でありますように」
我輩も祈った。悪魔がどんな対象に祈ればいいのかわからないが、どこかしらに通じる気がした。
もし祈った内容が叶うならば、我輩と出会った人々も幸せにしてやってほしい。地球へやってきてきから、いくつもの出会いがあった。みんな良いやつだった。なら我輩は幸運だった。
この幸運が、世界中に届きますように。
魔女のおばばから貰った特殊な結婚指輪は幸せに輝いていた。いつまでも、いつまでも。




