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7話 伝衛門捕物帳、牛乳泥棒編

「て、てぇへんすよ、てぇへんすよ暮田さ~ん! あっ、障子だ! 頭から突っこまなきゃ!」


 ぐしゃーっと頭から障子に突っこんで、元勇者の園市が我輩の部屋に入ってきた。


「なんだ園市やぶからぼうに障子に頭から突っこんで」

「お笑い芸人はツカミが命っすから! じゃなくて、近所の小学校で牛乳泥棒が出たんですって!」

「……それは災難さいなんだな」


 長屋の住人むけの書類作業に戻ろうとしたら、園市がガサーっと書類を取っぱらってしまった。


「下着泥棒のときみたいに俺たちで犯人みつけましょうよ!」

「警察とやらに任せればいいだろう」

「給食の牛乳盗まれたぐらいで警察なんて子供が泣いちゃうっすよ」

「ふーむ、そうかもしれないな。それで園市、お前学校はどうした?」


 本日は平日であった。


「面白そうな事件だと思ったんで早退してきたっす! あいだっ!」


 我輩は園市の頭をごちんっとゲンコツした。


「ちゃんと学校にいかないとダメだ」

「なんすか、一日ぐらい見逃してもいいじゃないっすか」

「お前はバカなんだから出席日数で卒業するのだ」


 というわけで園市をちゃんと授業に出席させると、放課後になってから小学校の調査を開始した。


 夕暮れの小学校には、石灰と砂ぼこりの匂いが充満していた。

 ぽつぽつとランドセルを背おった子供たちが校庭で遊んでいて、我輩を見るなり大声で叫んだ。


「あー! 不審者だ!」


 びーびーっと防犯ブザーを鳴らされた。


「なぜ我輩が防犯目的で鳴らされないといけないのだ」

「毛深くて角が生えてて顔が怖いから」

「むー、そういわれると言いかえせない」


 すると園一がヘンな顔で会話に割りこんだ。


「ふんばらふんばれぼんぼご!」


 小学生たちはゲラゲラ笑って防犯ブザーを止めてくれた。

 うーむ、一発ギャグが子供の警戒心を解いたらしい。


「すごい機転きてんだな園一、見直したぞ」

「へへーん。お笑い芸人目指して特訓してるっすから。じゃなくて、子供たちに事情聴取じじょうちょうしゅしないと」


 というわけで子供たちに牛乳泥棒の事情を聞くことになった。


「あのね、給食の時間になると、どこかの教室の牛乳が一個なくなっちゃうの」

「一個だけか?」

「うん、給食室から運びだすときには、一個なくなってるの。ケースから抜きとられてるんだってさ」


 内部犯の可能性が濃厚のうこうになったところで事情聴取は終わり、さっそく給食室へ向かった。


 とっくに昼は終わっているわけだから料理は一品も置いてなかったし、給食のおばちゃんと呼ばれる労働者たちも退勤したあとだ。


 だが二十代ぐらいの女性がひとりで調査していた。お菓子みたいな甘さと調度品のような美しさをあわせ持った顔だった。おまけに色白で、胸も尻も熟した果物みたいにふくらんでいる。魔族の我輩をうならせるほどの美人だ。


「あら、園一くん。本当にきてくれたのね。先生、うれしいわ」


 我輩の耳元で園市が「先生はこの小学校で働いていて、俺とはお笑いサークルで知り合ったんです。美人でしょう」と告げた。


 つまり思春期まっさかりの男子が、年上の美人に頼まれごとをして鼻高々になった結果か。

 まったくけしからんな。勉強もそっちのけで美人とサークル活動などと。実にけしからん。

 ねちねちと羨んでいると、園市が紹介してくれた。

 

「こちらが暮田さんっすよ。賢い人だから犯人見つけてくれると思うっす」

「まぁ、あなたが口うるさいけど根はいい人の暮田さんね。園市くんから話は聞いてるわ」


 口うるさいは余計だと思うが、賢くて根はいい人はあっているだろう。


「我輩に任せてくれ。もし本当に危ない泥棒だったら女性だけでは危険だからな」

「まぁ、やさしいんですね。ではよろしくお願いします」


 さっそく捜査開始だ。なお我輩と園市は、美人先生にいいところをみせてやろうと肩に力が入っていた。


「しかし暮田さん。どうやって見つけるんすか?」

「実はもう発見した」

「へ?」

「出てこい。隠れてもムダだぞ」


 ひゅるりりりりと鬼火が表出ひょうしゅつして、足のない女の子の霊体が地面から浮きあがってきた。


「ゆ、ゆ、幽霊じゃないっすか――――っ!!」


 園市が腰を抜かして、幽霊を指さした。


『はい幽霊なんです。うらめしやー』

「ちょ、ちょっと俺を食べたっておいしくないっすからね!」

『幽霊に偏見へんけんあるんですねーしくしくしく』


 らちがあかないので、我輩がバトンタッチした。


「我輩に偏見はないぞ。魔族だからな」

『そうですねぇ。あなたすぐわたしを見つけてくれたし』

「アストラル反応があったからな、典型的てんけいてきな人間霊だ。成仏できなくて困っているのか?」

『実はそうなんです』


 幽霊は、床下から盗んだ牛乳パックをまとめて出した。口が開いていない。幽霊だから飲めないのだ。


『生前、お笑い芸人が大好きだったんですが、最後に牛乳を使った一発芸が見たくて成仏できないんです』

「……ずいぶんとマニアックな要求だな」

『汚れ芸人が大の好物でして』


 汚れ芸人――我輩は、ちらっと園一を見た。


「任せてくださいっすよ! 俺、出川哲郎さんマジで尊敬してますから!」


 園市が、ばばばっと衣服を脱いでパンツ一枚になったら、女の子の幽霊は顔を赤らめて両手で顔をおおった。


『脱ぐなら脱ぐっていってください!』

「なにいってんすか! 汚れ芸人ならこれが正装っすよ!」


 いきなり頭から牛乳をかぶって、その勢いのままパンツを脱ぐと、その空パックで股間を隠した。

 ……いや待て臭い!

 毎日盗んだ牛乳だから腐っていたのだ!

 これは……すがすがしいまでの汚れ芸だ。

 だが様子を見にきた美人先生が、園市の格好かっこうに悲鳴をあげた。


「きゃー! 変質者へんしつしゃ!」

「え、ちょっと俺っすよ!」

「あなたみたいな腐った牛乳くさい変態知りません!」

「えええええええ!? 幽霊さんも無実むじつ証言しょうげんしてくださいよ!」

『満足したので成仏しまーす』


 きらきらーっと幽霊は満足して成仏してしまった。


「うっそだー……」


 ファンファンファンファンっとパトカーのサイレンが近づいてきて、牛乳まみれの園市は変質者として補導ほどうされてしまった。

 あわれな園市、と思っていたら我輩までしょっぴかれた。なぜだ?


 誤解がとけた帰り道。

 我輩と園市は、すっかり暗くなった土手でたそがれていた。


「なんで我輩たち、毎回誤解されて逮捕されるんだろうな」

「でも俺、良いことしたから満足してるっす」


 幽霊が成仏できたし、牛乳泥棒もいなくなったのだから、いいのかもしれない。

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