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77話 カップラーメンの三分間

 カップラーメンの三分間には、二つのドラマが詰まっている。


 無限の期待感と、無限の失敗だ。


「ああああ! 三分間だけ漫画読もうと思ったら二十分経ってたぁあああああ!」


 我輩は漫画を胸に抱いて絶叫した。


 二十分も放置してしまったから、麺はデロデロに伸びていたし、スープはすっかり冷めていた。


 かといって捨てるのはもったいないから泣く泣く食べるわけだが、本来のうまさを失っていた。


 なんだか損した気分である。しかし我輩前向きだから素敵なアイデアで巻き返すことにした。


 もう一個食べてお口直しすればいいのだ。


 というわけで近所のコンビニで新商品のカップラーメンを購入してくると、熱々のお湯を注いだ。


 あとは三分待つだけ。たかが三分されど三分。この待ち時間がたまらない。新商品には当たり外れがあるから、当たっていたらいいなぁと期待に胸を膨らませるわけだな。さきほどは漫画を読んで失敗したから、今度はなにもしないでひたすら完成を待つことにしよう。


 ワクワク、ドキドキ。


 いきなり我輩の部屋に来客あり。魔界の飛脚が魔方陣から出現した。


「二等書記官さんのお宅でよろしいですね? 魔力のサインをお願いします」


 魔力のサインを伝票に書き込んで荷物を受け取ると、飛脚は魔方陣の彼方へ消えた。


 しかし誰が送ってきたんだろうか? 親族や友人なら直接届けにくるはずだが。


 伝票の控えを詳しく調べたら、なんと母校からである。どうやら先の戦争で崩壊した幼年学校の廃墟から卒業文集を発掘したので、すべての卒業者たちへ送付しているようだ。


 ぱらぱらと卒業文集をめくってみたら、懐かしい顔ぶれが並んでいた。中には戦死してしまった友人もいるので、ちょっぴりセンチメンタルな気分にもなったのだが、おおむね前向きな気持ちになれた。


 なお我輩の将来の夢の欄には『父上のように立派な官僚になりたいです』と書いてあった。


 …………今の我輩、はたして立派な官僚だろうか?


 カップラーメンの出来栄えに満足できなかったから、追加でもう一個買ってくるようなやつになっているのだが…………ん、カップラーメンを追加でもう一個?


「しまった! お湯を入れてから十五分も経過しているではないか!」


 我輩は卒業文集を胸に抱いて絶叫した。


 わざわざ語ることもないだろうが、新商品のカップラーメンはでろんでろんに伸びていた。


 くっそー! こんなはずじゃなかったのだがなぁ。漫画の次は卒業文集が地雷だったか。完全に油断した。


 だが捨てるのはもったいないから、すっかり伸びた新商品の麺を食べてみれば、やっぱり本来のうまさが失われていた。


 ……どうする、素直に諦めるか? 普通は一日に二個もカップラーメンを食べればラーメン欲が満足するはずだ。


 でも一個目も二個目も本来のうまさを味わえなかった。なんだか負けた気がする。なにに負けたのか自分でもいまいちわかっていないが、とにかく敗北感がヘドロのようにまとわりついていた。


 ……よし、もう一個だけ、もう一個だけ食べよう。


 今度はスーパーマーケットで定番の商品を買ってきた。誰もが食べなれたベストセラー商品ともなれば、お湯を入れる前から味を想像できる。これなら油断せずに三分間を過ごせるはずだ。


 さっそく熱湯を注いだら、まるで申し合わせたように長屋の管理人である花江殿が入ってきた。なにかの作業中らしく、艶やかな黒髪を一本に結んで、エプロンと軍手を装着していた。


「暮田さーん。倉庫の電球を交換してほしいんですが」

「三分間だけ、三分間だけ待ってくれ! そうしたら真面目に働くから!」

「あぁ、カップラーメンの三分ですか」


 花江殿の目線は、熱湯を注いだばかりの定番カップラーメンと、空っぽになった二つの容器へ向けられていた。納得してくれたように思えたのだが、とんでもないことを言いだした。


「なら電球を交換することによって、ちょうど三分経過ってことになりませんか?」


 花江殿の提案は悪魔の誘惑であった――いや我輩は悪魔なんだが――とにかく花江殿は善意によって悪魔のごとき罠を仕掛けたわけだ。


 今日の我輩は絶望的に運が悪いから、倉庫の電球を交換したらトラブルが起きて麺が伸びる未来が容易に予測できた。


 かといって花江殿の提案を断ると『適当な言い訳をして電球を交換する仕事すらサボったダメなやつ』という烙印を押されてしまうだろう。


 ぐぬぬぬ、なにか名案はないものか。トラブルを回避しつつ、怠け者の烙印を避ける方法が。


 ……あった! こうやって葛藤することで三分間経過するのを待てばいいのだ!


 よし、葛藤開始。あぁ、困ったなぁ。我輩だって本当は電球を交換したいのだがラーメンの三分間も大事だから。あぁ葛藤、葛藤。


 ――ずるずるずる。なぜか麺をすする音が隣で聞こえた。


「暮田さんがお仕事をしない原因を、わたしが排除することにしました」


 花江殿が我輩のカップラーメンを食べていた! 三分間ジャストで完璧な味わいになったやつを!


「なぜぇえええええ! そんな無慈悲なことができるのだぁあああ!」


 我輩は花江殿の前で崩れ落ちた。完敗だ。もはや勝利の道が見えなくなった。


「それじゃあ電球を交換してきてくださいね。慌てないでゆっくりでいいですよ」


 花江殿は新品の電球をエプロンのポケットから取り出した。


 しょうがない。素直に交換してくるか。倉庫の天井は高いから、花江殿の身長だと脚立が必要になるものな。もし脚立が倒れたら怪我してしまうし、我輩がやったほうがいいだろう。


 新品の電球を受け取ると、埃っぽい倉庫で地道に交換作業をして、ちゃんと点灯することを確認してから、部屋へ戻った。


 すると花江殿がコンビニ限定発売の珍しいカップラーメンを差し出した。


「はい、お湯を注いで三分のやつですよ。お仕事お疲れ様でした」


 どうやら真面目に仕事をすると報われるらしい――と思ったのだが、ドクダミ茶カップラーメンとかいう珍しすぎて誰も喜ばない味だったので、もしかしたら嫌がらせだったのかもしれない。

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