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67話 ゴールデンウィークと父親とカツラ

 カツラ。それは毛髪の薄くなってしまった人間が、ふさふさに擬態するための道具だ。あくまで体裁を取りつくろうための道具だから、他人にバレたときに嘲笑されることが多い。


 よくあるのは、偉そうな政治家や校長先生が壇上で演説を打っているのに、突然の強風でカツラがズレたときではないだろうか。テレビ画面を通した見ず知らずの他人だったら、一緒になって笑うことができるだろう。


 だがもし自分の父親がカツラの使用者だったらどうする?


「我が息子よ。真面目に働いているか?」


 今日の父上は現役時代のオーダーメイドスーツを装着して長屋に遊びにきたのだが、脳天に風が吹くとカツラが微妙に浮き上がった。


 最近父上の毛皮薄くなったなぁと息子ながらに思っていたのに、ある日とつぜん頭のところだけふさふさになっていたらバレて当然であった。


 かといって無遠慮に『父上、カツラにしたのか?』なんて訊ねるわけにはいかないだろう。だって本人バレてないと思っているから、わざわざ現役時代のオーダーメイドスーツでビシっと決めているんだから。


「や、やぁやぁ父上。やはり現役時代の格好が一番似合うな」

「ふふん。そうだろうそうだろう。父は今でも若いやつには負けないからな」


 父上は鼻高々であり翼と尻尾を自信満々に揺らした。やっぱりカツラを指摘したらプライドをへし折ってしまうだろう。引退した父親というのは、プライドを維持するのが難しいお年頃なのだ。


 うまい対処方法がないものか、魔界の母上に魔法通信で質問した。


『――母上、母上、父上がカツラをかぶってきたぞ。いったいなにがあったのだ?』

『親戚の子がイメージチェンジで毛皮を刈ったんだけど、その余りを使ってカツラを作ったの。それをつけたお父さんったら、若いころを思い出しちゃって、オーダーメイドスーツを引っ張り出して色々なところへお出かけしているのよ。さっきまで城にいたみたいね』

『魔王殿と兄上のところにも…………それで二人はカツラを指摘したのか?』

『気づかないフリを通したみたいよ。なんだかんだ愛されてるわね、お父さん』


 どうやら魔王殿と兄上は、父上が飽きるまで気づかないフリを通したらしい。兄上はともかく、あの魔王殿ですら我慢したんだから、我輩が指摘するわけにはいかないだろう。


 しょうがない。父上が飽きて魔界に帰るまで持久戦といこうか。


「父上、本日の地球は風が強い。部屋の中で話そうではないか」

「それより地球を観光案内してくれ。長屋だけではわからんからな」


 なんで気を使ってやったのに、わざわざカツラが吹き飛ぶような場所を歩きたがるのか。


「いいか父上。天気予報によれば、午後から春にはありがちな強風になるのだ」

「案ずるな。父は強いから風の魔法が直撃してもノーダメージだ」


 カツラが大ダメージだろうが! と言いそうになったが、自分の尻尾をギギギっと握り締めることで耐えきるなり、対カツラ作戦のプランBを提案した。


「なら東京スカイツリーへいこう。地球が一望できるぞ」

「うむ。案内してくれ」


 二人で空を飛ぼうとしたのだが、向かい風でカツラが吹き飛ばされてしまうことを恐れて、自動車で行くことにした。運転免許とっておいて本当によかった…………。


「我が息子よ。地球の乗り物も操れるようになったのか」

「ああ、苦労したぞ。馬やドラゴンとは勝手が違うのだ」

「お前は地球暮らしが長いから気にしていないみたいだが、グレーターデーモン二体が自動車なる乗り物で移動しているのは、とてもシュールだぞ」


 グレーターデーモンがカツラで体裁整えているほうがよっぽどシュールだろうが! と言うわけにもいかず、適当な日常会話でカツラから気をそらしつつ、東京スカイツリーへやってきた。


 天を貫くほどの巨大タワーである。かぎりなく青に近い白の外装が美しい。ゴールデンウィーク明けだからかお客さんは少ない。それでも観光客が途絶えないあたりが人気のスポットというわけか。


「我が息子よ。この巨大建築物はなんのために作られた?」

「電波塔だ。テレビジョンという文明の利器を映すために稼動している。まぁ民族の象徴や観光スポットしての役割のほうが大きいだろうが」

「地球は面妖な道具を作るようだな。魔法を使えば遠くの映像だって見えるだろうに」

「そのリアクションは地球にきたばかりの我輩がやったぞ――あ」


 猛烈な強風が吹いた。それも東京にありがちなビル風。我輩は咄嗟に父上を抱きしめる形でカツラを抑えた。ふぅ、危ない、危ない。一歩遅かったら公衆の面前でカツラが飛ぶところだった。


「どうした我が息子よ。久々に父と再会したのが、そんなに嬉しいか」

「う、うむ。そうだな。地球ではゴールデンウィークなる長期休暇があったので、我輩も親孝行をしておこうかと思ってな」

「おぉ、家族サービスに関してはお兄ちゃんより手厚いな。感心感心」


 どうにかごまかせた。しかし疲れるな、カツラに気づいていないフリをしながら、強風からカツラを守るのは。だが持久戦と決めたのだから、もう少しの辛抱だ。


 さっそくスカイツリーの受付で入場料を払うと、父上と一緒にエレベーターに乗ることになった。だが我輩と父上の体重は二人合わせて500キロ近くになるため、安全性の問題からスタッフと三人だけで乗った。


 うぃーんっと電気仕掛けのモーターが回転してカーゴが上へ上へ押し上げられていくわけだが、慣性の法則が働く。さらりと嫌な予感がした。物理法則が敵になる気がする。


 予感は的中した。カーゴが目的の階層で停止した瞬間――慣性の法則に則ってフワっとカツラが浮いたのだ。


 スタッフがカツラに気づいて口を半開きに――ふと我輩と目があった。


 アイコンタクト――頼むから、父上のカツラに気づかないフリをしてくれ。


 意思の疎通が完了。スタッフは無言でこくこくとうなずいてくれた。ああ、いい人でよかった。


「どうした我が息子よ、バチバチとまばたきを繰り返して」

「ちょっと目にゴミが……」

「ゴミが目に入ったぐらいでまばたきするなど、グレーターデーモンとして情けない行為だぞ」


 カツラに配慮してやったのに、なんて言い草だ! と言いたいところだが、すーはーと深呼吸して怒りを静めた。


「父上、そんなことより観光を続けようではないか」

「おお、そうだな。楽しいことを考えよう。せっかくの親孝行してくれるのだからな」


 カーゴを出て展望台へ入った瞬間――いきなり白い翼を持った化け物が襲来!


 わかりやすくいうと大型のニワトリだ。魔界特有の巨大生物であり、自動車と同じサイズである。


 やつはスカイツリーの窓を叩き割って、父上に襲いかかった。


「やつは昨日狩りに失敗した獲物だ。どうやら怒って父を追ってきたみたいだな!」


 父上はかっこいいことをいったつもりらしいが、割れた窓から強風が入りこんでカツラが吹っ飛んでいた。しかも本人気づいていない。ネクタイを締めなおして、息子の前でいいところを見せてやろうと張り切るほど、寂しくなった頭頂部が強調されて滑稽になってしまう。


 もう気づかないフリなんて不可能だろう。これまでの努力が台無しであった。


「なんて迷惑な……」


 我輩が思わず不満を漏らしたら、父上がぶんぶんと頭と尻尾でうなずいた。


「うむうむ、なんて迷惑な獲物だ」

「父上が迷惑だといっているのだ」

「なんだと我が息子よ! 父のどこが迷惑だ!」

「全部だ! 全部!」

「全部じゃわからん! もっと具体的にいえ!」

「だ、か、ら! その薄くなった頭頂部が迷惑だといっているのだ!」


 青ざめた父上は、ぺたぺたと己の頭頂部に触れた。ようやくカツラが風で吹き飛んだことに気づく。だらだらと汗を流し、ぴくぴくと翼と尻尾を痙攣させると、そーっと首を動かして吹き飛んだカツラを発見。小走りでカツラを回収するなり何事もなかったかのように再装着。


「…………ちょっと用事を思い出したぞ! また会おう、我が息子よ!」


 父上は笑ってごまかすと、魔方陣を生み出して魔界へ帰宅してしまった――巨大ニワトリを放置して。


「おいこら父上! せめてあれの面倒をみてから帰れ!」


 だが巨大ニワトリは、突然消えた父上から、我輩に目線を移した。


「たしかに我輩と父上はそっくりだな。親子だから。うんうん…………だからってなんで我輩を狙う!」


 巨大ニワトリはこちらの事情などおかまいなしであり、我輩に噛みつこうとした。


 こんなタイミングで母上から魔法通信――『お父さんに恨みを持つニワトリさんがいたからそっちへ転送したんだけど、入れ替わりでお父さんが戻ってきちゃったの。こっちに戻してくれないかしら?』


 定年後の父上もどうかしているが、母上もマイペースすぎる。


「因果は当事者同士で解決してくれ!」


 巨大ニワトリのクチバシを両手で押さえると、転送魔法で魔界に吹っ飛ばした。もちろん座標は実家だ。あとは父上がどうにかするだろう。カツラ問題と一緒に。


 これにて一件落着かと思ったが、銃火器で武装した警察特殊部隊に包囲されていた。


「東京スカイツリーで暴れるテロリスト! 今すぐ投降しろ!」

「あぁ、今日は逮捕オチだったのか……」


 ――なおニュースの内容だが『東京スカイツリーで逮捕されたテロリストですが、父親のカツラ疑惑と格闘していたら巨大なニワトリに襲われたなどとわけのわからない供述をしており、精神鑑定が行われている模様です』と、安定の報道だった。

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