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64話 端午の節句で金メダル

 鯉のぼり。それは鯉の見た目をした布を支柱に巻きつけて、風でなびかせる儀式だ。


 商店街でもひらひらと泳いでいるから、もしかしたら商売繁盛のご利益があるのかもしれない。我輩、また給料を減らされたから、金運アップのために真似することにした。


 よっこらせっと支柱に横向きでぶらさがると、強靭な筋力で姿勢を維持した。


 しばらく風を浴びていたが、儀式のパワーを感じない。とても困った。金運がアップしてくれないとガンプラもゲームも買えないのだ。今月はピンチなのである。


「あら暮田さん。オリンピックの選手にでもなるんですか?」


 長屋の管理人である花江殿が、我輩を見上げていた。どうやら洗濯物を干しているようだ。穏やかな黒髪が、鯉のぼりみたいに風でなびいていた。


「鯉のぼりを体感している最中だ。だが中々パワーが集まってこないから困っていた」

「体感……? パワー……? 鯉のぼりは端午の節句の行事ですよ」


 かくかくしかじかと端午の節句を教えてもらった。もちろん支柱に横向きでぶらさがったままで。


「つまり鎧兜と鯉のぼりをセットで用意することで発動する儀式なのだな?」

「ええ。オリンピックの選手になるなら、願掛けも大事かもしれませんね」


 さっそく実家の宝物庫からヒューマンが装着するような鎧兜を持ってくると、びっしりと着こなしてから、ふたたび支柱に横向きでぶらさがった。


 年代モノの鎧兜だから、ずしりと重い。もしかしたら負荷が増えることで金運の上昇に拍車がかかるのかもしれない。


 五分、十分、三十分…………待てども待てども金運がアップしない。当初の予定では使い切れないほどの不労所得を手に入れて、ゲームと漫画をどっさり買い込んでいるはずなのだが。


「花江殿、本当に端午の節句はパワーがあるのか?」


 箒で掃き掃除をする花江殿に質問した。


「パワーですか。トレーニングするほど暮田さんの筋肉がパワーアップしていると思いますよ」

「むー。金運がアップしてほしいのだが」

「金運…………? あ、つまり金メダルがほしいんですね。なら毎日続けることが大事ですよ」


 どうやら毎日繰り返すと金メダル――すなわち高価な貴金属がたくさん手に入るようだ。宝飾品を売りさばくのも悪くないだろう。お金持ちの夢まであと一歩だ。


 それから我輩は、一日十時間ほど支柱にぶらさがった。毎日休まず続けていたら、いつのまにか近所でも名物になっていて、人力鯉のぼりと呼ばれるようになっていた。


 ニュースでも報道されるようになってくると、騒ぎを聞きつけて、兄上が魔界からやってきた。


「…………お前はなにをやっているんだ?」


 オーダーメイドスーツのまぶしい兄上が、たくましい尻尾と角をへにゃんとさせながら聞いてきた。


「聞いてくれ兄上。こうやってぶらさがっていると、金メダルが手に入ると聞いてな。もうすぐお金持ちだぞ。兄上にもなにか買ってやろう」

「本当なのか?」

「花江殿がいっていたから間違いない」


 兄上はしばし無言となり、じーっと我輩のことを見つめた。


「動機は不純だが、なにか目標を持って続けることは大切だろう。すくなくとも仕事をサボっているよりはいい」


 意味深なことを言い残して兄上は帰ってしまった。てっきり説教でもされるかと思ったが、何事も無かった。拍子抜けである。


 それからしばらくすると、スーツを着た偉そうな人間たちがやってきた。


「君が評判の怪力無双か。オリンピック志望だと聞いたが」

「うむ。我輩、金メダルがほしいのだ」

「やはりか! さっそく強化合宿に参加してくれ。実は重量上げの選手に欠員が出て、ピンチなんだ!」


 強化合宿というのも、端午の節句の儀式に含まれているのだろうか。花江殿に相談したら、なぜか喜んでくれた。


「すごいじゃないですか! やっぱり毎日続けると夢がかなうんですね!」

「つまり強化合宿に参加すれば、金メダルが手に入るんだな」

「参加するだけじゃダメですよ。ちゃんとオリンピックで優勝しないと」

「わかった。優勝してこよう」


 こうして我輩はオリンピックの強化合宿に参加して、筋肉ムキムキの仲間たちと一緒にトレーニングの日々になった。みんなよく食べたし、よく持ち上げた。中々充実した日々なのかもしれない。


 やがてオリンピック当日がやってきた。我輩は選手団の一員だから、選手団用の派手なスーツを着て空港にいた。マスコミが写真撮影していて、ちょっとまぶしい。


「暮田さん! ついに本番ですね! 努力の成果を見せるときですよ!」


 花江殿はスーツケースを持っていた。どうやら会場まで応援にきてくれるようだ。


「必ず優勝する。そして花江殿に金メダルを捧げよう」

「な、な、なに珍しくかっこいいこといってるんですかっっ!」


 花江殿が顔を赤くしていた。ちょっと可愛い。


 そしてマスコミは「暮田選手の奥さんですか?」とマイクを花江殿に向けていた。うーん、奥さんか、悪くない響きだ。


 ちなみに花江殿の返事だが「そ、そんなことわかりません。わたし、恋愛は苦手で」ともじもじしていた。やっぱり可愛い。


 選手団の一員として飛行機に乗って現地入りしたところで、おかしなことに気づいた。


 重量挙げの選手だけ人間ではないのだ。


 ミノタウロス、オーク、リザードマン、ドラゴン……魔界の怪力自慢たちが集まっていた。しかも全員重量上げ用に筋肉を仕上げていて、全身がパンパンに膨れていた。


 いつのまにか兄上が隣に立っていた。


「グレーターデーモンがそのまま出場したら優勝間違いなしになってしまうからな。他の国々に干渉して、魔界の精鋭を送りこんでおいた」

「おもしろい。肉体を極限まで鍛えた我輩に敵はない」

「真面目だな、いつになく」

「すべては金メダルを売りさばいて、豪遊するために」

「動機は不純なままか…………」


 重量挙げの試合がはじまると、オリンピックの解説が我輩を紹介した。


『日本は暮田伝衛門選手ですね。ロシアから帰化した怪力無双です。他の国々も帰化した外国人ばかりで、みなさんパワー満点ですね』


 帰化した外国人というか、すべて魔界からやってきた人外なので、人間の規格を軽く越えた筋肉バトルになることだろう。


 あらゆる選手が、次々と重たいバーベルを持ち上げていく。あっという間に人間の記録を塗り替えて、現在四トンを持ち上げる競技になっていた。


 解説が冷や汗を垂らした。


『怪力無双ばかりが集まった大会になりましたね。四トンといえば……重量満載のトラックですか』


 だがしかし、まだまだ重量は増え続けた。強化合宿で培った感覚からして、他の選手たちはベストコンディションだ。無駄なく力をバーベルへ伝達して、腰を痛めないように持ち上げていく。


 強敵ばかりだ。これだけ粒の揃った人材をそろえてしまうあたり、兄上もきっちり仕事をこなしたということだろう。


 ならば我輩はぶっちぎりで優勝して、ガンプラも、ゲームも、漫画も、すべて手に入れる……!


 物欲全開で競技に挑み……ぶっちぎりで優勝した!


『暮田伝衛門選手! やりました、優勝です! ゴールドメダル!』


 表彰台で受け取ったのは、金メダル一枚だけだった。魔法で内容物を調べたら、外装が金メッキで、内側は合金製の鋼鉄である。


「…………話によれば、優勝すれば金メダルがざっくざっく手に入って、お金持ちになれるはずでは?」


 表彰台で首をかしげていると、兄上が乱入してきた。


「種明かしをすれば、ぜんぶ間違いの知識だ。というかツッコミが不在だと、こういう斜め上の展開になってしまうわけだな。学習したぞ」

「はぁ!? じゃあ我輩、なんのために強化合宿に参加してまでオリンピックに出場したのだ!?」

「オリンピック優勝というお金には換えがたいものを手に入れたではないか」


 観客席を振り返れば、花江殿が「やりましたね暮田さんっ! 優勝ですよ、優勝っ!」と花火が炸裂したように喜んでいた。


 兄上のいうとおりだ。花江殿があんなに嬉しそうにしてくれるなら、トレーニングの日々が報われるだろう。


「花江殿、これをプレゼントしよう」


 我輩は金メダルを花江殿にプレゼントすると、重量上げの選手を引退した。

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