55話 世代ごとの中二病 ~先生、不倫は中二病に含まれますか?~
我輩の部屋をたずねてきたのは、長屋の管理人である花江殿――の母上殿であった。
先代の管理人であり、現在は複数の不動産を管理している。本日は気位の高そうな和服姿であり、くるりと巻いた髪は椿のように凛としていた。
「暮田さん。ちょっとお尋ねしたいのですが、セーラーム○ンごっこをどう思われます?」
色あせた写真を見せられた。小学校低学年ぐらいの花江殿が、同年代の子供たちとセー○ームーンごっこをしていた。
セーラ○ムーンは、九十年代の大ヒットアニメだ。セーラー服を着た美少女な戦士たちが、月の運命に導かれながら悪いやつをボッコボコにしていく。当時の小さな女の子たちと、大きなお友達を夢中にさせて社会現象となった。
「特定の作品にかぎらず、どの年代の子供でも、流行したアニメや漫画のごっこ遊びが行われるのではないか?」
「子供ならいいのですが、大人になってもごっこ遊びに夢中なのはどうかと思いましてね」
二枚目の写真を見せられた。現在の花江殿が、セーラームー○の登場キャラであるセーラ○ヴィーナスのコスプレをして決めポーズを取っていた。2X歳にオレンジ色を基調としたヒラヒラしたミニスカートは――これ以上はノーコメントだ。ノーコメントで頼む。我輩はナギナタで殴られたくない。
ごほんっと咳払いして正直な感想を飲み込むと、一般論を述べることにした。
「たとえどんなコスプレであろうとも、個人の自由としかいいようがない」
「なにが自由ですか。親としてはですね、婚期を逃しそうな娘が、大人になってもごっこ遊びをしていることをやめさせたいのですよ」
「繰り返すが個人の自由としかいいようがない。たとえ親であっても趣味に干渉してはいけない」
「婚期を逃したら悲しむのは本人なのに?」
母上殿が断言したところで、花江殿がぱたぱたと小走りでやってきた。
「わたし、とっても嫌な予感がしていますっ。具体的にはお母さんが持ってきた写真が…………ってなんでわたしのコスプレ写真が存在してるんですか――――っっっっ!! 誰にも撮らせたことないのぃ――っっっっ!」
熟したリンゴのように赤くなった花江殿が母上殿に掴みかかった。ちょっと可愛い。
「探偵を雇って隠し撮りさせました。これも全部陽子のためですよ」
「撮影しろなんて頼んでませんっ! っていうかコスプレイヤーの写真を撮るには許可が必要なんですよっ! 掲載ならもっと重厚な許可が必要なんですっ!」
「だまらっしゃい。大人になってもごっこ遊びをしているから結婚できないんですよ」
「ごっこ遊びではなくてコス合わせですっ!」
「マイナーな専門用語を使わないで説明したらどうかしら?」
「わたしの魂はいつだって十七歳の可愛い女の子っ!」
「…………なるほど、結婚が遅れて当然の思考回路というわけね」
母上殿は管理人室へずかずか侵入すると、勝手に押入れやタンスを漁りだした。
「いくらお母さんでも、勝手にわたしの部屋へ入ってはダメです――――っっっっ!」
「本日二度目のだまらっしゃい! あなたを結婚させるために悪いおもちゃをぜーんぶ捨てるんです!」
ぽいぽいぽいっとコスプレイヤーの小道具がゴミ袋へ放りこまれていく。ついでにBL同人誌から乙女ゲーまでなんでもかんでも発掘されては捨てられた。
「やめてぇえええっ! わたしの生きがいがぁああああっ!」
花江殿の悲鳴に導かれて、我輩は母上殿の手首を尻尾で掴んだ。
「あなたのやっていることは、人格の侵害に等しい」
「きれいごとだけじゃ、婚期の遅れた娘を嫁入りさせることはできませんので」
「あなたとて、憧れの存在を模倣することで癒しを得ることはあるのではないかな?」
我輩はスマートフォンで芸能人の写真を検索した。中高年の女性が憧れる五十代の人気女優だ。実は母上殿が着ている和服は、人気女優を模倣したものであった。
「お洒落な芸能人のファッションを真似るなんて、普通のことでしょ」
母上殿は、いかにも不服という感じで目尻を吊り上げた。
「同じなのだ。あなたの志と、コスプレイヤーの志は」
「うーん、論理構造は理解できても、奥歯にモノがはさまったように納得したくないですねぇ」
「なら、他者の例に触れていけば、心の底から納得するであろう」
というわけで我輩と母上殿は、各世代で憧れの人物を真似する人々を探すことになった。
近所の八百屋へいくと、無精ひげが渋い店主が語ってくれた。
「こいつをみてくれよ。子供のころに遊んだ初代仮面ラ○ダーベルトの復刻版さ。思い入れがあるおもちゃってさ、大人になってから買いなおしちゃうよな」
店主はベルトを巻くと、初代仮面○イダーの変身ポーズをやってくれた。うん、やはり男子はかっこいいヒーローへの憧れがあるのだな。
しかし八百屋の店主の例だけじゃ、母上殿は納得しないみたいだから、我輩が愛用しているパン屋へいった。
店の奥から五十代の女性オーナーが出てきて、化粧のコンパクトに謎の呪文を唱えた。
「テクマクマヤコンってご存知? コンパクトに呪文を唱えるとシンデレラに変身できるの。わたしの青春よ。ひみつのあ○こちゃん」
テクマクマヤコンと唱えたときだけ、女性オーナーの表情が若返った。女性は何歳になってもお姫様への変身願望があるのかもしれない。
同世代の女性が体験談を語ってくれたのに、母上殿はまだ納得していないようだ。
最終手段で魔界から魔王殿を呼んできた。今日はヒューマンの姿であり、顔を布で隠していた。
「魔界でオレが一番つええええええええええ! どんな創作物のキャラよりオレが一番かっこいいいいいいいいいいい!」
さすが魔界アンケート『いくつになっても中二病を卒業できない男は誰?』でぶっちぎりのナンバーワンを獲得しただけあった。
でも、こんなのが王をやっていて魔界は大丈夫なんだろうか……?
もっともらしい疑問はぐっと飲みこんで、母上殿に問いかけた。
「どうかな母上殿。魔王殿みたいなひとつの世界を束ねる人物でも、中二病を卒業できないのだ。セーラーム○ンのコスプレなんて些細なことであったろう?」
「そもそも、こちらの布で隠した方は、どこのどちらさまかしら……?」
「えーと説明すると長くなるのだが……」
「ぜひ教えてちょうだい! とても素敵な殿方だわ!」
母上殿は恋する乙女の顔になっていた。どうやら魔王殿が好みの男性だったらしい……!
「というか母上殿、既婚者だろう!? 娘だっているのに!」
「女はいくつになっても女なのよ!」
「もしや中二病には不倫願望も含まれているんじゃ……」
「私を止めることは不可能ですよ、恋する乙女は強いんです!」
…………我輩しーらないっと。
――あれからしばらく経った。母上殿は花江殿に干渉することがなくなっていた。そして我輩は、理系の大学生である川崎と、中二病について語っていた。
「川崎の世代だと、ジャンプのブリ○チが、ごっこ遊びの定番だったのか」
「ええ。小学校の休憩時間に卍解するわけです。自分だけのオリジナル斬魄刀をノートに書いて、友達の前でかっこよく名乗るんですよ」
「冷静に考えると恥ずかしいな……」
「大学生ぐらいになると、黒歴史ネタとして話題が提供できるからいいじゃないですか。みんな小学生ぐらいのときに通過してきたことなんだし」
「……もしオリジナル斬魄刀を大人になっても考える人物がいたとしたら?」
「いるじゃないですか、そういうのが得意な人種が」
ライトノベルを数冊渡されて、著者名を指差された。
「…………ぎ、ギリギリすぎる」
「はっはっは。ラノベ作家なんてみんな大人になっても中二病を真顔で語る人たちの集まりですよ」
がらっと我輩の部屋の戸が開かれて、冷や汗をかいた花江殿が逃げこんできた。
「く、暮田さん。匿ってくださいっ」
「なにごとだ?」
「お母さんがラノベ作家としてデビューして、あっというまにアニメ化が決まったんですっ!」
だだーっと母上殿が乱入してきて、お姫様みたいなコスプレ衣装を掲げた。
「さぁ陽子! お母さんの作ったキャラクターでコスプレをしましょう! アニメ化した今ならコミケで人気者になれるチャンス!」
なお母上殿が書いたライトノベルのタイトルだが『とある主婦がトラックに轢かれて異世界転生してお姫様になったら、憧れの魔王様に言い寄られて困っちゃう』であった。
中高年の女性を中心に売れていて、アニメだけではなく、実写ドラマとして昼ドラマ枠で放映される予定だとか。
ぱらぱらと原作を読んだら、やけに生々しい話ばっかりだったが、もしや魔王殿と不倫した体験談では………………我輩、しーらないっと。




