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42話 タヌキの恩返し――ありがた迷惑のな

 母上が趣味で作ったリンゴが魔界から送られてきたのでモリモリ食べていたら、かりかりとなにかを引っかく音が聞こえた。閉めっぱなしの引き戸からである。曇りガラスに映る影からして尻尾を持った四足歩行の生き物が爪でひっかいているのだ。


 がらりと引き戸を開けてみれば、やせ細ったタヌキがいた。小さな鼻先がくんくん動いて、目線はちゃぶ台においてある蜜たっぷりのリンゴに釘付けである。


 どうやら腹が減っているらしい。これはかわいそうに。しかし野生動物に餌を与えてしまうと、彼らの生態系が狂ってしまう。


 少々迷ったのだが、都会のど真ん中で餓死するのも忍びないかと思い、リンゴを小型動物サイズに切り分けてから、食わせてやった。するとぺこぺこお辞儀したではないか。礼儀正しいやつだ。動物なのに。


 興味がわいたので、魔女のおばばに作ってもらった翻訳入れ歯を使って会話してみる。


「我輩は暮田伝衛門である。お前はなにものだ?」

「あっしはタヌキのタヌ吉でやんす。リンゴありがとうございやした」


 タヌ吉は、尻尾をぶんぶんっと振り回した。標準的な個体より尻尾が大きい。きっと自慢なんだろう。


「ではタヌ吉よ。なんで食べ物を分けたらお辞儀した? あれは人間の習慣だぞ」

「ああやって頭を下げると人間が喜ぶからでさぁ。そうすりゃもっと餌をくれるって寸法で」

「ずいぶん賢いな。しかしなんでまた東京のド真ん中にいるのだ?」

「あっしは風来坊でさぁ。一つの山にとどまらないで、ぶらぶら旅をしてるんです。先日までは千葉の山にいたんですがね、なんとなく気が向いて茨城の山へ行きたくなりまして」

「動物にも変り種がいるものだな」

「よくいわれやす。そうだ旦那。せっかくだから恩返ししやすよ」

「恩返しといわれてもなぁ。我輩とくに困っていないし……あ、なら回覧板をまわしてくれ。隣の部屋でいいから」

「おやすい御用でさぁ!」


 タヌ吉は回覧板をくわえると、ぴゅーんっと火の玉みたいに飛び出して、ひょーいっと戻ってきた。


 しかし大きな尻尾になにかが引っかかっていた。


 ブラジャーであった。この小さくて頼りないサイズは花江殿以外にありえない。


 …………絶対に誤解されるパターンだ。


 やっぱりリンゴみたいに顔を真っ赤にした花江殿がナギナタを装備して登場!


「暮田さんっ! わたしのブラジャーを盗んだタヌキがここに逃げこみましたよっ!」


 ちなみにタヌ吉だが、ぱちりとウインクすると「旦那も雄ですから、こういうのお好きでやんしょ?」なんて言っていた! 野生のタヌキのくせに余計な気遣いをしたのか!? 賢すぎるのも問題だな……。


 翻訳入れ歯をつけていないとタヌキの言葉はわからないから、我輩が花江殿に言い訳するしかない。


「このタヌキが余計な気遣いをしてだな?」

「本当はリンゴで餌付けして盗んでくるように特訓したんでしょうっ! この変態っ!」


 花江殿が性格の悪い刑事みたいにリンゴを鼻にぐいぐい押しつけてきた! せっかくの母上のリンゴが証拠みたいに扱われて泣いているぞ!


「変態なんて心外な! 我輩ほどの紳士もいないだろうに!」

「定番のセリフですねっ! 変態という名の紳士だなんてっ!」

「わけのわからん比喩をつかわんでくれ!」

「そもそもなんで下着泥棒なんて破廉恥なことをするんですかっ! 他の入居者にだって女性はいるんですから、怖がったらどうするんですかっ!」

「さすがに他人にまで誤解されるような物言いは控えるべきだ! そもそもこんな小さいブラジャーをほしがるはずがないことから我輩の潔白は必然――ってあれ花江殿?」

「…………っち、ち、小さくて悪かったですね――――っっっ!!」


 ガツガツガツボコボコボコ……顔面の形が変わるぐらいにナギナタで殴られてしまった! 頑丈なグレーターデーモンの顔面を変形させるなんて、さすが花江殿だ。


 しかし本当の本当に誤解なのだから罪を認めるわけにはいかなかった。


「信じてくれ。本当にこのタヌキが余計なことをしたのだ。今から予備の入れ歯を渡すから話を聞いてくれ」


 予備の翻訳入れ歯を花江殿にも装着させてから、タヌ吉をひょいっと抱き上げた。


「あっしがタヌ吉でさぁ。よろしく頼んまさぁ!」

「た、タヌキがしゃべった……」

「お嬢さんお綺麗だから、男性にモテモテでやんしょ? 羨ましいでやんすねぇ」

「お世辞までいってきた……」

「お世辞だなんてとんでもない。お姉さんほどの美人のブラジャーなら男性は喜ぶこと間違いなし。きっとこちらの旦那だって内心飛び上がるほど喜んでまさぁ」


 火に油を注いだ!


「暮田さん。タヌキも後押しするほどの変態だったようですね?」

「我輩は正常だ」

「正常という名の異常ですね?」

「頼むから信じてくれ!」


 タヌ吉を抱いたまま懇切丁寧に花江殿を説得しようと接近したら、タヌ吉の鋭い爪が花江殿のロングスカートをぴしりっと引き裂いた。


 いやな予感がする。それも特大に。


 ふぁさっとロングスカートが地面に落ちると、可愛らしい花柄のパンツと、ほっそりした太ももと、小ぶりなお尻が公然とさらされてしまった!


 だが我輩いっさい悪くないぞ。みんなだって見ていたろう? 珍しく我輩完璧なアリバイがあるし無罪の動機が揃っている。


 でもでもでも…………花江殿は無言のまま一度管理人室へ引き返して新しいスカートをはいてから、私有する武器庫へ静かに入っていった。


 ……逃げたほうがいいんじゃないかな? でも逃げたら罪を認めたことになって変態確定になってしまうし。どうしよう……。おろおろしていたら、ずしりという重苦しい足音が聞こえた。


 なんと悪魔である我輩よりも悪魔らしい顔をした花江殿が、城攻めするような武者の格好で出てきたではないか。完全フル装備というやつだ。我輩を本気で殺すつもりかもしれない……。


 っていうかもしかして、花江殿が両手に握っているの……火縄銃ではないかな? それも連発するために何十丁と揃えてあって、全部火蓋を切ってあった。


 あ、撃たれる。それも何十発も。


「タヌ吉、逃げろ! お前が巻き込まれたら死ぬぞ!」

「旦那! 旦那だけを放って逃げるなんて無理でさぁ!」

「……っていうかそもそもお前のせいだったなぁ! 弾除けになってもらおうか!」

「あっし、急用を思い出しました。これまでお世話になりやした。ではさらばっ」

「逃がすものか! 我輩と一緒に撃たれていけ!」


 ずきゅーん。ずきゅーん。ずきゅーん。ずきゅーん――――――…………。


 こうして我輩とタヌ吉は穴だらけになって、『変態コンビ』という札を首からぶらさげることになり、長屋の中庭に磔にされたとさ……。

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