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34話 山で暮らす猿から学ぶ、走れメロスな働き者

 真冬の山で猿が肩を寄せあっていた。50匹の群れが、まるでおにぎりの米みたいにぎゅっとくっついているのだ。これを猿団子といって、寒さをしのぐ野生の知恵だった。お互いの体温で温めあって、かつ隙間を減らすことで保温効果を高めているわけだ。


 ――なぜか我輩も猿団子の一部になっていた。いや、なってしまったというべきか。


「うきー」「うきっうきっ」「むきゃー!」


 50匹の猿たちが、キャンパスノートを開いた我輩を中心にして、ぎゅっと密着していた。温かいのだが獣臭い。ぴょんぴょんとノミもはねていた。


「猿たちよ。なぜ我輩にくっつくのだ。絵を描いているだけなのに」

「うきー、むきゃむきゃ?」


 彼らの言葉はわからずとも『そういうお前はなんで山にいるんだ?』と聞かれたのがわかった。なんでもなにも“冬休みの宿題”だった。お正月の朗らかな雰囲気にあてられた魔王殿が芸術志向を発奮させて、出張先の自然を絵にしてこいと下々の者たちへ命令したわけだ。

 

 なんで大人になってからも宿題なんてやらなければならないのだ……ぶつぶつと文句をいっていたら、猿たちが栗をくれた。ありがとう。さっそく皮をむいて食べてみたのだが、生だと苦味が強かった。


 よし、料理をしよう。キャンパスノートをぱたんっと閉じると、近くの川原へ移動した。


 落ちていたドラム缶に川の水をくんで、炎の魔法でグツグツ加熱していく。するとさきほどの猿たちが、手のひらをドラム缶へ向けて暖をとった。毛皮を持った獣といえど、真冬の山は寒いから、我輩にくっついていたわけだ。グレーターデーモンは体温が高めであるからして。


 ぼこぼことドラム缶が沸騰してきたので、ぽいっと栗を投入。芳しい香りがしてきたら、猿たちが次々と栗を持ってきた。どうやらついでに調理しろということらしい。しょうがないのでまとめて加熱してやると、猿の数が増えてきた。この山を縄張りするとする群れが集まってきたようだ。


「野生であろうお前たちは。知的生命体に頼っていては次の冬を越すのが厳しくなるぞ」


 わかっているのかわかっていないのか、猿たちは栗が煮えるのをワクワクと待っていた。彼らの生態系を乱してしまったような気がする。罪悪感をごまかすために尻尾で魚釣りしていたら、猿たちが真似を始めてしまった。


 まずい。本格的に猿たちが生態系の外から影響を受けて異なる風習を手に入れかけている。このままだと自然に悪影響だ。だが猿たちは栗が煮えるのを心待ちにしていた。いまさら食べられないとなったら、逆恨みして二足歩行の生き物を襲うかもしれない。具体的には偶然通りかかった人間とか。


 それはそれでまずいので煮えたばかりの栗を猿たちに配った。我輩も一粒ぐらい食べておきたかったのだが、空っぽであった。我輩が調理したのに……。


 損した気分になったので、今度は釣った魚の内臓を取り除くと岩塩をまぶして木の枝に突き刺し、焚き火で焼いていく。


 すると猿たちが自分たちの尻尾で釣った魚で真似を始めた。また一つ生態系を汚してしまった。本日我輩の真似をしたことは忘れてくれるといいのだが。


 ……というか、なんで我輩がこんなことを心配しなきゃいけないのだ? そもそもわけのわからない宿題を出した魔王殿が悪いのだ。


 だんだんと怒りに変換されてきたので“自然”を描いてやろうと思った。自分の目に映る光景をそのまま模写していく。そのままだ。嘘偽りなく。


 猿たちがドラム缶で栗を煮て、尻尾で釣った魚を川原で焼くのを、そのまま描いていく。絶対に文句はいわせない。


 完成後――我輩は鼻息を荒くしながら城へ戻ると、魔王殿にキャンパスノートを提出した。


「こら二等書記官。ちゃんと自然を描け」


 いつもの姿を隠したカーテンの向こう側で、魔王殿がぷりぷり怒っていた。


「ほほぉ。魔王殿にはこれが自然でないと見える」

「当たり前だろう。なんで猿が道具使って栗を煮て、尻尾で釣った魚を焼くんだよ」

「自然だからですよ。嘘だと思うなら自分の目で確かめてください」


 数時間後――魔王殿は我輩がスケッチした山を調べると、尻尾で魚を釣る猿たちを発見して、興奮しながら城へ戻ると、火薬が弾けるように兄上に語った。


「お、おい一等書記官! 聞いてくれ! 猿が尻尾で魚を釣るんだ!」

「嘘おっしゃい。またそうやって事務作業から逃げようとして。今日という今日は逃がしませんよ」

「ちょっと待て! 本当だってば! 本当の本当! ほらこの絵を見てくれ、お前の弟が教えてくれたんだぞ!」

「うちの弟に入れ知恵されたんですか!」


 なぜか我輩に飛び火した。魔王殿と一緒にガミガミと小一時間説教された。理不尽だ。正月休みを削られたばかりか、真実をそのまま描いただけで説教までされるなんて。


 我輩と魔王殿は意気投合すると、例の猿たちが住む山に家出した。兄上が謝ってくるまで絶対に帰らない。絶対にだ。川原にテントを張ると、焚き火を熱源にして夜を迎えた。猿たちは焚き火という熱源に喜び、近くでゴロ寝していた。こいつらは火を恐れないのだな。近くに川原があるからか?


「一等書記官め。いつも偉そうにしやがって。オレは魔王だぞ、魔王」


 顔をケープで隠した魔王殿は、ぶつぶつ文句をいいながら、さきほど猿たちが釣ってくれた魚を焚き火で焼いていく。


「きっと兄上は天狗になっているんですよ。仕事ができるし、強いし、賢いし、部下に信頼されてるし」

「……完全無欠じゃないか」

「……完全無欠ですね」


 二人して落ち込んでいると、暗闇にまぎれて兄上が登場した。木の裏にじーっと隠れていて、ちらっと寝そべる猿たちを見つめる。


「…………たしかに、猿が尻尾で魚を釣っていたようですね」


 どうやら気配を消して観察していたらしい。だったら真実をその目でたしかめたはずだ。我輩と魔王殿は、形勢逆転と見て、言葉で反撃にでようとした。


 だが兄上は、手のひらをビシっと我輩と魔王殿へ向けた。


「その前に質問。誰が猿の生態系を壊したのだ? この手の行動が自然発生するとは思えない」


 ドキっっっ! 我輩胸をおさえると、そろりそろりと忍び足で逃げ出していく。


 がしっと尻尾を兄上につかまれた。


「この尻尾が怪しいな」

「見逃せ」

「ダメだな」


 またガミガミ説教された。すると珍しく魔王殿が助け舟を出してくれた。


「そ、そもそも宿題を出したオレが悪いんだからな。説教するのは筋違いってもんだ」


 兄上に説教される仲間、という奇妙な連帯意識が芽生えたらしい。魔族は長生きだが、まさか魔王殿に友情を感じる日がやってくるとは思わなかった。


 すると兄上がこんな条件を出した。


「では魔王さま。あなたが今日中に事務作業を終わらせたら、弟を許しましょう」

「よしわかった。任せろ」


 魔王殿は城へ戻るなり、がりがりと事務作業をこなしていく。本当に珍しく事務仕事をしていた。


 我輩と兄上は控え室で仕事の完了を待った。だが予定の時刻になっても報告がない。様子がおかしいと思って魔王様の執務室へいったら、置手紙があった。


 むり。ぎぶあーっぷ。つかれた。ゆるせ。


「なんでだ魔王殿! 我輩を見捨てるのか! かの有名なメロスは親友のために身を粉にして走ったというのに!」


 ちなみに我輩説教されなかった。


 なぜなら魔王殿に愛想をつかした兄上が家出してしまったからだ。真面目な働き者が家出したら、城の仕事が大混乱になった。事務作業だけではなくて、その他の仕事まで手配ミスが連発して、地獄絵図になっていく。あらゆる仕事が締め切りオーバー。誰も責任をとれない。


 教訓――真面目な働き者は大切にしましょう。

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