23話 伝衛門ファンシー捕物帳 ツチノコ編
ちょっとジブリ風味でお笑い成分控えめです
「く、暮田さん、てぇーへんっすよ、てぇーへん! とにかく外に出てきて、早く!」
高校生で元勇者の園市が部屋の外で叫んでいた。毎度のことながら騒々しいやつだ
「なんだい園市やぶからぼうに」
がらっと引き戸をあけて外へ出たら、全長4メートルの巨大芋虫がぐーぐー眠っていた。
「…………なんだこいつは」
瞳は人形みたいにファンシー。皮膚の模様は花柄。蛇みたいな尻尾がちょろりと伸びている。まるで絵本から飛び出してきた芋虫である。
「わかんないっすけど、魔界の生き物っぽくないすか?」
園市は我輩の背中に隠れて、木の枝で巨大芋虫をつついた。花柄の皮膚が、くすぐったそうにもぞもぞ動いた。だが起きる気配がない。深く眠っているらしい。
「こんな生き物、魔界にいたかな?」
「でも地球って、でっかい昆虫はいないんでしょう? ゾウとかクマぐらいのやつは」
「うーむ、推測するだけではラチがあかんな。とりあえず起こすか」
我輩と園市は芋虫の脇をこちょこちょくすぐった。
「うひゃひゃひゃくすぐったい! あれ、ここはどこ?」
巨大芋虫が目を覚ました。ぱちぱちと人形みたいな瞳を動かして、我輩を見つめている。
「ここは地球だ。東京にある長屋だな」
「よくわからないよ。僕、ずっと山の中で暮らしてたから」
「ふーむ、お前の名前は?」
「ツチノコのノッキーだよ」
ツチノコ――スマートフォンで検索してみたら、都市伝説にもなった幻の生き物らしい。どうやら我輩と園市は幻と遭遇してしまったようだ。
そんなレア情報はさておき、東京のど真ん中で幻が眠っているのは不自然だろう。
「ところでノッキー。なんで都心で寝ていたのだ?」
「それが……ぜんぜんわからないんだ」
「気づいたら、ここで眠っていたと?」
「うん。僕、眠る前は山の中にいたはずなんだけど……山に帰りたいな」
ツチノコのノッキーは、不安そうに体を収縮させた。まるで蛇腹のホースみたいだ。
「暮田さん。ノッキーくんを山に返してあげましょうよ」
園市がノッキーの頭を撫でた。彼は馬の世話も上手だったが、生き物全般に優しいのかもしれない。
「よし、二人でノッキーの故郷を探すか」
というわけで、我輩と園市はツチノコのノッキーを山に返すことになった。だが問題がひとつあって、ノッキーは地理に詳しくない。ずっと山の中で暮らしていたから、生息地の名称に関心を持たなかったのだ。地図は己の生活圏外を意識することで発生するから無理もないだろう。
だからノッキーの主観から、それらしい地域をしぼっていくことにした。
「さてノッキー、どんな山で暮らしていたか教えてくれるか」
「いつも寒くて人がこないところだよ」
いつも寒い山ということは、東北から北海道の間だろう。これだけ文明が発達した世界なら、山岳地帯はどこでも人がこないだろうから、条件として不明確だ。
「普段食べているものはなんだ?」
「木の根っこと葉っぱだよ」
具体的な植生を知りたかったが、生物や地理の概念がないなら説明してもらえないだろう。
「そうだなぁ……山に友達はいるか?」
「鳥さんが友達で、いつも楽しくおしゃべりしてるんだ」
「鳥の特徴をいってくれ。生態から絞れるかもしれない」
「しろくてちっちゃいの」
寒い土地で白くてちっちゃい鳥――長屋の住人たちとも相談したが、シロエナガが有力候補にあがった。ためしにスマートフォンで画像を見せたら、わしゃわしゃと口が動いた。
「この鳥さんたちだよ!」
というわけで、北海道行きが決定した。
我輩は自前の毛皮があるから寒くないが、園市はヒューマンだから防寒具をフル装備した。
全長4メートルのツチノコを運ぶわけだから、空飛ぶ乗り物が必要だ。兄上に連絡すると、魔界から使い魔を転送してもらった。
ドラゴンである。ツチノコよりも巨大で、全長10メートルはある。レッドドラゴンだから赤い鱗と赤い瞳が凛々しい。ちょっと目立ちたがり屋の性格だから、ぐおーっと炎のブレスを吐いた。うーむ、冬場だと焚き火みたいに温かくなるなぁ。
「すっげー! 本物じゃないっすか!」
園市が興奮して、レッドドラゴンの鱗をぺたぺた触った。種族に関係なくドラゴンを見ると興奮するものだ。我輩も昔はそうだった。
「園市。彼はレッドドラゴンのドラスケだ。兄上が通勤に使っている」
「通勤って……いきなり生活感がでたっすね」
「しょうがないな。魔族だって生きているのだから」
なんて解説しながら、レッドドラゴンのドラスケに魔力で編んだ紐を巻きつけていく。ツチノコのノッキーをハンモックみたいにぶらさげているのだ。最後に我輩と園市はドラゴンの頭に座って、振り落とされないように角をつかむ。
出発進行――ずぎゅーんっと天高く飛び上がった。
「ちょ、ちょっと暮田さん! ドラゴンってこんなに飛ぶの速いんすか? もしかして暮田さんより速いんじゃ」
「当たり前だ。グレーターデーモンより飛ぶのが遅かったら通勤に使わないだろう」
「あ、そっか」
なおハンモックみたいに吊り下げられたツチノコのノッキーは、きゃっきゃと喜んでいた。
「すごい! 僕、空を飛んでるよ!」
するとレッドドラゴンのドラスケが、にやりと笑う。
「そうだな。飛んでいるな、君は」
意味深なことを告げたところで、北海道上空に到達していた。さすがドラスケだ。近所のスーパーマーケットで買い物する感覚で東京から北海道へ飛んでしまった。
我輩は、ひゅっと翼を使って宙に浮くと、ハンモックのノッキーに聞いた。
「ノッキー。どの山がいつも見ていた風景だ?」
「あそこだよ。あの高くて険しい山」
我輩とドラスケが雪が積もった頂上に着陸。ふわっと粉雪が紙ふぶきみたいに舞った。
「ありがとう! いつも見ていた風景だよ! ここが僕の山だ」
ノッキーがごろんごろんと雪原を転がって喜びを示した。遠くの枝で白くてちっちゃな鳥――シロエナガたちも友達の帰還を喜んでいた。
どうやらひとまずは一件落着のようだ。しかし調査は残っていた。どうしてノッキーが眠っている間に都内へ移動してしまったのか調べておかないと、同じことがもう一度起こってしまう。
「なるほど原因究明ってわけっすね。しっかし、北海道の山、マジで寒いっすね。眠ったら一発で死ぬやつっすよ」
園市はフル装備で防寒しているのだが、北海道の山は対策してどうにかなるほど甘くなかった。ガチガチ震えていて、鼻水がつららになっている。
「園市よ。我輩特製、レッドチリドリンクを飲むのだ」
魔界で植生した唐辛子で作ったオリジナルドリンクである。
「あったまるんすかこれ? ではさっそく味見を。ごくごくごく――――かっれええええええええ!」
しゅごおおおおっとドラゴンみたいに火を噴いた。さすが魔界の唐辛子だ。炎を吹くとは。
「ちょっと暮田さん! なんすかこれ! 辛すぎっすよ!」
「だがあったまったろう?」
「あ、本当だ。汗までかいてきた」
園市の震えが止まったのを見ていたノッキーが、大きな口をアーンっとあけた。
「僕も飲んでみたいな」
はて昆虫が飲んで大丈夫だろうか。本人が飲みたいならいいか。ためしに飲ませたてみたら、やっぱりドラゴンみたいにしゅごおおおおっと火を噴いた。
おや、ずいぶんと炎のブレスの時間が長いな。一分近く吹いているぞ。
いや違う。これはレッドチリドリンクの効果ではない。
まさか――。
ノッキーの背中に亀裂が走ったかと思うと、内側から花柄の鱗が見えた。
なんとノッキーは花柄のドラゴンに脱皮していた。
「あれ、僕の体、大きくなってるよ」
その答えはレッドドラゴンのドラスケが教えてくれた。
「我々ドラゴンは、複数の平行世界でツチノコとして幼年期をすごし、青年期になったら翼を持って魔界へ帰るのだ。お前が都内へ移動してしまったのは、空を飛ぶための予行練習を無意識でやってしまったからだな」
我輩も驚いてしまった。ドラゴンにはそんな生態系があったのか。兄上は知っていたんだろうか。
「でも僕、この山を離れたくないんだ」
ドラゴンに進化したノッキーは、木の枝でぴーちくと鳴く友達を見ていた。
「好きにすればいい。飽きたら魔界へ帰ってもいいし、地球の空を自由に飛んでもいい。どうせ我々の寿命は長いのだ。楽しみたいだけ楽しめばいいさ」
「わかった。なら僕は友達ともう少し遊んでから、魔界にいくね」
「そうすればいい。それと弟さん。お兄さんがドラゴンの使用料を請求するそうなので覚悟しておくように」
ドラゴンのドラスケは不吉なことをいってから、魔方陣で魔界へ帰っていった。
……使用料。そんな裏が。というか兄上、ツチノコとドラゴンの生態系を知っていたから、ドラスケを貸してくれたのか。くそっ、まんまといっぱいくわされた。しかし使用料か。いくらになるんだろうなぁ……。
我輩がレッドチリドリンクを飲んだみたいにぼたぼた汗をかいていると、影が雪山を覆った。
ノッキーが、友達を頭に乗せて飛んでいた。
これは風流だ。苦労したかいがあったというものである。
――なおドラスケの使用料だが、地球のあちこちに転がっているドラゴンの抜け殻を回収する無料奉仕活動だった。ツチノコの乱獲を回避するために情報が秘匿されていて、伝統的に一等書記官がひとりでやっていた仕事のようだ。我輩は弟だから信頼されて手伝うのが許可された、らしい。
……だがなにが信頼だ。めんどくさかっただけだろうに。




