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15話 伝助よ、恋愛小説みたいなシリアスキャラでいられると思ったか? あまい、砂糖菓子のようにあまいわ。たった一話でギャグキャラにしてやる

そうは問屋がおろさないって言いますもんね

 本日も魔界から友人が長屋へ遊びにきていた。


「グレーターデーモンさん――いや、こっちでは暮田さんか。とにかく折り入って頼みがあるんだべさ」


 ミノタウロス族のミノル殿だ。大柄な鋼の肉体に牛の頭が乗っている。地球の尺度で換算するなら、身長二メートル五十センチ、体重三百キロ。それでいて脂肪がほとんどない。衣服は腰巻だけで、ジャージー牛と同じ色の肌を剥き出しにしていた。


「頼みか。ふむ、楽しい頼みがいいな。心が躍るようなやつが」

「踊るかもしれんし、踊らんかもしれん。この前、石像を彫ったんだけんど、魔王さんに気に入られて、今度お城で芸術勲章くれるっていうんだ。そこでちょっと問題があって」

「なんと芸術勲章を!? 魔王殿は芸術品の鑑定に長けているから、よっぽどすばらしい石像だったのだろう。我輩も授業式には参加して、石像を拝見させてもらおう」

「褒めてくれるのはありがたい。でもな、おいらみたいな田舎モンがお城に招待されたことに困ってるんよ。とくに着ていくものが」

「あっ、ドレスコードか!」


 魔王殿は芸術品の鑑定に長けるだけあって、身だしなみに厳しい。城勤めの魔族にいたっては、オーダーメイドスーツを着用していないと怒られてしまうぐらいである。たとえ芸術勲章の受賞者であっても、最低限の服装は求められるだろう。


 しかしミノル殿は、ミノタウロス族の故郷である地下迷宮でずっと暮らしてきたから、腰巻しか持っていない。地下は暗闇と湿気が主役だから、軽装でないと息苦しくなってしまうので、しゃれた服を着る習慣そのものが発達しなかったのだ。


「おいら、せっかくの機会だから、都会に着ていける服を一着ぐらい買っておこうと思ったんよ。でも、なに買っていいかわからんのさ。だから、暮田さんに見繕ってほしいんよ」

「ふーむ。我輩も登城するためにオーダーメイドスーツを作っただけで、専門家というわけではないからなぁ……ミノタウロス族の巨漢に似合うものがわかるぐらいセンスのいいやつ――あ」


 ピーンときた。最近知り合ったばかりの、やたらセンスのいい、しかし完璧すぎて気に食わないやつが一人いるではなにか。


 ――というわけで我輩とミノル殿は真昼間に【D&Gエンタープライズ】の新宿本社へ突入した。


「あ、あのお客様……アポはとってありますか……? ちなみにここはプロレスの会場じゃありませんよ……?」


 受付の女性が、我輩とミノル殿の巨体を見上げて、泣きそうになっていた。そういえば我輩の身体をこちらの尺度で表示したことがなかったが、身長二メートル、体重二百キロだぞ。ミノル殿と並ぶと、壮観である。プロレスラーに間違えられても、不思議ではない。


「我輩と伝助の仲なら、アポなど不要だ」


 伝助――先日知り合ったばかりの長屋の住人だ。【D&Gエンタープライズ】の社長であり、人格者の金持ちであり、花江殿に恋している。まったく生意気なやつである。嫌がらせしてやろう。


「その……あ、アポがないならお帰りください……!!」


 受付の女性が、こわばった顔で手のひらを出口へ向けた。

 

「心配ご無用。我輩たちは誰の手もわずらわせずに社長室へ向かう。あの直通エレベーターを使えばいいのだろう?」


 ずかずかと歩いて社長室直通のエレベーターのカゴに乗ったのだが、ぶぶーっとブザーがなった。二人で合計500キロの体重だと重量制限をオーバーしてしまうらしい。

 

 しょうがないので階段を使おうとしたら、何十人という警備員に囲まれていた。


「おのれ不審者め!」「とっつかまえてやる!」「大企業の警備員舐めんなよ!」


「ふはははは! 豪商の私兵というわけだな! だが、友人のために行動する我輩の敵ではないな!」


 みょーんっと尻尾を伸ばして警備員たちに巻きつけると、ぽいっとソファーに投げ飛ばした。ふかふかの生地だから痛くないだろう。


「暮田さん。地球の都会は怖いところだっぺな。階段上ろうとしただけで、兵隊に囲まれるんか」


 ミノル殿が、大きな肩をすぼませた。見た目と違って、気が小さくて純朴な人なので、警備員が怖いようだ。


「都会が悪いというより、ここの経営者が悪い。さぁ、臆せず階段を上ろうではないか。すべては授賞式のために」


 ずんずんっと大またで階段を上っていくと、目的の階にたどりつき、どかんっと社長室の扉を開けた。


「会いにきてやったぞ、伝助!!」


 我輩が勝ち誇ると、豪華な社長席に座っていた伝助が、ずるっと滑り落ちた。


「く、暮田さん……まさかこんなに早くトラブルを起こすとはね……」


 伝助の爽やかだったはずの顔が、ひくひくと痙攣していた。


「はっはっはっは。伝助よ、継続して恋愛小説みたいなシリアスキャラとして扱ってもらえると思ったか? 甘い、甘い、砂糖菓子のように甘いわ! たった一話でギャグキャラにしてやる!」

「ぼ、僕はギャグなんてやらないからな!」

「威勢のいいことをいっていられるのも、今のうちだけだぞ」

「というか、なんのためにわざわざ社長室まできたのさ」

「こちらのミノタウロス族のミノル殿に似合う、かっこいい服を作ってくれ」

「なんで加工食品を取り扱う僕にアパレル商材を頼もうと思ったの!?」

「ミノタウロスは牛だから、乳製品を加工する業者なら詳しいだろう」

「さらっと腹黒いこというなよ! っていうか、この人、なんで牛の頭なんだ!?」

「おやおや、今のリアクション、完全にギャグキャラだぞ?」

「くっ……いいだろう。それだけ僕のセンスに期待してるってことだろうから、そちらの体の大きな、大きな……牛みたいな人に似合う服を作ってやろうじゃないか」

 

 ミノル殿が「牛みたいなというか牛だべさ」と自分で言ったのだが、伝助は両耳を手でふさいで「あーあー聞こえない。ファンタジーなんて信じない」とギャグ丸出しのリアクションを取ってしまった。


 ふっ、もう終わりだ。伝助も晴れてギャグキャラクターの一員だ。


「まだ僕は負けてない! 見てろよ、完全無欠のおしゃれな牛にしてやるからな!」


 と啖呵をきった伝助につれてこられたのは銀座の老舗洋裁店で、政治家や官僚のオーダーメイドスーツを取り扱っているという。店内に飾られたサンプル品からして、腕前はたしかなようだ。これなら魔王殿も認めるだろう。


 伝助が店主に話しかける。


「店主さん。こちらの体の大きな男性に似合うスーツを作ってください」

「ずいぶんと身体が大きいというか……牛の頭?」

「あーあー聞こえない! 僕はなにも聞こえない!」


 トントンと伝助の肩を叩いて、我輩の顔とミノル殿の顔を交互に指差す。


「まさか伝助、魔界も魔法も悪魔もミノタウロスも信じないつもりか?」

「僕は迷信のたぐいは一切信じないんだ!」

 

 あまりにも強情だから、我輩は魔法を使ってサンプル品のスーツを着させられている人形を躍らせてみた。


「地震かな!? ああなんて大きな地震なんだ! やっぱり日本は地震大国だなぁ!」


 意地でも信じないようだ。しかたないから伝助の両脇に手を差しこむと、我輩の翼で銀座の上空まで急上昇してみた。


「ふわああああああああああ! きっと僕は温かいベッドで眠っていてもうすぐ母さんに起こしてもらうんだあああ!」

「くかかか。現実を認められなくなって、ついに母親を求めたか。情けないやつめ」

「僕はなにも見てないし、なにも聞こえてないし、なにも感じていないぃいいいい! ――きゅう」


 伝助は泡をふいて気絶した! 


「ふはははははは! 勝ったぞ、我輩は伝助に勝ったぞ! ――ぐほ」


 ざしゅりと我輩の額に矢が刺さっていた。


「暮田さんっ、伝助さんのお仕事邪魔しちゃだめでしょっ!」


 花江殿が雑居ビルの屋上で和弓を構えていた。


「違う。我輩は伝助の仕事を邪魔するつもりなんてなかった。ちょっとあったかもしれないけど……」

「言い訳は聞きたくありませんっ! いますぐ彼を解放しなさいっ!」


 しゅんっと落ちこんだ。他の案件ならともかく、伝助関連のことで怒られると、理不尽に感じるからだ。

 しょうがないので伝助を地上へ降ろすと、洋裁店の店主が、とんでもない額の領収書を渡してきた。


「身体の大きな人なので、いつもより割り増しの料金になっています」

「……へ、我輩が払うの?」

「だって伝助さん、気絶しているみたいですし」


 …………もしかしてこれが、自業自得だろうか。


 ――後日、ぴかぴかで巨大なオーダーメイドスーツに身を包んだミノル殿が、誇らしげに芸術勲章を授与された。


 石像のタイトルは――自らの行いに焼かれる愚か者。やせ細った悪魔が指先から業火に包まれて苦しんでいた。


 そんな含蓄だらけの石像で友人が受賞する光景を、我輩はやせ細った姿で見守っていた……ぴかぴかで巨大なオーダーメイドスーツの支払いに追われて生活を切り詰めたからであった……。

これからは伝助さんもレギュラーのギャグキャラとして普通に出てくるようになります。ご安心ください。

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