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12話 共産思想にめざめたゴブリン

 最近、我輩の活躍を知った魔界の友人たちが、長屋へ遊びにくるようになった。


 本日はゴブリン族のゴブゾウ殿が遊びにきていた。人間の小学生みたいに小さな体で、肌は草木のように緑色だ。額に小さな角が二本だけ生えている。一般的なゴブリンよりも知性を感じる顔立ちで、なめし皮の洋服を好んで着ていた。


「地球は清潔すぎて住み心地が悪いでござる」


 ゴブゾウ殿は、毒ガスが噴出する山岳地帯が故郷なので、空気が清潔すぎると逆に息苦しいようだ。


「しかし食事はうまいであろう」

「うむ。とくにみかんがいい。すっぱくてあまいでござる」


 ゴブゾウ殿は、箱で購入したみかんを皮ごとモリモリ食べているから、緑色の手が黄色い汁でべとべとになっていた。


「して、ゴブゾウ殿は、観光だけが目的ではないと聞いた。用件を聞こうではないか」

「拙者、共産思想に目覚めたので、本場の地球で学んでいこうかと思っているのでござるよ」

「ふーむ、労働者の権利向上というわけか。ゴブゾウ殿の集落は奴隷労働から脱却したばかりで大変だろうから気持ちもわかるのだが、共産思想は想像しているより血なまぐさくて実用性が低いぞ」

「まことでござるか。それは困った。ゴブリン族は学のないものが多いゆえ、労働者向けの教典を持ち帰りたいでござる。学力が向上しないことには、再び悪い経営者に騙されて奴隷労働に落としこめられてしまうゆえ。できれば内容が簡易なもので、文字が読めないものでも理解が進みやすいものを所望する」

 

 内容が簡易で、文字が読めないものでも理解が進みやすい。

 一つしか思い浮かばなかった。


「となると――やはり漫画か」


 さっそく漫画に詳しい大学生の川崎の部屋をたずねた。本棚には、ぎっしりと漫画がおいてあった。これでも大学進学で上京するときに減らしたそうな。


「ずいぶんかわったご友人ですね、暮田さん」


 川崎は、ゴブゾウさんの緑色の顔を見ると、声を引きつらせた。たしかに地球人からすると肌の緑が濃いように見えるだろうが、魔界ではありふれた色合いだ。そのうち慣れるだろう。


「こちらゴブリン族のゴブゾウさんだ。魔界の大学を苦学して卒業した努力家のゴブリンだぞ」


 我輩はゴブゾウさんの背中を軽く押して、川崎に紹介した。


「どうもゴブゾウでござる。川崎さんは労働者向けの教典に詳しいとお聞きしました。ぜひ知恵を授けていただきたい」

 

 ゴブゾウさんは小柄な体を丸めて会釈した。丁寧な人である。さすがゴブリン族のインテリだ。


「えーと……漫画、でいいんですよね。それも教典ってことは、漫画の勉強になる漫画」

 

 川崎は本棚から、一冊の漫画を取り出した。


 バ●マンだ――バク●ンとは、某集英社から出版された漫画で、漫画家を目指す青少年たちが、プロになってからももがき続けることを描いたものだった。


 少々意図がズレた気がしないでもないが、他でもないゴブゾウ殿が気に入ってくれたので、全巻購入して故郷の山へ持ち帰ることになった。



 ――後日、ゴブゾウ殿がお礼をいいにきた。


「おかげでゴブリン族に高度な文化が広がったでござる。みな労働の合間に漫画を描いて見せ合うようになって、識字率も少しずつ上昇しているから、教科書も読めるようになってきて一石二鳥。すばらしいで成果でござる」


 ほくほく顔であった。どうやらゴブリンの集落にも繁栄がおとずれたらしい。


「同胞の友が喜んでいると、我輩も嬉しい。しかし今日は、さらにお願いがあるらしいな」


「実は、漫画の技法を指導できる師を、ゴブリン族の山へ派遣してほしいでござる。みなやる気はあるのだが、いかんせん技術が拙いから、なかなかうまくならなくて悔しい思いをするばかり。なかには上手に絵がかけないものもいて、創作の輪に入れないものも出てきてしまった……」


 容易に想像できた。絵のうまいへたは個人差が大きいから、文化の入り口が狭くなってしまったのだ。きっと地球と同じように、描く側と読む側に、くっきりわかれてしまったんだろう。他に文化があるなら、楽しめるかどうかで判断すればいいだろうが、今のゴブリン集落には漫画以外にない。


「そもそも師を探すよりも大きな問題があるな。ゴブリンの山は毒ガス地帯だから、普通の人間は呼吸しただけで死ぬぞ」


 ゴブゾウ殿も、人間にとって毒ガスは致死性であることをすっかり忘れていたらしく、うーんっと頭を抱えてしまった。

 だが、ぴこーんっとなにか閃いたようだ。


「グレーターデーモンさん、いえ、暮田伝衛門さん! おぬしほどの知者ならば、漫画の描き方を覚えて、我々に伝授していただけるのではないだろうか!」


 ゴブゾウ殿の瞳は、高純度の宝石みたいにキラキラしていた。やや困難な願い事といえど、同胞の友にこんな目をされてしまったら、断るに断れなくなった。


「あいわかった。そこまでいうなら、やれるだけのことはやってみよう」


 というわけで我輩、漫画の描き方を覚えるために、長屋の仕事を全部放棄した!


 罪悪感はある。花江殿にも悪いと思っている。だがすべてはゴブリン族が知恵を向上させて奴隷労働に二度と陥らないようにするためだった。


 昼間から仕事をサボってガリガリとネームを練っていると背後から殺気――ばっと振り向くなり、両手をぱんっと叩いた。


 ナギナタが、我輩の両手に挟まっていた。


「し、真剣白刃取り。暮田さん、やるようになりましたねっ!」


 花江殿が振り下ろした形で、白刃取りされたナギナタをグググっと押し込もうとしていた。


「我輩、友人のために努力しているゆえ、殴られるわけにはいかんのだ!」


「あらお友達ですか? 事情は聞いておきましょう」

 

 というわけで、花江殿にかくかくしかじかとゴブゾウ殿の事情を語った。

 するとこんな提案をされた。


「漫画の師を演じるからには、やっぱり大手出版社の新人賞で実力を認められなければならないでしょう?」

「一理あるな。では我輩の自信作を投稿してみよう」


 さっそくバクマ●を出版した集英社に処女作を送付してみた。きっと斬新な設定が審査員に認められて大賞を受賞、世間で話題になって、あっという間に売れっ子漫画だろう。まったく我輩の才能は留まるところを知らないな。


 自信満々で結果を待つ。


 後日――ついに結果が出た。


 予選落ち。


 棒にも端にも引っかからなかった。


「…………我輩の自信作が予選落ちだとぉおおおおおおおおおおお!? おのれ集英社、お前も滅ぼすリスト入りだからな覚悟しろぉおおおおお!!」


 ショックのあまりゴンゴンゴンっと道路に頭を打ちつけて舗装を破壊していると、花江殿が優しく肩を叩いてきた。


「創作は才能と持続した努力が必要なんですよ。一朝一夕じゃどうしようもないですって」


 彼女の哀れむ瞳を見て、ひとつの確信にたどりついた。


「予選落ちとわかってて我輩に投稿させたな」

「でもすぐ真理に気づけたでしょう?」


 ぐぅの音も出なかった。 


 恥ずかしさと悔しさもあったが、とにかく包み隠さずゴブゾウ殿に伝えた。


「うむ。そんな気がしていたでござる。というか、ゴブリン族の間でも、創作は才能が必要ということがわかってきて、方向転換が叫ばれるようになってきたでござるから」


 ゴブゾウ殿に、ゴブリン集落で収穫されたばかりの大豆をいただいた。さっそくモリモリ食べると、毒ガスのスパイシーな味が落選のショックを癒してくれた。


「我輩、余計なことをしていたのだろうか」

「いえ、漫画を通じて文字が広まって、そこを土台にして他の分野にも進出するようになったでござる。音楽に小説に創作ダンス。これだけ文化が向上すれば、もう我々は悪い資本家にあっさり騙されることはないでござろう」


 ゴブゾウ殿は、満足げにうなずいた。

 

「ゴブゾウ殿が納得しているなら、我輩も満足だ」

 

 こうして我輩が漫画を描かなくなってしばらくたった。たまたま川崎と一緒に、駅前の本屋さんへ寄り道したとき、店頭に平積みされた漫画コーナーで、とんでもないものを発見した。


 ゴブリン族の冒険。悪い資本家をぶちのめせ 作者・ゴブゾウ。


 なんとゴブゾウ殿、地球の出版社からプロデビューしていた。

 これはこれで、よかったのかもしれない。

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