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11話 格闘ゲーム華やかなり 親子の血はあらそえぬかな

 がちゃがちゃとレバーとボタンを連打して、コンボを決める。我輩はゲームセンターの格闘ゲームに熱中していた。


「あっ、またハメ技! おのれ我輩の魔法で消し飛びたいのか――あいだっ!」

 

 格闘ゲームをプレイ中、花江殿に後頭部をナギナタではなくスレッジハンマーで殴られた!


「ちょ、ちょっと花江殿、いつもより威力が高めではないか!?」

「当たり前ですっ! ゴミ掃除の当番サボってゲームセンターで遊ぶなんて許されるはずないでしょうがっ!」

「ち、違うのだ! 今日はお気にいりのアーケードゲームがアップデートされた日だから、新キャラを使っておく義務があってだな――」

「この怠け者!」


 がーんとショックをうけた。怠け者。その罵倒が、もっとも効果てきめんだった。


「……わかった。だが連コインしてあるから、ゲームの続きは花江殿がやっていいぞ。我輩はゴミ掃除をこなしてくるから」


 というわけで、我輩はゲームセンターに花江殿を残して、ゴミ掃除をこなした。


 ――数日後。我らが長屋〈霧雨〉で、とある噂が流れるようになった。なんでも花江殿が昼ごろにコソコソ外出しては、夜遅くに帰ってくるという。しかも大家の仕事を一週間近く放棄しているため、入居者たちが困る機会が増えているという。


 どうせ噂だろうと思っていた矢先、なんと花江殿が人目を盗んで外出していくのを発見してしまった!


 まさか違法薬物に手を出したとか。もしくは売春に身をささげたとか。とにかく悪いことに巻き込まれてしまったのではないか。

 純粋な気持ちで花江殿のことが心配だったから、あとをつけることにした。

 ドキドキとグレーターデーモンの強靭な心臓を鳴らしながら、電柱の裏やゴミ箱の裏に隠れて、花江殿を見守る。

 

 やがて花江殿が入った店だが――先日のゲームセンターであった。


「もうっ! またハメ技っ! わたしのナギナタで殴られたいんですかっ! ――あ、暮田さんっ!」


 格闘ゲームに熱中していた花江殿が、真横に立つ我輩に気づいて、かーっと顔を赤くした。


「いつもは口うるさい花江殿が、先日の連コインの続きをプレイしたら、すっかり格闘ゲームにハマって大家の仕事を放棄したと。ほー、ほほぉ、なるほどなぁ」


 我輩は、にやーっと意地汚く笑った。


「な、なんで暮田さんに説教されなきゃいけないんですかっ!」

「花江殿も人間だな。他人には厳しいことをいっても、自分には甘いわけだ」

「あうあう……」


 めずらしく言い返せない花江殿を見たら、とても気分がよくなってきたので、もっと攻めることにした。


「はぁ、大家さんが日々のお仕事を放棄してゲームセンター通いでは、先がおもいやられてしまうなぁ」

「もう! そんなに意地悪しなくてもいいでしょう!」

「しかしなぁ、一日しかサボってない我輩をあれだけ非難したのに、一週間近く仕事を放棄して格闘ゲームにどっぷりハマってしまうというのはなぁ?」

「だっておもしろいんですものっ! しょうがないでしょうっ!」


 あ、開き直った。ふーむ、さすがに意地悪しすぎたか。

 あんまりイジメすぎて嫌われては元も子もないので、そろそろ切り上げようとしたら、店員が新しい格闘ゲームの筐体を設置した。

 

 どうやら定番のシリーズモノではなく、完全新作らしい。なら攻略方法や定石がまだ確立されていないから、すべてのプレイヤーが平等にゼロから経験を積んでいくわけだ。もし、この完全新作で勝ちたいなら、スタートダッシュが大事だろう。


 みんな考えることは同じだから、完全新作の筐体には行列ができていた。

 我輩も行列に並んだ。

 すると花江殿まで並んだではないか。


「……開き直ると強いな、花江殿」

「……だって暮田さんに負けたくないですもん」


 こうして我輩たちは悪い秘密を共有する仲となり、格闘ゲームの完全新作に熱狂した。来る日も来る日もゲームセンターへ通い、ライバルたちを蹴散らして、連勝記録を伸ばしていった。

 

 やがて近隣の格闘ゲーマーたちに名が知られるようになるころには――すっかり長屋の経営は傾き、衛生状態は悪化して、入居者たちのクレームが“本社”へ届き、現実世界のボスキャラが出現した。


 花江殿の母上殿だった。


「なんですかこの惨状はっ! 商売する気あるんですかっ!」


 母上殿の外見をわかりやすく説明すると、花江殿を悪魔みたいに怖くした女性である。所有武器は鋭い槍だ。しかも本格的な武術が使えるらしく、魔界の戦士より隙がなかった。


 そんな恐ろしい女性に、ガミガミと説教された。どうも長屋〈霧雨〉の所有権は、母上殿が持っているらしい。手広くやっている賃貸経営の一つであり、かつて母上殿が修行のために管理していて、花江殿が成人してから引継ぎを行ったそうな。


 そんな過去と信頼を、我々が裏切ってしまった。


「すいませんでした……」


 我輩と花江殿は正座で反省していたのだが、二人とも左手にゲームタコが出来ていた。レバーを握りすぎると親指にタコができるのだ。


「ところで陽子。このやたら毛深くてガタイがよくて角の生えた男性はなにものですか?」


 母上殿が、我輩を槍で指した。


「暮田伝衛門さんといって、外国からやってきた労働基準監督官です。最近になって霧雨に入居しました」

「あら、役人だったの。なのに娘と一緒になってお仕事サボってゲーセン通いって、不良役人じゃない。こんなの入居させるなんて、もう経営権取り上げようかしら」


 さーっと花江殿の顔が青くなった。こんな追い詰められた顔をする彼女を見るのは初めてだった。これは、人生の危機なんだろう。


 だから我輩は正座を解除して立ち上がると、母上殿に抗議することにした。


「お言葉だが、花江陽子殿は、上手に長屋を経営しているぞ。だから入居者がたくさんいるのだ」

「それ以前にゲーセン通いで業務を放棄するようなのを認めるわけにはいきません」

「だが待ってほしい。そもそも真面目な花江陽子殿がゲームセンターに熱中した理由を考えよう。母上殿のプレッシャーもあったろうし、実質の経営者が自分ではないなら働きがいが足りなかったのかもしれない」

「気晴らしとでもいいたのかしら」

「いかにも。今日から彼女は心を入れかえて真面目に経営していくから、お引取り願おうか」


 自信満々で言い放ったら、母上殿は鼻を鳴らした。


「ふん。いいわよ。気晴らしだと認めましょう。でも次はないですからね」


 こうして母上殿は引きあげていった。


 花江殿は、体裁を捨てて、ばたんっと畳に寝転がった。


「暮田さんって、男らしいところあったんですねぇ」

「我輩はいつだって男らしい」

「嘘ばっかり」

「むぅ。どうも地球にきてからイメージが悪くなったなぁ」


 こうして花江殿は心を入れ替えて真面目に働き、長屋〈霧雨〉の経営状態は正常に戻った。

 それと反比例して、母上殿が経営する賃貸グループの母体が著しく業績を悪化させているという。なんでも娘がゲームセンターにハマった理由を自分の足で調べにいってから、おかしくなったそうだ。


「……まさか」「ええ、そのまさかだと思います」


 我輩と花江殿が例のゲームセンターへいったら、母上殿ががちゃがちゃと格闘ゲームの対戦台で暴れていた。


「ちょっと店員さんっ! このレバー2フレーム遅れていますわよっ! いますぐ交換してっ!」


 フレーム単位でキャラの動きを把握できるほど強いプレイヤーになっていた。連勝ランプが点滅していて、20である。短期間でここまで強くなるには、人生の時間をすべて格闘ゲームにつぎ込むしかない。


 我輩と花江殿が白い目でじーっと見つめていたら、ようやく母上殿が気づいた。


「あっ、こ、これは――」


 しどろもどろになり、脂汗だらだらになり、最後はバンっと台を叩いた。


「ゲームをやってなにが悪いんですかっ!」


 やっぱり親子は似るんだろう――追い詰められると開き直る、というわけだ。

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