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10話 運転免許? なんで空を飛べる我輩が?

この話はギャグよりハートフル成分多めです

「暮田さん。そこ一時停車ですよー。わかってますかー?」


 助手席に座った教官が、ネチネチと指示してきた。陰湿な男である。ハゲあがった前髪とベタついた頭皮からも性格がにじみでている。


「窮屈なルールばかりだな、運転というのは」

「あなた本当に免許ほしいんですか?」


 欲しいのではない。花江殿が『免許も持ってないのに偉そうにしないでください』と舐めたことをいってきたので、意地になって取りにきたのだ。


 だが、どうもうまくいかない。

 機械の操作という魔界にはない技術と、慣れ親しんでいない交通ルールのダブルパンチで混乱してしまうからだ。


「我輩、自分で空を飛んだほうが早いというのに、なんで自動車に乗っているんだろうか……」

「妄想に逃げてないで、はやく免許とっちゃいましょうよ」

「それは同感だな」


 だが、本日は不完全燃焼のまま終了時間となった。


「お情けでハンコを押しときますけど、次はこうはいきませんよ」


 教官は渋々とハンコを押した。なんでこの男は支配者づらしているんだろうか。


 文句をいう気力も残っておらず、トボトボ歩いて帰宅した。


「調子悪そうですね」


 花江殿がニコニコしながら、我輩の部屋に入ってきた。


「我輩が失敗するのが、そんなに嬉しいのか?」

「暮田さんってば、マナーはともかく、勉強と運動は得意だから、わたしでも勝てるところがあるんだと思ったら、ちょっと気分がよくなりました」

「はっきりいうではないか」

「あらあら、優しい言葉をかけてほしかったんですか?」

「とんでもない。我輩は甘えんぼうではないからな」


 といいながら、ささくれたった心を癒すために、ニンテンドーD○の愛犬ケルベロスと戯れた。

 

「だいじょーぶですよ。わたしみたいに勉強苦手なタイプでも免許とれたんですから、暮田さんならすぐとれますよ」


 花江殿が、教習所時代に使っていたテキストを持ってきた。まっさらだ。書きこみもなければ手垢もついていない。どうやら肉体の感覚だけで運転を覚えてしまったらしい。


「驚異的な覚えかただな。なにかコツはあるのか?」

「反復ですよ。教習所のコースと教官の注意点って同じだから、そこに気をつければいいんです」

「それでは公道へ出たとき大変ではないか」

「赤信号で止まるのと、左折と右折で通行人に気をつけるぐらいですよ。気を大きく持つぐらいでちょうどいいんですって」

「ふーむ、そういうものか。よし、次はうまくやってやろうではないか」


 ――時は流れて、次の教習日。


「暮田さん。感覚だけで覚えようとしてません?」


 教官がハゲた額で太陽をキランっと反射した。花江殿の秘策を見抜かれてしまったらしい。

 なんだか言い訳するのも腹立たしいので、開き直ることにした。


「だからどうした。指をくわえて見ていろ、我輩なら車の運転ごときに――」


 だが本日は少々バンパーをこすってしまって、ハンコを押してもらえなかった。

 人間には考えられないほどの時間を生きてきたが、久々の挫折に悔しくてしょうがなかった。


 無言で帰宅したら、花江殿が土鍋でぐつぐつと肉と野菜を煮こんでくれた。


「花江殿……どういう風の吹き回しかな?」

「落ちこんだときは鍋っていうのが実家の決まりごとだったので、元気のおすそわけでもしようかなって」


 ほろりと心で涙を流した。花江殿は実家の母親みたいに優しかった。


「ありがたくちょうだいする」


 ぐつぐつ沸騰する土鍋を素手でつかむと、ざーっと一気に飲みこんだ。

 

 あぁ、しょうゆと野菜の甘みが心身にしみわたる。これが花江殿の気づかいか。


「……あの暮田さん。鍋を一気飲みって、熱くないんですか?」

「ファイヤーブレスより温度が低いからな」

「不思議な人ですねぇ。なんでそんな熱い鍋を飲めるのに、教習がうまくいかないんでしょう。ほかに乗れるものあってありますか?」


「馬なら乗れるぞ」

「えぇ!? 乗馬のほうが難しいって聞きますけど」

「そうなのか? 我輩は車の運転のほうが難しいのだ。あいつらは会話が成立しないから」

「会話。なるほど。でも、車だって会話してると思いますよ」

「どこで会話するのだ?」


「ハンドルを切ったとき、きゅりりってタイヤが地面をこするじゃないですか。あの音、機械との会話だと思うんですよ」

「不思議な感性だな」

「でも、乗馬ができるんだから、車だって会話して乗りこなせますよ」


 ――さらに時が過ぎて次の教習日。


 いつもの教官が露骨に嫌な顔をした。


「今日はバンパーこすらないでくださいよ」


 反射的に言い返そうとしたが、花江殿の顔を思いだして、すーはーと深呼吸した。


「大丈夫だ。今日は車と会話するからな」


 今日はタイヤの音やエンジンの振動も感じ取って、運転することにした。

 そうしたら、いつもより感覚がつかめてきた。


 だが、やっぱり苦手なものは苦手で、ちょっと混乱しそうになる。

 そうしたら、教習所の敷地を囲むガードレールの手前で、ぶんぶんと手を振る人物がいた。


「暮田さん! がんばって! もうちょっとですよ!」


 花江殿が、ぴょんぴょんっと飛び跳ねながら、声援を送ってくれた。

 我輩、感動のあまり少々涙が出てしまったのだが、それは格好悪いと思ってぐっと飲みこむと、一生懸命運転した。


 こうして本日の結果――ハンコをもらえた。


「暮田さん。今日はずいぶん調子よかったですね」


 めずらしく教官が褒めてくれた。ハゲた前髪も、いつもよりナチュラルに光っていた。


「我輩には土鍋の女神がいるからな。どんな困難も恐れる必要はないのだ」

「へー、あの美人さん、彼女さんですか?」

「いや、大家さんだ」

「ああいう素敵な女性、いまどき貴重ですから、大事にしなきゃダメですよ」


 人間の女性を恋愛対象として見てこなかったので、新鮮な視点だった。

 ふーむ、花江殿が、お嫁さんか。

 あんまり考えすぎても相手に失礼だから、一つの意見として心の片隅に収容しておこう。


 ――後日、ついに我輩は運転免許を取得し、初めてのドライブに花江殿を連れていくことにした。


「おー、暮田さんもついに免許持ちですねぇ」


 花江殿は助手席で我輩の運転免許証を検分していた。男前のグレーターデーモンが映っていて、カメラに向かって『勇者を迎え撃つボスキャラ』のポーズをとっていた。


「そういえば、花江殿の運転する車に乗ったことがなかったな」

「まかせてください。わたしの本格的な運転テクニックをお見せしますよ」


 …………なぜか、とてもいやな予感がした。


 そして帰り道。運転を交代した花江殿がハンドルを握った瞬間――ぎゃあああああんっと急加速!


「は、花江殿安全運転を心がけて!」

 

 我輩、なぜか教官みたいなことを口走っていた。


「安全ですよ?」


 花江殿は、ほんわかとした顔で猛スピードを出していた。


「急ブレーキもやめてくれ!」


 こうして急加速急停止の連続で心身ともに疲労していくなかで、せつに思った。


 どうして行政は彼女に運転免許を与えてしまったのだろうか、と。

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